46. 迷宮奥の亡霊
ウイルたちに襲い掛かった力はマスタークラスの冒険者が放つ全力の放り投げ。
人と言う種族のもてる最大級の筋力によって、生命力五の少女 妖精 思春期の少年は為すすべもなくまとめて暗闇の道へと砲丸投げの弾のように放たれ、それぞれが鈍い音を放って壁へと衝突したことが告げられる。
「はぁ……はぁ……はっ!!」
ドワーフ投擲部隊も真っ青な見事な放りなげを決めてからしばらくして、ようやく張本人は正気を取り戻したのか、慌てて全員の無事を確認する。
「す、すみません皆さん無事ですか!」
「なんとかねぇ」
「あうぅ……こ、腰打った……」
シオンとティズのうめき声が響き渡り、その声を頼りにサリアはスキル洞察力と気配察知により二人の位置を割り出し、合流をする。
「しかし見事にぶん投げたわね筋肉エルフ」
「す、すみません。 私昔から怖い話が苦手で……」
「ごめんねぇ、楽しいかなって思って」
シオンは痛みを我慢するような渋い声を出して謝罪をする。 打ち所が悪かったのか
珍しく反省をしているようで、とりあえずはみんなの無事をサリアは喜ぶ。
「うう、すみませんマスター……自分から先頭を名乗り出ておいてこのような失態を……でもやっぱり怖くなってきちゃったので、その、先頭変わってもらっても……マスター? 随分とやわらかく……」
「サリアちゃんそれ私の胸」
「わわっ! ごめんなさいシオン! え? あれ? マスター?」
おおっと?
「ウイル君? 大丈夫? 打ち所悪くて死んじゃった?」
「縁起でもないこと言うんじゃないわよ! ちょっとウイル! 返事しなさいよ!」
おおっと?
「マスター! マスターいないんですか!」
返事もなければうめき声もない。
いくら筋力18のエルフといえども、二人の人間と妖精を投げとばるせるとしても、人を死に至らしめるほどの勢いで投げることはできない。
悪くても腰を打ったり頭を打って悶絶する程度だろう。
しかし、近くにいるはずのウイルは声やうめき声……何よりもその気配さえも完全に遮断されてしまっている。
即死……であれば話は分かるが、シオンが軽症で済んでいることから即死は到底考えられない。
となると……。
サリアとティズは一斉にシオンのほうを見る。
(真っ暗闇なのでティズは明後日の方向を向いているが)
「あ……あれれ? もしかして嘘から出ちゃった玉手箱?」
シオンは震える声でそんな最悪の状況を理解し。
『えええええええええええええええええええええ!!』
同時にサリアとティズの絶叫が迷宮に木霊する。
こうして簡単だったはずの第一階層最後の探索は、思わぬ形で窮地を迎えるのであった。
◇
「あったたたた」
迷宮の壁に衝突した痛みに、僕はゆっくりと腰を押さえながら仰向けに姿勢を移す。
壁に衝突した痛みよりも、そのまま床に落ちた痛みのほうが大きく、僕は一度寝返りを
打って強打した胸を押さえる。
普通であれば暗闇であったとしても受身くらいは取れるのだが、今回ばかりは予想外の出来事に受身を取ることができず、無様にも床に叩きつけられてしまった。
「はぁ……」
仰向けになった瞬間に、その理由はすぐに判明する。
一寸先も臭いさえも遮断されていた暗闇の道はそこにはなく、目の前にはいつもどおりの――ティズのサンライトがないため薄暗くはあるが――迷宮が広がっていた。
「幻影の扉……迷宮の袖引きの正体はこれか」
触れた瞬間に隠された扉に吸い込まれ、隣の部屋へと強制的に移動させられてしまうトラップ、幻影の扉。 基本的には一方通行なことが多く、道に迷いやすくなってしまうという探索妨害系のトラップだ。普段であればティズのサンライトにより簡単に見破ることができるのだが、暗闇の道の中に設置されていたのでは気付きようもない。
まぁ、壁にぶつかりながら進んでいたので遅かれ早かれここに来ることにはなったのだろうが、僕一人だけ取り残されるのは少しばかり不味い。
レベル4になったとはいえ、今ここで魔物の群れとかに襲われたら確実に敗北をしてしまうだろう。
まぁしかし、かといって慌てるほどでもない……。
一方通行の幻影の扉は厄介な罠ではあるが、それでも僕の力を持ってすれば、その克服は容易い。
そもそも扉などなくとも、壁を自由に行き来するのがこの能力なのだから。
「メイズイーター!」
僕は一度叫び、ブレイクを目前の壁に発動する。
予定通り、何も間違うことなく迷宮の壁は破壊される。
音も立てず瓦礫も残さず、レベル3まで進化した僕のメイズイーターはまるではじめから何もなかったかのように迷宮の壁の一ブロックを削り取り、そしてその破壊したブロックの先に暗闇の道が現れる……。
はずだった。
「また、壁?」
壊した壁の先、本来ならばティズたちがいるはずの暗闇の道はそこにはなく、あるのはまた迷宮の壁である。
「テレポーター……」
ここに来て僕はようやく、幻影の扉の先にテレポーターの罠が仕掛けられていたことに気が付く。
つまり飛ばされた先は一階層のどこかであり、暗闇の道以外の地図を作り上げたはずの僕が知らないとなると、この場所はあそこからしか入れない特別な場所ということだ。
「……恐らく帰り道も一方通行の幻影の扉からしか帰れないんだろうけど……」
誰一人としてこの場所の存在を知らないとなると、少しばかり身構えてしまう。
立ち上がりふと周りを見回してみるとあるのは大量の人骨と、冒険者達の落とした剣や盾鎧たち。
どれも初心者冒険者の落とすレザーメイルやバックラーかと思いきや、中には鉄の剣やプレートメイルなど、迷宮中層の冒険者の装備も落ちている。
ここに何かがあって、それの餌食になったことは明白である。
「……とりあえずは外に出なきゃ」
メイズイーターで知っている道まで掘り進もうかとも考えたが、テレポーターでつれてこられた場所の場合、通常の迷宮から隔離された場所である可能性が高い。
となれば、ここは定石どおり出口を探したほうがいい。
そう心に決めて、僕は立ち上がり辺りを見回す。
………。
広い部屋。 骨と遺体が転がっていること以外は敵がいるわけでも。抜けられる道があるわけでもなく、慎重に目を凝らしてみても罠がある様子もない。
ただあるのは目前にそびえる財宝の数々。
そして、その財宝に囲まれるように壁に埋まる、一つの遺体。
壁の中に飛ばされてしまった遺体だろう。 そこに置かれている財宝は弔いの意味をこめたものなのだろう、その遺体を包むようにしておかれている。
他の遺体には何も無いというのに、なぜかその遺体にのみ宝石が備えられている。
また、この人が死んだのは相当昔らしく、劣化のしない金貨はそのままであったが、枯れはて朽ちた花のようなものが大量に落ちている。
……少し調べてみようか。 今のところ脱出の手がかりはこれしかないわけだし。
罠の臭いがぷんぷんするが、臆していても始まらない。
ここにお供え物をした人たちがいるということは、ここから脱出も可能ということだろう。
わざわざ花まで添えているということは、案外簡単に脱出はできるのかもしれない。
そんな思いを胸に、僕は一度遺体に合掌をして遺体の周りを捜索する。
「ん~?」
金貨やさび付いた銀貨が並ぶその場所はまるでお墓のようで、調べてみても特に変わった様子もない。
もしかしたら隠し扉のスイッチが金貨の下や遺体の隣にでもあるなんてことを期待もしたのだが、そんなことはなかったようだ。
「困ったな」
どうやらここは本当に単なるお墓のようで、脱出方法は手探りで探るほかないようだ。
僕は肩透かしに一度嘆息し、仕方なく遺体を調べることを中断する。
と。
『カタカタカタカタ』
「ひっ!」
不意に遺体が口を震わせ、歯を打ち鳴らす音が迷宮内に木霊する。
当然遺体は壁から抜け出すことはできず、その体はただその場所で暴れまわるだけで僕に何かをするわけでもない。
しかし、僕はこの現象を知っている。
動くはずのない遺体が動き、生者の息吹を感じたとき魂は形を得て仲間を望む。
「……ゴースト……」
ゾンビとはまた違う魔物の形。 意志の強かったものの魂は実体を持ち人を襲う。
遺体の開かれた口から、霧のようなものが吐き出され、形を成していく。
これがゴースト誕生の瞬間なのかゴーストの登場の瞬間なのかはどちらかはわからないが、どちらにせよ、こうやってゴーストは遺体からあらわれるのか……なんて間の抜けた感想が僕の頭の中によぎっている間に、ゴーストの形成は終了し、目前に一人の戦士が現れる。