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47.剣帝・ルーシーズゴースト

その姿はゴーストでありながら朽ち果てており、顔も何もかもが崩れ、もはや人であったことすらも忘れていることは明白であり、おおよそ人と判別するのも難しい状態だ。

しかし、その手に握られた刃と、光り輝く小手……そして何より、僕を切り刻まんと構えるその殺気と立ち振る舞いが、彼が迷宮を歩み敵を打ち倒してきた栄光ある戦士であったことを物語っている。


強い。


はっきりと分かる。 その殺気も、隙のない動きも……何もかもが今までの敵とは桁違いであり、その瞬間に僕はこの魔物には勝てないことを悟る。


「……なんだよ、これ」


剣を構え対峙してみて分かる……足元にも及ばず、打ち込むことも許されない。


ただ相手の一歩に合わせて、僕も一歩後ずさる。 それだけしか僕には許されない。


下手な動きをすれば一撃で屠られる。 


逃げなきゃ……逃げなきゃ……逃げなきゃ逃げなきゃ!!


本能がそう告げ、僕の頭がしきりに警鐘を鳴らし続ける。


足は逃げだしたくて震え始め、うっすらと瞳からは涙があふれる。


怖い。


ころされるころされるころされるころされる!?


頭の中で逃げ出す算段を立てるが、どう計算をしても殺される未来しか見えない。


それほど圧倒的で、その敵は絶望的だ。


情けない話……僕はこの後すぐにサリアが僕を助けに来てくれる御伽噺よりも都合の良い


展開に全てを賭けなければならないほど、戦う前からあっという間に追い詰められていた。


心で叫ぶのは、助けを求める声……みっともなく、情けなく、プライドも何もかもを

かなぐり捨て、少女の助けという希望にすがる。


助けて……助けて助けて! 助けて……さり……


しかし……。


――大丈夫です、私のマスターなら――


ほんの一欠けら残ったその~自信~が、僕の背中を押す。


いつか言われた僕の頭の中響くにサリアの声。

私が貴方を守ります。 僕はそういわれたときになんて思った。


僕が彼女を守るんだ。


ここで逃げて、どうしてサリアを守れる?


心が告げる。 頭は逃げろとうるさいが、僕の心は唯一つの言葉を叫ぶ。


                 戦えと。


振り下ろされる剣閃。 もはや様子を見る価値もなしと判断したその戦士は、


無防備かつ臆病な冒険者に対し、断罪の刃を放つ……が。


「強く……」


「!!」


「どこまでも強く!!」


その刃を、引き抜かれた白銀の刃、ホークウインドによって受け止める。


重く――腕がきしみ――、鋭く――頬は剣圧でさけ――しかしそれでも、その刃は僕の命を奪うことはできなかった。


「今がダメなら! 今すぐ越えてやる!」


全身を奮い立たせ、僕は目前のゴーストへと叫びながら刃を押し返す。


甲高い音が響き渡り、僕とゴーストは間合いを取って構えなおす、今ここでようやく戦いが始まったのだ。


「っ……」

「―――」

剣を弾かれ、ゴーストはいぶかしげに一つ首をかしげ。


「我が剣を受け止めるものは久しいな……強きものよ」


言葉を発する。


「なっ……しゃべっ……」


ゴーストがしゃべるなど聞いたことがない。 ゴーストはゾンビと同じく記憶も何もかもをなくし、死ぬ直前にあった感情のみを糧に徘徊をする魔物、しゃべるなんてどんな文献にもかいてないし見たこともない。


「確かに、しゃべるゴーストなど珍しいだろうが少年、貴様の目の前の私が現実だ」


ゴーストは流暢に、しかし隙を作ることなく刃の構えを変える。


「虫のいい話ですけど、意識があるなら、僕を逃がしてくれたりは……しないですか?」


何もかも規格外の魔物だが、意識が残っているなら少しは……。


「愚問だな、目の前に餌をまかれた魔物が何をするべきか……分からぬほど愚かではあるまい」


しかしそんな期待はあっさりと冷淡な言葉につぶされ、僕は心の中でやっぱりねと呟いて覚悟を決める。


意識のある、上級冒険者のゴースト。 それはもはや上級冒険者そのものと対峙しろといわれているようなものであり、僕は唇を少し嚙んで剣戟に備える。


「……では、始めようか。 コロシアイを……我が名はルーシー……ルーシーズゴースト。

おしてまいる!」


言葉の終わりと同時に、ルーシーズゴーストは視界から消え……。


「はっ」

目前に体勢を低くした状態で踏み込んでくる。


まだ6メートルは距離は開いていたのに……それを一足でゼロにするなんて……。


そんな化け物じみた攻撃に対し、僕はすんでのところでその剣を受け止める。


しかし。


「ぐあっ」


遅かった。 剣筋は見え、敵の刃を受け止めたつもりであったが、刃が肩に食い込み、赤いものを噴出させる。


「ミスリルの鎖帷子を……」


まるで無きが如くその剣はミスリルの鎖帷子を切り裂き、僕の肩に刃を食い込ませる。


あと少し防ぐのが遅かったら右手は胴体から離れていただろう。


「ホウ……ではこれなら!」


蹴りにより体勢を崩された僕に走る三つの連撃。


袈裟 逆袈裟 そして突き。


「っはああああああ!!」


逃げ道をふさぐように放たれた刃……速度も重さも先程とは段違いであり、右肩、左筋、そして心臓部を狙って放たれたそれを、僕は初撃と二撃目を刃で弾き最後の刃を後ろに跳んで回避する。


一撃目二撃目により、右肩と左頬がまた裂け血が滴り落ちるがどれも致命傷ではなく、僕はまだ戦えることを確認して体勢を立て直す。


「……まだ防ぐか! 良いぞ!」


空気が変わる……久しく見ぬ敵に興奮したのか……それとも遊びは終わりということなのか、崩れた顔は笑みを浮かべながら、その手にかけられた刃を上段に構えて攻撃を仕掛ける。


「気を抜けば死ぬぞ! 少年!!」


風を切る音が迷宮内に響き渡り、風のない迷宮内に暴風が吹き荒れているかのように重なり大きな音をかき鳴らす。


初撃や三撃などの比ではない……そのゴーストが放ったのはただひたすらの連続攻撃。


休む暇も加減も与えぬ、楽しむだけのインファイトをゴーストは仕掛けてくる。


防御はジリ貧であり、かつ敵の攻撃は激烈であり反撃の手はなし。 


速度も剣速も重さも全てが先程よりも一段階上がり、その全てが僕の急所を狙っている。


しかし、それでも僕は剣を防ぎ続けられている。


まるで、次にどのような剣が来るのかが分かっているかのように。


いや……。


――この剣術を僕は知っている――


そう気付くと、その太刀筋は誰のものかはすぐに思いつく。


この太刀筋は、サムライであるサリアのものと同じなのだ。


サリアが使う剣をとなりでずっと見てきた。 まだ数日しか見ていないけれどもあれだけ独特な動きをする剣技を隣で見ていれば誰だって覚える。


またサリアに助けてもらった形になってしまったが、度重なる幸運に僕は感謝をする。


しかし。


「ぐっ」


太刀筋は見えていても、体が追いつかない。


致命傷を負う事はなくても、一太刀一太刀全ての攻撃を完全に防ぎきることはできず、全身を少しずつ、しかし確実に切り刻まれ、服は赤く染まる。


息は乱れ、体の温度が下がっていくのが分かるほど血を流した。


ミスリルの鎖帷子はもはやボロボロであり、それでもなお止まらぬ剣戟に、僕はただ攻撃を受けることしかできない。


反撃をしなければ……。


そう思案した瞬間。


「!」


油断か、敵の左側に一瞬の隙ができる。


「っそこだ!」


剣をはじき、すかさずホークウインドを叩きこむ。


全身全霊、そして最後のチャンスに近いこの一撃に全てを込めて。


しかし。


「温いわ」


大きな音が響きわたり、僕は刃を弾かれる。


「しまっ!」


ゴーストの腕に仕込まれた小手により刃は受け止められ、弾かれる。


同時に大きく振るわれることにより僕は大きくのけぞり体勢を崩す。


完全に誘われた。


そう後悔するよりも早く、ゴーストの蹴りが僕の腹部に走り、壁際に衝突をする。


「がっ……はぁっ」


重い……臓器が損傷したのか、口から大きく血を吐き出す。


朦朧とする意識の中、見えるのは追い詰められた獲物に止めを刺す狩人の一閃。


「動きも、太刀筋も悪くはない……だが、貴様の剣には意志がない!」


後ろに逃げることも回避することもできないその一撃だが。


「っ! ブレイク!」


僕は壁を破壊して後ろに跳ぶことにより、その一閃を回避する。


「なにっ!?」


渾身の一閃を空振り、ゴーストは体勢を崩すと同時に明確な隙を作る。


これだけの意外性を見せたのだ、この隙は罠ではない。


「ここだあああ!」


迷宮の壁が破壊されたことに、少なからずゴーストは動揺をしたようで、僕は窮地を脱するのと同時にこのチャンスを逃す手はなく刃を打ち込もうとする。


「ぬんっ!」


ゴーストの肩をホークウインドは裂き、ゴーストの体から体を構成している魔素が流れ出すが、それでも肩に刃を食い込ませただけで受け止められてしまう。


「これも防ぐのか……」


「言っただろ、意志なき剣で私は切れぬ……しかし、この私に手傷を負わせたことは賞賛に値しよう……だが、それまでだ」


「っわっ?」


そういうとゴーストは不意に刃を手放す。


支えを失った体は急な出来事に体勢を崩しながら刃を更に肩に食い込ませるが、肩を両断するよりも早くゴーストは僕の服をつかみ。


「せいやぁ!」


投げ飛ばす。


世界が二転三転する中、僕は受身など取ることもできずに床に叩きつけられる。


距離にして二十メートルは飛ばされただろうか。 全身に激痛が走り、同時に体から力が抜ける。


「っ……」


メイズイーターを使用した奇策も剣術も通用せず、逃げることもできない。


この現状は僕にとってはまさにどうしようもない詰みという状況であった。


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