サリアの嫉妬
「それじゃあ私は、リリムっちとお約束があるからー」
そう言って、炎上させるだけ炎上させてシオンは荷物を置くと、再びリルガルムの町へと繰り出していく。
散々場を炎上させておいてさっさと走り去っていく様は、さすがシオンと言わざるを得ないマイペースぶりであり、取り残された僕とサリアは顔を見合わせてため息を漏らす。
「まったく、本当にシオンは奔放というか何というか」
「まぁ、塞ぎ込んでるよりかはマシだよ」
「そうやって。マスターもマスターですよ。なんだかんだ、シオンとカルラには甘いんですから」
「いや、まぁ。そう言われると弱いなぁ」
確かに、なまじ深く過去を知ってしまったせいか、あの二人には特別に優しくしてしまっている自覚はあった。
二人とも、本来なら僕なんかよりも遥かに強い筈なのだが、どうしても守ってあげなきゃという思いになってしまうのだ。
「このまま、ハーレムでも作るおつもりですか?確かに,マスターなら簡単でしょうけれども」
「いやいや!? 流石にそんなもの作らないよ」
「そうでしょうか? マスター、結構えっちですし。本当は作りたいなってどこかで思ってるんじゃないですか」
ぎく。
「い、いや。 そんなまさか、あははは、そんなの、興味すらないって」
「ふーーーーーーーん? 本当に?」
ジトっとした目でこちらを見るサリア。
心の奥底でも見透かされているかの様なその瞳に、僕はダラダラと冷や汗を垂らして。
「あ、あははは」
なんて乾いた笑いを漏らすしかない。
やがて、サリアは僕の反応に呆れた様にため息を漏らすと。
「どうやら、ティズがあなたの周りで騒いでいたのは、マスターの毒牙にかかる女性を守るためだったのでしょうね。ティズがいなければ今頃、メイズイーターではなくて、レディイーターと呼ばれていたことでしょう。記憶を失ってなお、子の暴挙を食い止めようとしていたと思うと、母親というものは偉大なのですね」
僕がティズの母親だったということは、どうやら早くもサリアの耳に届いていたらしく、ちくりとサリアの言葉が刺さる。
「他人聞きの悪い名前だなぁ。流石に僕だってそんな見境がないわけじゃ」
「でも、カルラとリリムにプロポーズされたらOKしますよね?」
「…………」
否定できなかった。
なまじ、二人から向けられている行為が友人としてではなく異性としてということに気づき始めている今だからこそ。
本気で迫られたら断れる自信がなかった。
それぐらい僕も、一緒に過ごすうちにリリムとカルラを家族として認識してしまっているということなのだが。
「すけべ大魔王」
「うぐ、っ!?」
当然、女性からしたらそれは三股を肯定している様なダメ男でしかなく。
突き放す様につぶやかれた言葉に僕は素直に落胆をする。
「はぁ。できることならティズにはお目付役としての役割を続けていただきたい所ですね。放っておけばマスター、幾人もの女を泣かすことになるでしょうからね……」
節操なし、と言われれば反論のしようもなく、なじる様なサリアの言葉に刺され続け、僕はハリネズミの様になる。
「気をつけます」
しゅんと、落ち込みながら僕は反省をする。
反省の色が見て取れたからだろうか、サリアはそれ以上は問い詰める様なことはせず、代わりに一つため息をついてあたりをキョロキョロと見回す。
「そう言えば、ティズはどうしたのですか? こういう話になったらどこにいようと駆けつけて騒ぎ始めると思うのですが」
「あ、あぁうん。ティズね。ティズはしばらくアルフのところで世話になるって」
「アルフの? 良いのですか? せっかくの母子の再会だというのに」
「まぁ、記憶が戻ったとはいえ、お母さんの記憶は僕にはないし、何よりティズも実感が湧かないみたいで混乱してるみたいなんだ」
「なるほど、他人の記憶を覗き見てる様な感覚、という感じですか。私も以前覚えがあります」
「だからいきなり母親なんて言われても、どうしたら良いか分からないみたいだし、それに」
「それに?」
「実は、酒場で酔い潰れて噴水になったり。乗せられてストリップショーを開きかけた妖精が自分の母親でした……て言われた僕の方も、ちょっと受け入れるのには時間が必要で」
「あぁ……割と碌なことしてませんものね、彼女」
気の毒そうにサリアはそう言った。
その優しさが痛かった。
「と言うわけで心の整理が出来るまでは、こうして距離を置くことにしたんだよ」
「それは、懸命な判断でしょうね」
サリアは複雑そうな表情を浮かべ、短く言葉を切る。
しばらく、気まずい空気が流れた。
サリアは先ほどなじった手前、バツが悪そうになんて声をかければ良いのだろうと困った様な表情を浮かべ、僕も僕で何か他の話題はないかと頭を悩ませる。
さっきは奔放さに呆れてしまったものの、こうなると頭に浮かんだことがぽんぽんと口から飛び出てくるシオンが恋しい。
いっそのこと、何か事件でも起こってくれれば良いのに。
なんて、余計なことを僕は考えると。
「たたたたたた、大変ですー!!大変です!!ウィルくん!! おお、オベロンさんが死にましたーー!!」
まるで計ったかの様に僕の影から飛び出してきたカルラが、そんな大事件を報告してくるのであった。