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48.意志の力とメイズイーターLV3

勝てない。


絶望が僕を襲い、四肢をなえさせていく。


見せ付けられた実力差。 圧倒的な経験の差。そして、駆け引きでさえも相手が上回る。


越えるものは何もなく、僕の命はここで潰えることになる。


いやだ……死にたくない……。


体が震える。


死が怖い……今まで何度か体験した死の恐怖……しかしそれを超える恐怖が僕を襲う。


目前に迫る死を前に、僕は絶望し、恐怖し、情けなく立ち上がることもできない。


ゴーストは動けなくなった僕に止めを刺すために……刃を振りかざして走りよる。


死にたくない。 死にたくない 死にたくない!?


 でもそれは――――何故だ?


ここで死んでも、きっとサリアが助けてくれる。


戦って分かるが、こいつはサリアよりは強くはないのが分かる。

ならば、幻影の扉をサリアが見つければ、僕の回収など容易いだろう。


死体はクレイドル寺院に持っていかれて、恐らく僕は助かるだろう。

神父には借りを作ってあるため、きっと蘇生できないということはまずない。


そしたら、今回の不幸を笑いながら、また冒険を再開できるじゃないか。


死にたくないというが……命を繋ぐだけなら、何もしなくてもできる。


――ならば何故、こんなにも死を恐れる。


自分に問う。


そんなの答えは簡単だ。


  こいつに勝ちたいからだ。


強くなると誓った、もうあんな思いをするのも、ティズにあんな涙を流させるのもまっぴらごめんだ。


きっとサリアは自分を責める。


だからこそ、僕は死ではなく敗北に恐怖をしているのだ。


自分の死より、みんなの涙の方が辛いから。


自分の弱さが原因で誰かが苦しむ姿は二度と見たくはないから。


「だったら……動けよ馬鹿やろう……」


負けるのが怖ければ戦うしかない。


自らのていたらくに生まれて始めての暴言を吐きながら立ち上がる。


もはや全身の痛みでたっているのがやっとであり、恐らくどのような太刀筋であっても防ぐことはかなわない。


「負けて……たまるか!!」


だが……それでも負けたくはない……こいつに勝ちたい、それが、


今の僕の意志!


                      瞬間


「っ!」


左腕が脈打ち、何かを訴えるように鼓動を感じる。


まるで、俺を使えと……メイズイーターが言っているかのように。


――ウイル君が望むような形で君の願いに答えてくれるよ、スキルは嘘をつかないんだから――


シオンの言葉が頭をよぎり、左腕はしきりに望みを言えといわんばかりに脈打っている。


――僕の望み……それは――


左腕をかざし、目標を捕らえる。


「……何をする気か知らんが……遅い!」


先程見た……次の軸足――左足――の踏み込みで僕へと一気に間合いをつめようとするゴースト。


ならばその出掛りを潰すだけ。


――あいつをぶっ倒すことだ!――


【メイズイータアアアアアァ!!】


怒号と共に放たれた望みにより、ゴーストの踏み込みに合わせ、指定した座標に【壁】が出現する。


再構築したわけでも、崩れた瓦礫を修復したわけでもない……ただ何もない空間に、壁を出現させたのだ。


――あれだけの質量どこに消えてるのよ――


ティズの疑問の答えはこれだ……喰らった壁を僕は、己のスキルの中へと保存していたのだ。


そしてこれが、メイズイーターレベル3の真の力……壊した壁を保存し、任意の場所に出現させることができる能力!


「なっ!馬鹿な……」


リメイクと同じ挙動で現れたその壁は、ゴーストを飲み込まんと何もない場所から形成をされるが、ゴーストは全てを飲み込まれる前に壁の形成から離脱しようとする。

しかし、反応したときにはもう遅い……かろうじて全身を飲まれることを免れたルーシーズゴーストであったが、左腕がいしのなかに取り込まれてしまい、身動きが取れなくなる。


「なんのこれしきすぐに!」


しかし、その程度で戦闘不能になるようなゴーストではなく、すかさず自らの腕を引きちぎり、戦線へ復帰し体勢を立て直す。


が。


「であああああああああああああ!!」


それよりも早く、僕はゴーストに袈裟切りを叩き込む。


最初にして最後のゴーストへの有効打。


純粋な勝利とはとても言い難く、かっこ悪く泥臭い……しかしそれでいて確実な勝利。


痛みよりも、恐怖に打ち勝った喜びよりも、その勝利の感覚が僕を満たす。


そして。


「……少年。 名は?」


斬られ消失をしていくルーシーズゴーストは、最後にそんな言葉を残す。


自らを倒したものをたたえるために。


「ウイルだよ」


「ウイルか……見事の一言だ。 貴様の意志……しかと私に届いたぞ」


つぶれもはや人とは判別できぬ顔であったが、ルーシーの顔は確かに微笑んでおり、

その言葉を残すとルーシーズゴーストは姿を消した。


「勝った……勝ったんだ」


その場にへなへなと崩れ落ち、大きく息を吐く。


とりあえず周りに敵がいないことを確認し、僕はそのまま自分の怪我の具合を見る。


ほぼ全身に切り傷ができているが、どれも軽傷であり、僕は応急処置が済めば、脱出の再開が可能であることを判断する。


「ティズに感謝だ」


腰に下げたポーチを開き、念のためにといつもティズが調合してくれる回復の薬をとりだす。


妖精族に伝わる秘伝の薬らしく――その割にはそこまで劇的な回復をするものではないが――ティズの性格を現すように大きく傷が回復するときもあれば、出血が止まるだけのときもある。


盗賊に襲われた夜も作ってくれていたものだ。


今回は運がいいようで、切り傷に塗るとおおよその傷はふさがってくれた。


しかし、いくらティズのクスリが効いたからといって内側のダメージが回復するというわけではなく、僕は立ち上がると同時に重く響く鈍い痛みに、長時間の探索は不可能であることも同時に悟る。


だがそれで十分だ。 サリアとシオンに合流できれば一階層であれば戦うことなどせず冒険者の道に戻ることができるし、あるくだけであったら問題はなさそうだ。


そんなことを考えながら、僕はできるだけルーシーの遺体に近づかないようにあたりの探索を再開しようとする。


と。


『かたかたかたかたかたかた』


悪夢が再びよみがえる。


音の正体は当然目前の壁に埋まった死体の口であり、先程とまったく同じ動き、流れ、時間によってゴーストを作り上げていく。


「嘘だよね……」


今度こそ本当の絶望が僕に襲いかかる。


忘れていた。 


迷宮をさまようゴーストを倒したとしても、もともと死んでいるゴーストを殺すことはできず、思念を霧散させ、体を形成している魔素を完全に散らせることが、迷宮でのゴーストを退治したことになると認識されている。


ゴーストは、本体を埋葬をしなければ何度でもよみがえり、生者を襲う。

そして一度霧散し敗北をした魂は一度本体へと戻り、魔素を蓄えて再度冒険者を襲い始める。


そう、なのでゴーストは本来死なない生き物であり、同時に遺体がすぐ近くにあれば、霧散した思念はすぐさま遺体へと戻り。


「……ああああぁぁぁ」


再形成されるだろう。


その立ち姿は先程とまったく変わることのない重く響くうめき声に、たっているだけでも胸が苦しくなるほどの威圧感、そしてなにより人間のことなど忘れてしまったかのような容姿が、それが唯のゴーストではなく間違いなくルーシーの亡霊であることを物語る。


恐らくどれだけ多くのゴーストを並べられたとしても、ルーシーと間違えることはないだろう。


そう思わせるだけの異様さを僕は二度目の邂逅により始めて認識する。


状況は絶望的であり、現在の傷の状態から勝率はほぼ皆無。


だがしかし、自分でも驚くほど僕はすぐさまホークウインドを抜き、迎撃体勢を整える。


ルーシーが教えてくれたこと。


人生とは何事もうまくいくとは限らない。


泣き言を言って誰かが助けてくれることは少ない、特にこの迷宮内では。


だからこそ。


「いいよ、戦うよ! この体朽ち果てるまで!」


立ち向かう強い意志こそが必要なのだと……。


「でああああああああああぁ!」


ホークウインドを振りかぶり、僕は体が形成された瞬間を狙ってルーシーズゴーストへと切りかかる。


先手必勝……回避されたらまたメイズイーターで……。


聞き手である左手で剣を横一文字になぎ払おうと構え、右手はメイズイーターを用意するが。


「まて……戦う意志はない!」


「へ?」


僕を制止するように伸ばされた腕と、先程とは違うトーンの声により、僕は攻撃の手を止めてしまう。


罠かとも思ったが、そんな様子もなくルーシーはゆっくりと両手に持った剣を床に投げ捨て、同時に深々と紳士貴族様顔負けの一礼を披露し。


「安心しろ少年、今の私はゆうこうてきだ」


そんなことを言い放った。


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