番外編.冒険者の女子会
「ではではー! 本日の大大大勝利を祝しましてーー! カンパーーイ」
絞めて36度目の乾杯の音頭をティズはとり、私はシオンと共にグラスを鳴らし、幻のお酒~大蛇狂い~を一気に飲み干す。
「っぷあーはー! やっぱりお腹にずしんと来るわねこれは!」
「おいし~!」
「見かけは完全に幼女のそれだが、随分といけるのだなシオン」
「幼女って……これでも218歳なんだからね!」
「なっ……年上……」
馬鹿な、見た目完全に14歳ぐらいにしか見えないというのに……。
「あんた人間じゃなかったの?」
「私の一族は普通の人間よりも長寿な種族なんだ」
「長年生きてきたが、やはり聞いたことがないな、人間のような見た目で長寿の種族なんて」
「外界との接触を避けて暮らしている種族だからね」
「で、アンタはそのはみ出し者と」
「うんうん、そんな感じ! 問題児で里から追い出されちゃったの。 大変だったよ~、弱い頃はヴェリウス高原の村で生活をしてたんだけど、何度も死にかけたよ~」
「ヴェリウス高原といえばウオーターリッカーか……確かに炎魔法だけでは辛いものがあるな」
「そうなの、あいつら皮膚の粘液が炎耐性高めてて、なかなか焼けてくれないし、沼地が多いからどこにもそこにもいるから、戦ってる最中に他の巣に飛び込んじゃうなんてことも何度もあったよ。 そのくせ数が多いからお金にならなくて……本当に嫌いだった」
「何でそんなアンタの天敵みたいなのがいる所で生活してたのよ」
「炎魔法しか使えなかった私に他の魔法を教えてくれていた先生がいたからね。 魔法の力は弱かったんだけど、使える魔法の数はとにかくすごい人だったから、弟子兼ボディーガードってことで雇ってもらってたの」
「良くもまぁそんな問題児を面倒見てくれる人がいたものね」
「本当にねー。 あー懐かしいなぁ、あそこ、バーンスネイルが村に時々来て民家とか納屋に火をつけるんだけど私のせいにされたりとかして大変だったなー」
「あー、あれは面倒よねぇ……爆発するまで普通のナメクジと見分けが付かないんだもん」
「ほんとほんと……つるし上げられて百叩きにされる直前に他の民家で火事が起きて疑いが晴れたけど、あの時は本当にやばかったー」
嬉々として語ることではないとは思うが、楽しそうにシオンは空になったグラスになみなみと大蛇狂いを注いでいく。
ペースが速い。
「そういえば、出自といえば仲間になる前から気になってたんだけど、二人とウイル君ってどういう関係なの? 恋人?」
「こっ!?」
「いいえ、私はマスターの高潔さに惚れ込み、従者となったのだ」
「へー! ウイル君かっこいいもんね、私も好きになっちゃうかも!」
「かっ!? いいシオン! ウイルに手を出したら私の百八の奥義が貴方を襲うことになるんだからね! ウイルは私の物なんだから!」
明るいシオンの言葉にマスターの高潔さを理解する人間が増えたことに私は喜ばしく思うが、なぜだろうか、シオンがマスターのことを好きになると言ったとき、胸が針で刺されたかのようにちくりと痛んだ。
「サリア、アンタもチョーっとばかし胸がでかいからってウイルのこと誘惑しちゃダメなんだからね! あのエロウイルは目を離すとすぐおっぱいしか見なくなるんだから! 特にクリハバタイ商店のリリムって女があざとくて……むきーー!」
負けじとティズもシオンに続き大蛇狂いを飲み干し、新しくグラスに注ぎ始める。
当然のことお酒のグラスは妖精用ではなく人間用のものであり、自分の体よりも大きなグラスを持ち上げてぐびぐびと飲み干している姿には少しばかり驚くものがある。
前々から思っていたが、一体どこにあのお酒は消えているのだろうか……。
「ウイル君はエッチなんだね」
「年頃の男の子ならしょうがないじゃないか……女っ気のないところで育ち、いままで冒険してきたのだから」
「くぉらぁ!さらっと私を女性の分類から外すなぁ!」
「女の子ってところは認められるけど、流石に体のサイズ的にも難しくないティズちん? それにクリハバタイ商店のリリムさんって求婚者が絶えない看板娘だよ? ウイル君だってそりゃ目を奪われちゃうよ~」
「うううぅぅ……」
ずばずばと的確な発言をしてくるシオンに対し、ティズは恐らく自覚はあったのだろう、言い返せずにいじめられた子どものような態度を取り始める……。
天然とは恐ろしい……私があの立場だったら三日は寝込むぞ、多分。
「やっぱり、ウイルは私のことなんてなんとも思ってないのかなぁ……」
しょげたティズはこの世の終わりのような表情をしてへなへなと机の上に不時着をしていじけ始める。
「というよりも、ウイル君はティズチンのこと女の子って言うよりも家族って感じで見てるよね? ね、サリアちゃん」
「え、ああまぁ……確かに恋人といわれれば首かしげ物なのは確かだが……二人の信頼関係はもはや友達とか仲間とかそういう関係からは一線を画していると思うな……うらやましいが、マスターは私とはティズのように声を荒げたりあからさまなため息とかをついてくれないからな……」
あれ?私何いってるんだ?
「家族……それってつまり私を」
「出来の悪い妹って思ってるのかも」
「くおらああ!? 百歩譲って妹は良くても出来の悪い必要ないだろ! とび膝蹴りをクラエエ!」
「きゃあー!」
楽しそうに笑いながら飛び跳ねるシオンとティズは、強い酒を速いペースで飲んだせいか酔いが回ってきているのか、シオンは千鳥足で、ティズはフラフラと本物の蝶のように不安定に飛びながら部屋の中を走り回る。
仲間とのほほえましい光景に、私はもう一度大蛇狂いをグラスに注ぐが。
「おや?」
気が付けば大蛇狂いはなくなっていた。
おかしいな、いくらペースが速かったって言ったって、ティズもシオンもまだ二杯ずつしか飲んでいないはずだ……それがないとはどういうことだろう。
まぁいいか。
そう思いながら、私はティズが用意した新しいお酒の栓を抜いてグラスに注ぐ。
「きゃはははは!? ぎぶぎぶ! ティズチンギブー!」
わき腹をくすぐられ、シオンは床の上を転がりながら文字通り笑い転げている。
ほほえましい光景はとてもよいのだが、マスターは近所迷惑も気にしていた……。
これ以上騒ぐのは不味いだろうと私は心の中で二人を止めることを決意し、立ち上がろうとし。
「あれ?」
世界が一瞬反転をして、その場に倒れる。
「わっと!? ちょっと何やってんのよサリア!」
「すっごいこけ方したけど痛くない?」
「あれ、ああいや」
足に力が入らず、視界から入る映像もなぜだか歪んでいるような錯覚を覚える。
これは、おかしいな、まだそんなに飲んでいないはずなのに私は今酔っ払ってしまっている。
「そんなにいっぺんに飲むからよ、そのお酒強いのに……さっきからジュースみたいにばかばか飲んで、十杯目くらいじゃない」
「え?」
「ほらほら、酒は飲んでも飲まれるなーだよ」
「あ、すみゃない」
騒がしいのをとめるという当初の目的を達成した私であったが、シオンに助け起こされてようやく椅子に腰掛けることが出来た。
私は気付かないうちにお酒を何杯も一気飲みしていたらしい……。
楽しかったからだろうか? いやでも……昨日はこんなことにはならなかったのに。
「昨日はそんな気配なかったけど、アンタも随分と節操なしにお酒飲むのねぇ、さてはウイルの前では猫かぶってたってわけね……」
「い、いや……そういうわけでは」
動揺して慌てて弁明をしようとする私であったが、ティズは分かっているというような達観をした表情をして私の肩を叩く。
「いいのいいの! ウイルはああ見えてうるさいからね! 疲れて寝ちゃってる今がチャンスってものよ! っと言うわけでゲームするわよ!」
「いよっ! ティズチンまってました!」
「実は今までにゲーム!!」
「実は今までに?」
「説明しよー! 実は今までにゲームとは、一人がまず自分が今まで体験した、他の誰も体験したことのないような過去を暴露し、それを体験したことがなければ他の子達はそのお酒を飲み干しまーす!最後の一人が残るまで飲み続けて潰れたら負けー! 優勝者はウイル君と添い寝の権利が与えられまーす!」
マスターと添い寝……。 確かにそれならばティズ以外の人間はマスターに手を出すことはないから、落ち込んだティズをマスターの布団にもぐりこませるいい口実になる。
マスターには私達が飲み会の罰ゲームだといえばいいから……ティズも私達も気持ちよく今日の飲み会を終えることが出来る……。
考えたなシオン。
そう素直にシオンに賞賛の言葉を心の中で送るが、なぜか私は脳裏にマスターと一緒に寝ている自分の姿を想像してしまう。
何を考えているのだ私は違うだろう。
「ちょっ!? 何言ってるのよ」
「えー? いいでしょ盛り上がるし、さっ始めるよ! じゃあ最初はサリアちゃんから!
実は今までに!?」
「え、えと……いしのなかにいたことがある」
即座に二人がアルコール度数32パーセントの酒をグラスで一気飲みをする。
「いるわけないでしょそんなレアケース!? 全力で勝ちに来てんじゃないわよ筋肉エルフ! やっぱりウイルのこと狙ってやがるのね!?」
「あ、いや、これしか思い浮かばなかったというか……個人的にも衝撃的事件だったわけで」
「やるねぇサリアちゃん、私なんだか燃えてきたよ! 実は今までに! 起きたら寝ぼけて家丸ごと吹き飛ばしちゃったことがある」
私とティズは一斉にお酒を飲み干す。
どうやらシオンも本気で勝ちに来ているようだ。
「危なっかしいにも程があるわよ!? ってか今日アンタ外で寝ろ! 家まで吹き飛ばされたらたまったもんじゃないわ!」
「大丈夫大丈夫! 流石の私も反省して寝る前はサイレスの呪文を自分にかけて眠るようにしてるから」
「寝てる途中に効果が切れたら意味無いじゃないの!?」
「まあまあ、次はティズチンの番だよ」
「む、そうね……実は今までに……妖精王のケツを蹴っ飛ばしたことがある!」
今度も一斉に酒を飲み干す。
「妖精王って、妖精王オベロンのことだよね? あんな偉い人のおしり蹴っ飛ばしてよく五体満足でいられるねティズチン」
「私のケツ触ってきたから半殺しにしてやったまでよ、勿論尾てい骨骨折で二ヶ月は足腰経たなくしてやったわ!」
「一応妖精界では需要はありゅんだねぇ?」
「あんたいい加減しばき倒しゅわよ」
流石にアルコールが強いものを一斉に飲みすぎたのか、全員頭がふらついてしまっている。
恐らく私も含め、ここにいる全員自らのキャパシティーをオーバーしているのだろうが……
「一周目は互角といった所ね、第二周目始めりゅわよ! サリア! こうなったら意地でもウイルと一緒に添い寝してやるんだからー!」
「まっけないぞー!」
ティズやシオンのように、二人とも闘志が燃え上がってしまっているようだ。
「どうやら、長い夜になりそうだな」
私はそう呟き、新しいお題を発表した。
 




