カミングアウト
その後、戦場に唯一残された兵士であるティズが鼻歌まじりに王城のクリスタルを破壊し、フェアリーゲームは幕を閉じた。
スロウリーオールスターズとその仲間たちはルーシーも、アルフも、イエティも伝説以上の強さであり、シオンもカルラもサリアでさえも、負けてもおかしくなかったと口々に語った。
しかし、蓋を開けてみれば結局僕たちのパーティーは誰一人かけることなく、リューキたちに至っては神との戦いにおいてもほぼ無傷の状態で勝利を収めたらしく、世界はフェアリーゲームの結果を魔王フォースオブウィルの大勝利として大々的に報じた。
それだけで無く、新たな伝説の誕生なんて大袈裟な文言を言い訳に、オベロンをおだて倒して、リルガルム全土で三日三晩飲めや歌えの大騒ぎを繰り広げたのであった。
もちろん、僕たちも含めて。
「ではではではではーーー 我ら魔王軍の勝利とー私の素敵な旦那様の完ッ全勝利をお祝いしましてーー! 乾杯だよーー!」
上機嫌にジョッキを振り回しシオンは嬉しそうにエンキドゥの酒場に花火の様な七色の火花を散らす。
「「「「かんぱーい!」」」」
そんなシオンの音頭に僕たちはもはや何度目になるかわからない乾杯をし、互いにエールや蜂蜜酒といった思い思いの酒に舌鼓をうつ。
「そんで持ってやろう共!! オベロンのワールドスキルにも乾杯だああああーー!」
「「「「うおーーー!!!」」」」
今度はシオンに負けじと声を張り上げたトチノキに続く様に、冒険者たちは声をあげてあびる様に酒を飲む。
オベロンのワールドスキルにより、本日は3日目の日曜日。
酒樽の酒は飲んでも減ることはなく、いくら飲んでも二日酔いになどならず、食べ物が無限に湧き出しては、空からはキャンディの雨が夕立の様に思い出した様に降ってくる。
祭りは終わる気配が無く、誰もがフェアリーゲームの感想を語り合いながら、オベロンの作った泡沫の夢に酔いしれる。
そんな光景に満足げに頷きながら、オベロンもまた僕たちの輪の中で一緒にジョッキを打ち鳴らしていた。
「んんんーーー!!!良い!! 実に良い祭りであった!!! 久方ぶりの血湧き肉踊る戦いに、想像すら及ばぬほど可憐な魔術に武警の乱舞!! 早々に敗退したのは業腹であるが、観客としてコレほど楽しめたフェアリーゲームは初めてだ!! ふははははは!! さぁ飲め勝者よ! 此度の礼、一週間の日曜日にあたいする!! ぬぁはははははは!!!」
「そのセリフ、いい加減聞き飽きたってのよオベロンこのやろー!! ってか、なんであんたがここで私たちと一緒に宴会楽しんでんのよ!!? 私が目当てだってんなら、いい加減見苦しいわよこの敗北者!」
「ふはははは!! 容赦のない言葉の暴力に余、心に致命傷!!! だが安心しろティターニアよ! 余は確かに愛に生きる自由なる妖精王! しかしながら、ゲームの結果は絶対だ!敗北した以上潔く其方を妻に迎えるのはスッパリ諦めた! 一週間やけ酒に飲んだくれれば踏ん切りがつくと言うものよ!」
「それ、僕たちへのご褒美っていうより自分のための日曜日だね……」
「細かいことは気にするな!! 一挙両得と言うことだ!」
「いやまぁ、良いんだけど」
「そうだよそうだよーー! こうしてウィル君とー、夫婦水入らずで一緒にお酒が飲めて私幸せー! みんなも仲良くしてくれるしー! 日曜日サイコー!」
シオンはニコニコしながら僕に腕を絡めて甘えてくる。
フェアリーゲーム中、町中に魔族としての姿を晒したらしいシオンだったが、やはり街の人々の反応は気になっていたらしくフェアリーゲーム後もしばらくは僕のそばを離れようとしなかった。
しかし、もともと誰にでも門戸を開くリルガルムという街に加え、フォースオブウィルの花嫁という立場もあり、シオンに対する街の人々の態度が変わることはなく、ようやくそのことに気がつき始めたシオンは、怖いもの知らずの言ったように上機嫌で僕に甘えてくる。
「あー!!ず、ずるいですシオンさん! わ、私だってすごい頑張ったんですよ! ウ、ウイルくん!褒めてください!!」
そんなシオンに負けじと、カルラは反対側の腕を取る。
ふわりと柔らかい二つのものが、腕越しに揺れるのが伝わる。
「!!! う、うん! わ、分かってるって! わかってるから二人ともくっつかないで貰えると、その、む,胸が当たってるからさ」
「「当ててるんですー」」
悪戯っぽくシオンとカルラは微笑みながら、しめしあわせたかの様に二人して僕の頬を舐める。
「!!!!ちょ!? か、からかわないでよ、まったく!!」
いつもならこういう悪戯をサリアがやんわりと嗜めてくれるのであるが、今日は親も同然であるルーシーと二人きりで話がしたいとのことで不在であり、それを好機とばかりにシオンとカルラは酔いに任せて小悪魔の様に僕に甘えている。
「あはははー、ウィル君顔真っ赤―」
「もーー!!」
揶揄う様に笑うシオンに僕はため息を漏らしつつ、ふとそんな様子を呆れた様に眺めながらさくらんぼを頬張るティズに視線が向く。
そういえば、なんだかフェアリーゲーム以降、ティズの嫉妬を見ていない気がする。
いつもなら、二人がこんなことをしていようものならあたりを飛び回りながらドロップキックやら頭突きやらをかましてくるはずだというのに。
調子でも悪いのだろうか?
「なんか、最近大人しいねティズ」
「え、あ、あぁ、そうよね。そりゃまぁそうなるわよね……」
「?? どうしたの? 二人がこんなことしてたらいつもなら大騒ぎして怒るのに……具合でも悪いの?」
僕の質問に、ティズは一瞬複雑そうな表情をしてしばらく考える様なそぶりを見せると。
「具合は悪くないわよ。ただ、孫の顔はこの分だと早く見れそうだなって思ってただけよ」
近づこうとするオベロンを足蹴にしながら、ティズはしゃくしゃくとさくらんぼを齧る。
「孫って……急にどうしたのさ、そんな老け込んでまるでお母さんみたいな……」
「………………お母さんだったのよ」
「は?」
一瞬、僕は聞き間違いだと思って首を傾げるが。
ティズは観念した様に大きくため息をつくと。
「フェアリーハートが戻ったからだと思うけど、私自分のこと少し思い出したのよ……まだ実感は湧かないんだけど、記憶によるとどうやら私、あんたの母親っぽいのよね」
「「「ゑ?」」」
そんな爆弾発言に、僕はその日一日の記憶が真っ白に染まる。
ただ唯一覚えているのは、ティズの言葉の直後に。
「ちょっとその情報、余、受け止めきれない」
そう言ってオベロンが白目を向いてて倒れた光景だけだった。




