43.シノビの少女とサリアの服
冒険者の道中腹に存在する商店街は、商人達の協定によって食料品のみが取り扱われるスペースになっている。
繁栄者の道や城下町中央広場のように品揃えが多く異国の食べものが軒を連ねている……というわけではないが、城下町とは異なり肉や酒などがここでは通常よりも割安に売られ、更には大きさもとても巨大なものが付いてくる。
なので時間がある人は、スタミナやパワーが出せるような食材は冒険者の道で、新鮮な野菜や調味料……ミルクやバターなどの異国からの品物は繁栄者の道で買い求めるとお得なお買い物が出来るという寸法だ。
まぁ、そんな面倒なことをする人はそうそういないため、僕もその例に漏れず冒険者の道のみで今日の買い物をすませてしまう。
「いつもありがとうね、ウイル、はいこれおまけのコロッケ」
「わぁ、ありがとうございます」
肉屋のおばさんに銅貨を渡して、僕はお礼を言って買い物袋を引っさげる。
仲間が二人も増えたために買う量も相当多くなったはずなのだが、筋力が13にも上がったおかげで重さをまったく感じない……。
レベル3に上がったときも実感できたが……今回のレベルアップはそのことを特別大きく感じることができる。
ついでにリリムさんのところに顔を出そうとも思っていたのだが、思ったよりも時間が過ぎてしまっているのと、重くはないとはいえ、この大荷物じゃ唯の冷やかしになってしまうため、僕は諦めて帰宅することにする。
帰って昼食をとる頃には、きっと二人とも二日酔いから回復しているころだろうし。
そんなことを考えながら、迷宮へと向かい始める冒険者達とは反対方向へ間を縫うように、進んでいくと。
「あ……ウイル……さん」
不意に聞き覚えのない声に呼び止められ、振り返る。
「あ、あの……えと」
そこには黒い服を纏った目元まで延びた髪の毛が特徴的な女の子が立っていた。
「あれ、君は……確か昨日の」
昨日不良に絡まれていたシノビの少女だ。
「どうしたの?」
「えと……行きましょう?」
「え?」
不意に手を伸ばされ、少女についてくるようにとお願いされる。
「行きましょう。 ウイル」
少女に、もう一度僕はお願いされて呆けてしまう。
確かに、何も用事がなければこんな美少女からのお茶のお誘いにはほいほい付いていってしまうのが僕の性分でもあるが、残念ながら今日はこれから帰って迷宮にもぐるという使命がある。
「ごめんね、僕これから迷宮に行かなきゃいけないんだ。 買い物帰りでそうは見えないかもしれないけど……仲間が待ってるから。 ごめんね、また今度?」
「うそ……」
少女はすごい驚いたような表情で僕を見つめ、両手で口を押さえている。
ちらりと髪の間から彼女の美しい瞳が見えたが、とても驚いているように目を丸くしているようで……その状態のまま少女は一人フリーズ状態となる。
「あー……えっと、もしもし?」
「あっ! その!? ごめんなさい!私…道をふさいじゃって!?」
声をかけると小さく少女は飛び跳ね、道を開けてくれる。
「あーえっと……もしかしてまた何かあったの?」
何をしたかったのかは分からなかったが何となくそんな気がして僕はそう聞いてみると。
「! は……はい……いや、いいえ! その、あの……えと……あう」
「ふふ、無理しないでいいよ。とりあえずはたまたま見かけたから声をかけてくれたってところかな?」
何やらぎこちなく少女は首を縦にする……なにか相手の神増城を読み誤った気がするが、気のせいか?
「また何か困ったことがあったら相談して、凄腕の暗殺者である君の役に立てるかどうかはわからないけど、話を聞くくらいのことならできるから」
「!!え、暗殺者って……なんでそれ」
「僕のこと間違って刺しちゃったの……気にして様子を身に来てくれたんでしょ?」
「!! ごめんなさい! ごめんなさい!私……その……いい出せなくて……動揺して逃げ出して……本当に! わざとじゃなくて」
怯えるように震えながら、少女は懇願するように僕に謝罪の言葉を向ける。
「いや、気にしないでよ、怪我もしなかったし、間に割って入ったのは僕のほうだし!?だから……」
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
僕が気にしないようにと声をかけようとした手を振り切って、少女は背を向けて走り出してしまった。
追いかけようにも恐らく高レベルの暗殺者のスキルを持った人間と、唯の冒険者―しかも大量の荷物あり―の僕が追いつけるわけもなく、少し走った所で少女を見失ってしまった。
本当に気にしなくていいと僕は思っているのだが……彼女が心を開いてくれるのは相当時間がかかりそうだ。
「……あれ?そういえば」
彼女に名前を教えたことはなかったはずだが、あの少女は確かにウイルさんと呼んでいたことに気が付く。
「一体いつ知ったんだろう」
そんな疑問を抱きながらも、僕は自宅へと戻ったのだった。
◇
「ふっかーーつ!」
「同じくふっかーつ!」
迷宮内、第一階層にて騒がしい妖精とアークメイジが二人で復活のダンスを踊っている。
先程まで酔いつぶれていたりひたすらに飛び膝蹴りをかましていたのが嘘のように上機嫌かつ元気はつらつであり、僕はため息をついて隣の聖騎士をみる。
「どうしました?」
「いや、やっぱり剣を持ってるときはこっちの方がしっくりくるなっておもって」
サリアはいつもどおりの聖騎士の服装に戻っており、浴衣姿も可憐で素敵だったが、やはり剣を持っている姿の場合はこちらの方がしっくり来る。
「まぁたしかに、こちらの方が戦闘向けに作られていますからね。 マスターはどちらがお好みですか?」
「え?」
どきんと心臓が跳ねる。 それは一体どういう意味だろう。
「いや、少し気になりまして……剣を持った聖騎士としての私と、ユカタをきた平時の私。
どちらがマスターに喜ばれるのかと」
正直どちらも嬉しいし綺麗だ。
おそらく悲しいことにそう答えてもサリアは納得しないため、僕はこの後明確な答えという奴を出さなければいけないのだろう。
清楚で可憐……それでいて猛々しさをかねそろえたクールな服装である聖騎士の鎧に、クレイドル寺院の僧侶の証であるはずのドレスを身に纏ったサリアは、まさに柔と剛をかね合わせた出で立ちであり、青と白を基調とした色のドレスがまた銀色の鎧をいい感じに引き立てており、更には金色の髪に長い耳はエルフでありながら戦士というギャップ萌えを強調するかのようで僕の心をいつも穏やかじゃさせなくしてしまう。
反面、優艶な桃色のユカタを身につけたサリアは、細身であり、身長がそんなに大きくないことからとても東洋の洋服が似合う体つきをしており、さらにはエルフ特有の肌の白さが、うなじや時折ユカタの袖やすそから除く白く美しい肌がユカタの桃色によって強調され、露出は少ないはずなのに僕の悪戯な心を刺激し、同時に長い髪をポニーテールにまとめ、動くたびに金色の髪と連動するように袖が揺れ、歩く姿一つをとっても風に揺られる花を見つめているようで、その一挙一動全てに目を奪われてしまう。
あぁ、どちらも甲乙付け難く、そしてこんなことをサリアを見ながら考えていたという事実に僕は自己嫌悪で泣きそうです。
というよりもこのエルフは狙っていっているのだろうか? そんな質問をされてしまったら思春期真っ盛りかつ、些細な女性の仕草から自分に気があるんではないかと勘違いしてしまいやすい年齢ど真ん中の僕は、サリアが僕に対して好意を抱いているのではないかという勘違いをしてしまうではないか。
騙されてはだめだぞウイル、そんな勘違いでパーティーを崩壊させた冒険者はごまんといるのだ、僕のような人間に、サリアのようなマスタークラスの冒険者がほれ込むなんてことはない。
だからここは。
「サリアは何を着ても似合うからね、特別どちらがいいって言うのはないよ。しいて言うなら、自然体なサリアが一番綺麗だと思うな」
無難な線でお茶を濁しておこう。
「……マスターすみません、またなんだか胸が苦しくなってきました」
「具合が悪いの?」
「いえ、そうではなく……あ、なんだか落ち着いてきました。 もう大丈夫です」
「そう? あの二人もまだ踊り足りなさそうだから、休むなら少し休んでも」
「いえ、気のせいだったのかも知れません。 ご心配おかけしました」
この前もそうだったが、もしかしたらアンドリューとの戦いで何か胸に後遺症が残るほどの怪我を負ってしまったのではないだろうか……。
今は大丈夫だと強がって入るけど、今度どこかでしっかりと見てもらったほうがいいかもしれない。 うん、そうしよう。
僕は一人そう考えると、不思議な踊りを踊っている二人の下へと向かっていく。
「ほらほら二人とも、今日は僕のメイズイーターの検証もあるから、そろそろ行くよ!」
「おー!」
「オーラジャー!」
まだ酔いが残っているのか、陽気な二人は元気よく僕に向かって敬礼をし、僕は少しばかりの不安と調子のよさにため息をひとつ漏らすのであった。