駄女神
「ティズが魔物の設計者?」
クレイドルの言葉に僕は思わず聞き返す。
「そうそう。自律進化しちゃった魔物も結構いるけど、最初の雛形を作ったのはティターニアなの。メイズマスターシステムに迷宮と魔物は必須だからね。だからあの子は、全ての魔物の母と言っても過言じゃないのよ」
「想像つかない……」
何度か頭の中でティズが魔物を設計する姿を想像してみようと試みるが、すぐに頭の中のティズは酒を取り出して飲み始めてしまう。
「クレイドル。流石にそのジョークは無理があるかと」
「てすー」
満足したのか、すぽんとクレイドルの胸からカルラは取り出し、サリアの言葉に同意する。
「いや!? ジョークじゃないから!? 確かに今のあの子からは想像つかないかもしれないけど! あの子昔は冷酷無比な氷の女王って呼ばれてたんだから!?」
「「「ははっ、またまたぁ」」」
「ほんとだから!? ね! 本当よねルーシー! ロバート!!」
「残念ながらな」
「まぁ、始め誰だかわかんなかったもんな」
同意を求めるクレイドルに頷くルーシーとロバート。
その様子に、ようやく僕たちもその言葉が本当なのだと気付かされる。
「……え、ほ、本当に?」
「嘘ついて何になる。ここのアホ女神はともかく、今は冗談言い合ってる状況じゃないことぐらい俺にはわかる。ルーシーもな」
無言で頷くルーシーに、僕たちはおしだまる。
確かに、ティズは記憶が戻った時自分の記憶だと認識できないと言っていた。
彼らの言うとおり、記憶を失う前と後でそこまで性格が変わってしまっているなら、確かに混乱もして当然であると言えるだろう。
「成程、お父さんがそう言うならばそうなのでしょう。とは言え、想像できないのは相変わらずですが」
サリアも同じ考えに至ったのかそう呟くと、僕とカルラも同意して頷く。
「まぁ気持ちはわかるけどな。しかし今はそこは重要じゃないだろう。今優先すべきは、そこで寝転がってる二人を生き返らせて、マンデースレイヤーとか言うふざけた怪物にとっととご退場願うことだ。おいバカ女神」
「何よ根暗独身」
「そこでシンプソンをヌンチャクみたいに振り回すのはいいが、そんなことをしてる暇があったらさっさとそこの二人を生き返らせたらどうだ? それとも、シンプソンに任せすぎて蘇生魔法の使い方忘れちまったか?」
「バカ言うなっての、どれだけボケても呼吸を忘れる人間はいないでしょ? 私にとって蘇生魔法がそれよ、ばっちり蘇生魔法は使えるし、現在進行形で蘇生魔法はかけてるっての……ただ」
「ただ?」
「二人とも結構ヤバめな呪いがかけられてて、蘇生魔法が効かないのよ。いやー困ったわ、女神をこんな困らせるなんて、マンデースレイヤーは強敵ね、流石のわたしもこれには…….」
「呪いをときゃいいだろ? 神聖魔法の代名詞だろ?」
一瞬、クレイドルの表情が固まり、すぐに後ろを向く様に目を逸らした。
「………….ました」
「?」
顔を逸らし、小さな声でクレイドルは何かを呟く。
「クレイドル、本気か?」
耳のいいルーシーはクレイドルの言葉を聞き取れたらしく、愕然として顎を開く。
その様子にロバートは何かを察したのか、冷めた表情でクレイドルの肩を掴む。
「おいお前、忘れたのか?」
「…………」
「呪いの解き方忘れたのか?」
ロバートの言葉に。
「ひゃい……」
「神聖魔法は、クレイドル教特有の魔法だよな……忘れたのか?」
静々とロバートの前でクレイドルは正座をすると。
「ごめんなさい」
流れる様な土下座を披露する。
その無駄のない動作は、この流れが過去に何度もあったのだろうと言うことを想起させ、僕の心の中でクレイドルの頼りになる物の序列がティズよりも胸の分だけ少し上、の位置まで降格された。
なお、ティズの下はタワシである。
「はぁ……まぁ女神が役に立たないのは想定内だがな」
「まぁ、マンデースレイヤーがこの期に及んでクレイドルを襲いに来てないからな。何となく察してはいたが、まさか魔法を忘れるとは」
呆れた様にルーシーはそう吐き捨てる。
女神はまだ土下座でプルプルと震えていた。
「ま、まぁ、まだではありますよお父さん! 呪いがかけられているならば解決手段はまだあります。アンデッド化の呪いすらも焼き尽くすシオンの炎ならば、マンデースレイヤーの呪いといえど……」
クレイドルをフォローする様にサリアはルーシーにそう進言するが。
「は!!!!」
その言葉にカルラは困った様な表情で声を上げる。
「ど、どうしたんですカルラ?」
「あ、いや、それが……黙っててって言われてたんですけど、シオンちゃんは今、リリムさんの依頼を受けて二人で国外の鉱山に向かっちゃってますー!」
「……あれ? これって結構まずいんじゃ」
一瞬の沈黙の後、僕のそんな間の抜けた声が境界内に響いた。
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