妖精語り
とある神様の話をしよう。
「あなたの仕事は、世界を滅ぼすこと。ごめんなさい」
創造主はそう謝罪をしながら、彼女を作った。
妖精の女王にして、メイズイーターシステムの管理を行う女神。
妖精女王ティターニア。
いずれ世界を滅ぼすメイズイーターを選定し、メイズマスターへと導く仕事。
彼女は生まれた時から、そうあるべきとして生を受けたのだ。
「謝罪は不要です我が主人。それが命令であれば、それが必要な事ならば。私は何度でも世界を滅ぼしましょう」
冷たくティターニアはそうつぶやいて、それからは淡々と仕事をこなした。
才あるものを見出し、育て、淡々と迷宮を作らせた。
時には裏切り、時には邪魔者を排除し、メイズイーターの望むものを演じた。
時には恋人を演じ、時には母親を演じ、時には救世主を導く女神の真似事もして。
愛を囁いた男を、母と慕う娘を、世界を救おうとした英雄を、ティターニアは淡々と世界を滅ぼす迷宮の主人へと変貌させた。
終わりの言葉はいつも決まっていた。
裏切り者と、誰もが口々に彼女を罵った。
そうあるべきと生み出された存在にとって、そんな罵倒は凶器にはなり得なかったが。
しかし、何度も繰り返すうちにティターニアは確かに摩耗した。
感情はすり減り、表情は希薄になり、淡々と、ただ淡々と剪定と裏切りを繰り返す機械となった。
あるいはそれは無意識な彼女の防衛本能だったのかもしれないが、今となっては分からないことだ。
いつしか、彼女は氷の女王と呼ばれるようになった。
冷酷に、冷徹に全てを終わらせる妖精の女王。
ティターニアはそれならそれでもいいと思っていた。
神とはシステムであり世界の管理者。
余計な感情は必要ない。
だから氷の女王と言う名前は、自分がシステムとして正しい証拠である。
そう思っていた……彼女に出会うまでは。
「幸せがが逃げそうな怖い顔ねティターニア。恋でもしてみれば?」
(羨ましい人)
彼女が初めてティターニアに抱いた感想は、そんな皮肉を込めた感想であった。
神のくせに人に恋をし、神のくせに勝手気ままに能力を私物化。
挙げ句の果てにはただの人間に自分の能力を貸し出す暴挙。
子供のように稚拙で我儘、恋に脳を焼かれた残念女神。
そのくせ人に愛され、崇められ……誰かを救い続ける役割を与えられている。
人を裏切り、世界を滅ぼすのが役目の自分とは違って、彼女の仕事は、ただヘラヘラ笑って自由気ままに遊び呆けてればいいだけ。
────私と違って、なんて楽な仕事なんでしょう。
そうあるべき、と主人に作られたのだから仕方のないことではあるが、全く対照的な能天気な主神をティターニアは始め馬鹿にしていた。
それが嫉妬だと気付いたのはずっとずっと、後の話だった。
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「──今のは、夢?」
朦朧とする意識の中でウィルはそう呟くと、他人の記憶は霧が晴れるように薄れていき、代わりに深淵のように暗く広い空間が現れる。
「ここは?」
光はなく、かと言って視界が閉ざされているわけではない不思議な空間。
あたり一面真っ黒に染め上げられた世界は、まるで宙に浮いているような錯覚をさせる。
「これも、マンデースレイヤーの能力なのか?」
脱出のため、メイズイーターをウィルは起動してみるが、反応はない。
「ダメか。スキルの使用禁止、この分だと魔法もダメだろうね。使えないけど」
困ったなとウィルは一つ息をつく。
と。
「!!!」
暗闇のなか、先ほどまでそこにいなかったはずの空間に、一人の女性がゴーストのように突然と現れる。
「っ!!」
慌ててウィルはホークウインドに手をかけ間合いをとる。
だが。
「…………???」
女性はぼうっとウィルを見つめるだけで、何をするでもなく立ち尽くしたまま。
敵意も戦う意思すらもなく、ただただ悲しそうな表情を浮かべたまま、ウィルを見つめている。
「……………..もしかして、お母さん……ですか?」
確証があったわけでもなければ、顔を覚えていたわけでもないが。
その時ウィルは何故か、そんな言葉が溢れでる。
【…………大きくなったね】
静かに、涙をこぼしながらその問いに妖精女王は噛み締めるように微笑む。
離れ離れとなって13年。
か細くも、しかし間違いなく二人の絆は繋がっていた。
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