50.スロウリーオールスターズ
急に話がでかくなって僕はまた頭の整理が付かなくなる。
「世界って……えぇ?」
「そう難しく考える必要はないさ、そもそも迷宮というのは時代の節目節目に現れる。
かつて機械の王国がこの世界を支配していたという話は聞いたことがあるか?」
「ええ、御伽噺の時代……今を黄金の時代とするならば、その時代は確か……鉄の時代と呼ばれていたとか」
「そうだ、今でも現存する科学と呼ばれる技術を用いた時代だ……かなりの栄華を極め、今よりも高度な技術があったとされている……だがそれも一つの迷宮によって滅んだ」
「……え? 御伽噺には戦争のしすぎで滅んだって」
「文献ではな、しかしその戦争は迷宮が引き起こしたものだ」
「迷宮が?」
「今のアンドリューと同じさ、迷宮を壊す能力者がいれば、迷宮を作る能力者もいる」
「え?」
迷宮を作る……能力?
「メイズマスターと我等は呼んでいる。 今この下でくつろいでいるであろう人間もメイズマスターの能力の保有者だ」
「……なんでそんなスキルが」
「この世界の決まりごとなんだ。 メイズマスターが世界に狂乱を招き、メイズイーターがそれを鎮める。そんな破壊と再生を繰り返すことで、人間は過度な進歩による滅びを免れている……とかなんとか誰かが言っていた気がするな」
理由ははっきりとしていないが、とりあえずこの世界では人々の知らないうちにそういった戦いが繰り広げられていたということだ。
「……じゃあ、各地に存在する迷宮は」
「ああ、その戦いの名残だな。 多くの奴らは、アンドリューを倒せばこの迷宮は消えると考えているみたいだがそれは間違いだ、迷宮はここに残り続ける」
そうなんだ……。僕はアルフの心配の種が一つ消えたことにすこしばかり安堵する。
「あれ?じゃあもしかしてロバート王が平定したって言う部族戦争は…・・・」
「ああ、気付いたか……それもメイズマスターが引き起こしたものだ……」
「そうだったんですね……じゃあロバート王はメイズイーターの使い手なのですか?」
あの戦争で英雄とされたのはロバート王だ、先ほどの話が正しければ戦争を平定したのはロバート王のため、彼がメイズイーターだったということになる。
しかし。
「いいや、ロバートはメイズイーターではない」
「あれ?」
「確かにメイズマスターを倒したのは私の仲間であったメイズイーターの所有者だ、しかしその戦いでそいつが合い打ちという形で死んでしまったためにその役目を友であったロバートが引き継いだのだ」
……なるほど、そうやって役目を引き継ぐこともできるって言うわけか。
あれ?そういえば今の口ぶりからすると。
「ルーシーさんってロバート王の仲間だったんですか?」
「なんだ今頃気付いたのか……いかにも、ロバート王率いた戦争平定部隊 スロウリーオールスターズとは私達のことだ」
「や、やっぱり!? あの伝説のスロウリーオールスターズなんですね!」
スロウリーオールスターズとは、ロバート王が率いた仲間達のことで、ドワーフ 人間 妖精 エルフ デミゴット からなる多種族部隊の名称であり、実質戦争を終結させた立役者である。 その強さは戦争が終結してからも語り継がれ、正義の象徴として子ども達の教育図書にも採用されるほどだ。
例えば一人は無限に成長する体質と巨大な斧を振るい、一人は無限の魔力と魔法を操り、一人はいかなる傷をも治療する奇跡を操り、触れるもの全てを癒したとされる。
どれも神話のような力を有する人たちである。
それが、目の前にいて、手加減をしてもらっていたとはいえそれに僕は勝利したのだ。
ふつふつとなんともいえない興奮と感動が入り混じったような感情が僕の中にわきあがる。
「ふふっ憧れのヒーローに出会ったような眼をしているな少年」
「そりゃそうですよ! だって伝説のパーティーですよ!」
「はっはっは、それは嬉しいな」
「あれ?でもどうしてルーシーさんはいしのなかに?」
「まぁ、新しい迷宮ができたということでな、ロバート王の指示の元私はこの地下のメイズマスターに挑んだのだが……後一歩のところでテレポートの魔法にかかり……今に至るというわけだ」
どこかで聞いたことがある台詞だな。
「僕の仲間も、同じことを言っていました……」
「はっはっは……何たる奇縁か……少年とは出会う運命だったのかも知れんな」
笑いをこぼしながらルーシーは手を叩いて喜ぶ。
「ええ、僕も運命を感じますよ……」
何か大切な出会いになったような気がする。 僕は心の中でそう呟いた。
「……君を見ていると仲間を思い出すな……私は久しく外界を見ていない……他の仲間がどうなったか知りたいが……これではな」
「壁を壊して、助け出しましょうか?」
「いいや、それは無理だ……ゴーストになってしまったものはもはや蘇生はできん。 アンデットと同じだ」
「……ルーシーさん」
「まぁ、私という人間が消滅したわけでもない……新たな友も得たことだしな」
あくまで明るく、ルーシーさんはそう僕に言う。 とても寂しそうな表情をしていたが、それでも新しい話し相手ができて嬉しかったのだろう。 また琥珀酒をてにとって床をぬらしている。
「もし他のスロウリーオールスターズにあったら、またここに来て伝えますよ」
「本当か?」
「ええ、色々教えてもらいましたし」
「それはありがたい……あぁ……それと何個も頼んで申し訳ないのだが」
「なんですか?」
「君の力で、私が人を襲わないように壁で閉じ込めて欲しい……私もスロウリーオールスターズの端くれだもうこれ以上人を切りたくないんだ……だから誰にもここのことは言わず、そっと部屋を閉じて欲しい」
悲しき表情の侍の哀願は、周りに打ち捨てられた死体を見ながらつむがれ、僕はその願いに静かに首を縦に振る。
「ええ、貴方にもう人殺しはさせませんよ。ルーシー」
「ありがとう……友よ」
「それではもう行かなければ……仲間も心配しているでしょうし」
「そうだな、引き止めて済まなかった……そうだ、頼みごとを聞いてもらうのだ、餞別を送らなければな……もう私には無用の長物だし、ここの財宝は全て持っていってくれ……
君を信用していないわけじゃないが、この宝に眼が眩んで私を呼び覚ますものが多いからな……それと……」
そういうと、ルーシーは腕に付けられた小手を外し、僕に手渡してくる。
「これは」
「白銀の小手……今はボロボロだがきっと君の役に立つ。我が剣戟を受け止め歯こぼれ一つしないその刃……恐らく名のある刀鍛冶に打ってもらったものだろう……そのものに渡せば少年の大きな戦力になる」
「そんな……いいんですか?」
「ああ、少年にこそ使って欲しいのだ。それに、ボロボロになってしまってな、その鍛冶師であればこの小手も満足するだろう」
「……ありがとうございます」
スロウリーオールスターズにここまで言われるなんて……リリムさんこのこと聞いたら喜ぶだろうな。
「何から何まで本当にありがとうございました。ルーシーさん」
「ああ、出口はこの先の突き当たりだ……調べれば幻影の扉から外に出られる」
「ありがとうございます! ルーシーさん」
「では、さらばだ……ウイル」
そういうと、ルーシーはゆっくりと壁の中の遺体へと戻っていった。
「よいしょっと」
安静にしていたおかげか、それともお酒のおかげか、体の調子は回復しきっており、僕はトーマスの大袋をしまって出口へと向かう。
ルーシーズゴースト……伝説の戦士。
サリアたちに伝えようか迷ったが、ルーシーとの約束もあるため僕はこの友達との出会いを胸の中にしまっておくことを決める。
……ぜったいティズとシオンに話したら広まっちゃうだろうし。
「メイク!」
新たに手に入れた力で、僕はルーシーを囲うように壁を作る……これでもうルーシーが人を襲うことはない。
約束を一つ果たし、僕はもう一つの約束を果たすために幻影の扉へと向かっていくのであった。
ありがとう。
そんな声が、壁の奥から聞こえた気がしたが……振り返らなかった。




