49.ルーシー先生のメイズイーター講座
「まぁ聞きたいことも積もる話も有るのだが、とりあえずは座るといい。 私のせいで随分とダメージを負ってしまっているはずだ。 酒もあるぞ、痛み止めになるはずだ」
先程殺し合いをしていたなんてこと一瞬で忘れてしまいそうなほど気さくに、ルーシーは僕をお供え物の山となっている場所へとつれてきて、座るように促し酒瓶を手渡してくれる。
ビンは劣化しており、元は清酒であったのだろう中身は琥珀酒へと姿を変えていた。
温度が一年三百六十五日変化しない迷宮内で長い間寝かされたお酒……という言葉に僕は少しばかり興味がそそられたが、この状況で飲めるほど肝が座ってはいない。
というか何がどうなっているのか、今がどういう状況なのか整理が追いつかない。
「なんだ?飲まないのか? 味は保証するぞ? それにいつまでたってるつもりだ?」
この混乱の原因はまるで自分の家に友達を招きいれているような感覚で首をかしげる。
とりあえず療治の酒は和解の印というドワーフに伝わる格言をそのまま信じ、僕は半ば強制的に、ルーシーの亡霊と向かい合うようにして座り、琥珀酒を一気に喉に流し込む。
戦えば容易に勝てる満身創痍の相手を毒殺することはないだろうし、武器も自ら捨てた人間? を警戒をしても意味が無いと判断したためだ。
ルーシーもそれに満足したのかうなずいて、迷宮の床に敷かれていたボロボロのじゅうたんのような物だった物体の上に正座をする。
これ、僕胡坐かいちゃってるけど座りなおしたほうがいいのかな……。
そんなことを考えていると。
「先ずは、私を倒すとは見事だったぞ、少年」
沈黙を破るようにルーシーが先に言葉を発する。
「あ、あの」
素直に褒められたことは嬉しいが、どうにもぎこちない返事になってしまう。
「んん? どうした?」
「いえ、どうしてその……いきなりゆうこうてきになったんですか?」
その質問にルーシーは明らかに――何言ってんだこいつ?――という表情をした後。
「あー……あーなるほど、お前もしかして駆け出しか?」
そんな結論を出す。
「ええまぁ」
「そうかそうか! あっはっはすまんな少年、そりゃ困惑もするわ」
からからと笑うルーシーだったが、顔が崩れているためホラーでしかない。
どうでもいいけど随分と気さくになったな……。
「いいか少年、ゴーストは打ち倒され霧散した後宿主の下に戻る際、一時的に正気を取り戻すのさ」
「正気を?」
「あぁ、ゴーストというのは埋葬されなかった魂が迷宮の魔素に当てられて狂乱状態で肉体を持ってしまった奴のことをさす」
「魔素にあてられるって……どういうことですか?」
「魂というのは肉体がない分迷宮の影響を受けやすい。 迷宮というのは閉じた世界であり、その存在自体が冒険者を廃絶することを目的としている。 そしてそんな意志をこめた魔素を年がら年中浴びていれば、肉体という防護服を持たない生身の魂は段々と正気を失って迷宮の意志のとおり冒険者を廃絶するようになる……これがゴーストの仕組みだ。
そして、体にまとわり付いた魔素を払い霧散させてやれば、一時的に綺麗になった魂が正気を取り戻すというわけだ。 今の私のようにな」
「そ、そうなんですか。 ゴーストにそんな特性があったなんて」
「まぁ、大抵は一日程度で正気をなくすため、駆け出しが知らなくても無理はないがな」
ルーシーはそういうと、自らも酒瓶を取り出してラッパ飲みを始める。
びちゃびちゃと音がしてじゅうたんのような物だった物体が何年ぶりかの水分をその身にしみこませる。
「狂乱状態だと酒も飲めないからな」
飲めてませんけど。
喉元まででかかった言葉を飲み込み、僕は休息もかねてその場でお酒を頂戴する。
正直、この琥珀酒とても美味しい。 清酒といえば辛口でしまった味に、ほんわりと口元に広がる甘さに独特の香りが特徴的だが、琥珀酒はその香りや味はそのままに、熟成され甘みを増しどことなくまろやかさを感じさせる。
色合いも綺麗な琥珀色をしており、透明なガラスの器に入れる、もしくはお猪口に入ったときにはまるで宝石を水に溶かしたかのような美しき色を披露してくれるだろう。
ふと、この琥珀酒を飲んでいるサリアの姿を想像し、僕はこのお酒を何とかして持ち帰ることを決意する。
ころしてでもうばいとる……それぐらいの覚悟を決めさせるほどの何かが、このお酒にはある。
「ふむ、どうやら気に入ってもらえたようで何よりだ。 しかし、お前が聞きたいのはこの酒のことじゃないだろう?」
心を読まれたのか、ルーシーは酒瓶を床においてにやりとわらう。
「……そうですね」
「話してみろメイズイーターよ」
「やっぱり、ルーシーさんはメイズイーターをご存知なのですね」
先ほど打ち合ったとき、僕がメイズイーターを使用した瞬間、ルーシーは驚きはしていたが、冷静に対処をしていた。
何となくだが、僕はそのときルーシーがメイズイーターについて知っているのだと感じていたのだ。
あわよくばメイズイーターとはどのように使用し、どんなスキルなのかを聞いておきたい。
だからこそこの亡霊のいきなりの誘いにものったのだ。
「まぁな……ふむ、先ずはなにから説明しようか」
ルーシーはそういうと、困ったような表情をし。
「……そうだな、先ずは私とメイズイーターとの関係からだな。 率直に言うと、私が昔生あるものだったとき、仲間の一人がメイズイーターを有していた」
「本当ですか!」
「ああ、もはや40年近く前の話だがな」
だからメイズイーターを使用したときも、そこまでおどろかなかったのか。
「使える人間も文献もないスキルで……できればこの力について詳しく知りたいのですが」
「私も所有者ではなかったからな、詳しい話はできないが……」
「お願いします!」
僕は喰らい付くようにルーシーにお願いをする。
「あぁ分かった分かった。 とりあえず少年は今メイズイーターのレベルはいくつだ?」
「丁度3に昨日上がったばかりです」
「なるほど、それで最後の最後で使い方を編み出した……そういうことか?」
「ええ、まさか何もないところに壁を作れるなんて思っても見ませんでした」
「優秀だな。 お察しのとおりメイズイーターの能力はレベルが上がるごとに進化していく。 レベル一のときはただ迷宮を直し壊すだけの能力だが、レベル三になると、壊した壁を保存し、好きな場所に作り上げることができる。そこまでは自力で気付いたようだな」
「ええ、そしてレベル2が、迷宮の魔物のスキルを奪う能力」
「そうだ。我等はそれをスキルイーターと呼んでいてな、しかしスキルイーターには条件がある」
「条件?」
「ああ、スキルイーターは自らが倒した敵の死体に触れなければ発動しない」
あぁなるほど、だからオークやコボルトアンデットのスキルは付いたが、オーガやマリオネッターのスキルは手に入らなかったのか。
「心当たりがあったようだな」
「ええ」
「うむ、基本はそんなものだな……そうなれば今度は応用編、こっちが少年の望むものだろう。まず今日理解したレベル3だが、この力はかなりこれから多用することになるだろう」
「壁を作り出す力」
「そう。 この力は便利でな、そもそもメイズイーターでしか破壊できないものだ。
敵の攻撃にあわせて目前に放てばメルトウエイブをも防ぐ盾になり、先ほど私にしたように敵を巻き込むように放てば、一発ロストさせることも、壁の形成向きを考えて放てば、敵を叩く大槌としても働こう」
「おおおお!」
想像してもいなかった力の使い方に僕は眼を輝かせる。
逃げる専用のスキルとか言ってたけどとんでもない、なんでもできる万能スキルだということだ。
「まぁ、私の仲間はそのように使っていた……という昔話でしかないがな、この力は有するものにしか完全に理解することはできないと奴は言っていた。 この力を使えば戦うことも逃げることも守ることもなんでもできるだろう。 しかし、明確な使途がないおかげで、使いこなせなければ唯の盆百のスキルよりも劣るものとなってしまう。 必要なものは自由な発想と、何を為したいかという強い意志……だそうだ」
「強い意志……」
言葉を復唱し、僕は自らの腕を見る。
僕の願いに呼応したメイズイーター……特別なスキルに怖いという感情よりも親しみを感じてしまう。
「レベル4からは何が使えるようになるんですか?」
「おぉ、其れはだな……いや、先の話はやめておこう」
「なぜ?」
「恐らくこれを知ってしまうと、少年が少しばかり危険になる可能性がある」
「え……そんな恐ろしいスキルを?」
「いや、まぁなんというか……我が友はそれで何回か死んだ。 メイズイーターの能力を知りすぎてしまったためにな……むしろ自ら死にに行ったというべきかいやはや」
言葉を濁しながらルーシーはどうしたものかといった表情で頭を悩ませる。
なんだろう、理解すればするだけsan値が減っていくとかそういうのだろうか。
「まぁ……発現したら私のところに来るといい。 その頃には私も簡単に倒せるようになっているだろう」
「わかりました、楽しみにしていますよ」
「うむ……他に聞きたいことは?」
「そうですね、他にメイズイーターを使える人間っている可能性はあるんですか?」
「少年がいる以上、今はないな」
即答だった。
「メイズイーターは時代の節目節目に現れ、必ず世界に一人しか有することはない」
「……それって何か理由でも?」
「ああ、メイズイーターとは世界を救うためのスキルだからだ……英雄は一人でいい」