彼女はティズか女王か?
「あ゛ぁ゛――――――――ぅう゛ぇぉあ゛―――」
リルガルム外れにのっそりと立つ樹齢500年を超える巨木。
その根元にぽっかりとくり抜かれた様にできたウロを匠の妙技で改装した家に、怨嗟の様な、悔恨の様な、歓楽のような、嗚咽の様な、感情入り混じる
不協和音が響き渡る。
「おいティズ、いい加減にしてくれよ。お前一生そこでゲロ吐いてるみたいな声垂れ流し続けるつもりか?」
家主であるドワーフの戦士、スロウリーオールスターズが一人アルフレッドはそう、新たに我が家に設置をされた壊れたスピーカーに文句を垂らすが。
「うっさい万年独身……息子の前でストリップショー開いてた私の気持ちがあんたに分かるもんかってのよ」
「何から何まで自業自得すぎて、全然同情できねぇから困ってんだわ。事実、俺以外の所は全部追い出されたからここにいんだろお前」
「ぬぐっ……」
図星をつかれ、ティズは一瞬押し黙る。
と言うのも、ウィルと少し距離を置こうと決めたティズは、こんな調子で厚かましくもつい先日まで忘れていた旧友の元に駆け込んだのだが。
イエティも、ロバートも、ルーシーも、クレイドルからも、ドン引きされた挙句うるさいからと言う理由で追い出され、泣く泣くアルフの家を半ば強引に間借りしている状況であった。
「まさかあの永遠女王が、こんな醜態を晒してるなんざ、誰も予想できなかったろうな」
「うっさい!!? と言うかあんたも止めなさいよ!! 息子の前で醜態晒してるなんて事実知ってたんでしょ!? やんわりと止めなさいよ!!!」
「しょうがねーだろ!? 永遠女王の時のお前と今のお前似ても似つかなかったんだからよ!? 実感わかねーと思うけど、お前昔氷の女王なんて呼ばれてたんだぞ!?」
「そーよね! そーみたいね!! 実感が湧かない私も記憶の中の私に、「だれこいつ?」て思ってるぐらいだから、あんたたちから見てもそう思うわよね!?」
「しかも、あのゾーンと子供までこさえてるなんざ。信じられる訳ねーだろ、ティズって名乗られた時は確かに頭をよぎりはしたが、ウィルとのアホみたいなやり取り見せられたら別人としか思わねえよ。ウィルがメイズイーターだって知った時も、目ん玉飛び出るかと思うくらい驚いたんだぜ!? 気づいた時にゃもう手遅れだったんだっつーの!! 二重の意味で。何をどうしたら、氷の女王が飲んだくれストリッパー(噴水付き)になるんだよ!!!」
「うあーーーーーー! 忘れろ忘れろ忘れろーー! 私だって知ったこっちゃないわよ!!」
ポカポカとアルフのことを殴りながらティズはそう叫ぶ。
そんな旧友にアルフはやれやれとため息をつきながら、ギャーギャーうるさい妖精の声から逃れるために耳を塞ぐ。
アルフのいう通り、ティズからティターニアを連想するのは至難の業であったといえよう。
なぜなら、スロウリーオールスターズ、永遠女王ティターニアは、オールスターズの中でも最も情け容赦ない【最恐】と恐れられた人物だからである。
行動、言動の何もかもが計算ずく、メイズイーターの選定者として、氷の様に人柱を見繕い、何食わぬ顔で生贄へと導く氷の女王。
決して倒れることは許さず、どれだけの致命傷を受けても傷を癒やし絶対に立ち止まらせることなく最短距離でメイズイーターをメイズマスターへと成長させる効率のみを追求する、容赦も情けもない孤独にして孤高の氷の女王。
そして、永遠と続くメイズイーターとメイズマスターの戦いを仕組む黒幕だった裏切り者。
それが、永遠女王ティターニアなのだが。
それが今や、キーキー騒ぐやかましい妖精と成り果てている。
身長も約10分の1、息を飲む様な可憐さも、突き刺さる様な視線の鋭さも、哀愁も、溢れ出る様な知性etc。
その全てが失われているのだ。
気づけという方が無理な話なのである。
(だからこそ変わり果てたティズに何一つ変わらないアプローチをするオベロンとポチ太郎は異常なのであるが)
だからこそ、ティズの混乱はより一層深まっているのではある。
「結局、私は何なのよ。私の記憶と今の私は何もかもが違う。私は、何かの間違いなの? いつか全部取り戻したら、私はティズじゃなくてティターニアに戻るの? 自分の子供を、人柱にしようとするクズ野郎に……私は変わっちゃうの?」
耳を塞ぐアルフに疑問をぶつけるティズ。
そんなこと誰にもわからないことぐらい、今のティズも分かってはいる。
だが、不安が、焦りが、ティズの中でぐるぐると渦巻いている。
もしかしたら、今の自分の人格も性格も、かつての妖精女王が仕組んだことで……自分はウィルを陥れるために作られた存在なのではないか。
だとしたら、これ以上ウィルと一緒にいる訳にはいかないのではないか。
そんな不安や、過去のティターニアへの怒りがティズをさらに混乱させるのであった。
「……んなこと、俺に聞いたってわかる訳ねーだろ」
慰めの言葉も、気の利いた言葉も思いつかず、アルフはそう正直にティズに言うと。
「……ごめん。そうよね」
ティズも不安を吐露できて少し落ち着いたのか、ぺたんと机に座ってチリガミで顔を拭く。
「落ち着いたか?」
「うん」
こくりと頷くティズ。
答えが出たわけではないが、話を聞いてもらえたと言うことが少しだけティズの心を軽くした。
しばらく気まずい沈黙が続き。
やがて、アルフは沈黙に耐えかねたのか、うーんと唸った口を開く。
「…….まぁ、難しく考えるのは苦手なんだけどよ。確かにお前はティターニアだったかもしれねえが、今は別人みたいなもんなんだ……記憶もなけりゃ、人格も見た目すら違う。記憶があるってだけで、それが自分のものだって実感すらない。だったら、お前がティターニアの罪まで背負う必要はねぇんじゃねえかな」
「……このままティズとして普通に過ごせばいいって言うの?」
「あぁ」
「ちょっと無責任じゃないかしら?」
「お前からそんな言葉が飛び出るとはな。 無責任なのは元からだろお前」
「失礼な……だけど、それすらもティターニア、昔の私が仕組んだ罠だったとしたら?」
大好きなウィルを、自分が取り返しのつかない破滅に導く存在なのだとしたら。
アルフの言葉にティズは不安げにそう問うが、アルフは屈託なく笑うと。
「逆に聞くが、お前のウィルは、お前なんかに負ける様なやつなのか?」
そう質問を返す。
「…………あり得ないわね」
その言葉に、ティズは首を振った。
永遠女王だった頃の記憶をのぞいて見ると。
確かにティターニアは計算高い。
だがそれでも、サリアを筆頭に、シオンやカルラ、ウィルといった化け物四重奏には遠く及ばないのは、ティターニアの記憶とティズの記憶を見比べてみても明白であった。
「なら話は簡単だ。罠だろうが策謀だろうが、真っ向からぶつかってぶっ壊しちまえばいい。ウィルのやつは、メイズマスターの運命に抗う覚悟ができてるってのに、相棒のお前が尻込みしててどうすんだよ」
「なによ、アルフのくせにいいこと言うじゃない」
「一言余計だアホ妖精」
ふんとお互い鼻を鳴らすと、ティズは頬を叩いて立ち上がる。
「そうよね。私は私よ。あんな氷みたいな根暗女に負けてたまるもんですか!!」
ふよふよと飛び上がり、やかましくキーキーとまた騒ぎ始める氷の女王とは似ても似つかないウィルの相棒。
そんな様子にアルフはホッとした様に微笑み、顎鬚を撫でると。
「ウッホホホ、話は終わりましたかな?」
アルフの家の扉を開けて、イエティが入ってくる。
「イエティ?」
「何よ? 盗み聞きなんて趣味悪いわよ」
「うほほ、それは申し訳ない。ただ、少しばかり急ぎの要件でして、ロバートからの緊急招集です」
「緊急招集?」
イエティの言葉に、アルフとティズは同時に首を傾げたのであった。