運命を打ち破るもの
「運、だと?」
ウィルの言葉に英雄王は表情を歪める。
確かに、迷宮の罠は僅かな確率で起動をしないことがある。
だが、当然その確率など0.1%以下。
その僅かな確率を、この少年は確実に引き当てられる自信を持っている。
その異常性にロバートは驚愕しながらも、同時にこの空間の攻略は手詰まりとなったことに焦りを覚える。
技やカラクリがあれば打ち破ることが出来るが、運次第と言われてしまえばロバートに打つ手はない。
剣技、武術にとって足運びは最重要と言っても過言ではない。
重心の位置、ヒット時における最適の距離感、効率良い力の伝達を成すための姿勢。
その全てを調整するのが下半身の足捌きであり、一歩も動く事ができず、軸足を貫かれ踏ん張りが効かないと言うこの状況において、ロバートは実力の半分程度も出す事ができない。
「実力ではまだ届きませんが! 迷宮の中なら、僕の方が上です!」
身動きを完全に封じられたロバートに、ウィルは連撃を叩きつける。
「小癪な!?」
未熟で荒削りな部分が目立つものの、その打ち込みは激烈。
いかにロバートであっても、勢いのあるこの剣戟を足元を封じられた状態でいなし続けることは容易ではなく、次第にロバートは防ぎきれなかった斬撃により頬に肩に足に、僅かだが赤い雫が垂れ始める。
「このまま!! 行かせてもらいます!!」
微かだが、しかし確実に刃が届くようになったウィルは、一気にかたをつけようと突進する。
迎撃するロバートの攻撃を回避し、横薙ぎの一閃を叩きつけると、ロバートの防御は間に合わず脇腹が切り裂かれる。
「っぬうううぅ!!?」
雫ではなく、ボタボタと流れる赤い血を手で押さえると、ねっとりとした感触と共に、とうとうロバートの脳裏に敗北の二文字がチラつく。
「止めだ!!! 【ドラゴンブレス!!】」
ウィルは迷宮の壁で作った剣を放ると、エンシェントドラゴンの持つ、魂さえも焼き尽くす業火を放つ。
一直線に走る炎の嵐。
「舐めるな!! この程度の炎、断ち切れぬと思うなよ!!」
触れただけでも消し炭になる熱量の嵐を、ロバートは咄嗟にエクスカリバーで断ち切るが。
「わかってます。でも、コレならどうですか!!」
「しまっ!!!」
竜の炎を目眩しに、ウィルはロバートの元へと一気に踏み込んでいた。
突き立てるように構えられたホークウインドの切先がロバートへと走る。
(っ!? つまされる!?)
足を後ろに引けば、かろうじて躱せるであろうその攻撃。
これがまだ、串刺し床の罠にてすでに機能を失いかけている
左足であれば戦闘続行は可能であっただろう。
しかし、攻撃の形、狙っている場所からこの攻撃は右足を引かなければ回避は不可能。
回避をした瞬間、ロバートは迷宮の罠により両足を削がれる運命が待っている。
このまま潔く敗北するか、悪あがきをして足を失うか。
その二つの選択肢にロバートは諦めにも近い感情を浮かべるが。
────全部諦めてしまったことだ。
ここに来て、ロバートの胸の内に少年の言葉が突き刺さる。
動揺を誘うための言動だったのかもしれない。
しかし間違いなくその言葉は真実であり、今まさに自分は同じことを繰り返そうとしていることに気がつく。
(まだ、可能性はある!)
心に火が灯る。
背後に控える迷宮の罠。
少年は幸運により不発の運命を引き当て続けていると言った。
ならば、自分もその運命を手繰り寄せる事だって出来るはずだ。
おそらく可能性は限りなくゼロに近い。
だが、ゼロではない。
「!!」
「俺は…….もう、諦めない!!!!!」
一瞬……時間にして僅か1秒足らずの時間であったが、ロバートは本当の意味で全盛期の輝きを取り戻す。
それは狂王ではなく、誰もが憧れ英雄と呼んだ希望に満ち溢れた運命を切り開く戦士。
英雄王ロバートの再臨に、運命はひれ伏すようにロバートに勝利を手繰り寄せる。
「罠が!!?」
カチリ、と言う音が王場内に響くも、迷宮の罠は発動しなかった。
「勝機!!!!」
ロバートは体を捻ってウィルのホークウィンドの一つを躱す。
「そんな!? この土壇場で!!?」
運命の女神などがいるとしたら、それは間違いなくその時だけウィルではなくロバートに肩入れをしたのだろう。
「幸運もどうやら尽きたようだな、これで、俺の勝ちだ!!」
そう叫びながらも、ロバートは全霊の一撃をウィルへと叩き込む。
ここを逃せばおそらく勝機は消える。
だからこそ油断も驕りもなく……ロバートは相手を格上と定めて聖剣の一撃を叩き込む。
しかし。
「まさかここまでやる羽目になるとは思いませんでした。ロバート王、あなたは間違いなく僕たちが憧れた英雄王ですよ。でも、いや、あなたが英雄でいてくれたからこそ......勝利は僕のものです!!」
かち
と小さな音が響く。
それは刺突が空を切った少年が、迷宮の罠を踏んだ音。
本来ならば、罠は発動をしない筈。
だと言うのに、瞬時に少年の姿は消え、聖剣の一撃は空を切る。
「なっ!?」
罠が発動した。
姿が消えたことから、おそらくテレポーターの罠であろうとロバートは判断をし。
同時に第六感が警鐘を鳴らし、即座に自分の頭上を見る。
【テレポーター!!】
そこには、剣を突き立てるように落下をする少年の姿。
まるで最初からそうなる事がわかっていたように、真っ直ぐに剣を突き立てにくる少年の姿に。
「この、大嘘つきが……」
ロバートは自らがこの少年の掌の上で転がされ続けていたことを悟る。
迷宮の罠が発動しないのは運がいいからと言うのは大嘘。
本当はメイズイーターレベル4の能力により、ウィルは罠を自由に発動させるか否かを決められるのである。
「嘘はついてないですよ。制御方法を知れたのは本当にたまたま、運が良かっただけですから」
質問の答えに嘘はない、だからこそ始祖の目はその事実を看破できなかった。
「!?小癪な!!! 【鬼神……】」
「遅い!!!」
無理な体勢で放たれた斬撃を、ウィルは右手を差し出し弾く。
「!?白銀真珠……」
大袈裟な音を立て、聖剣の一撃は弾き飛ばされる。
白銀真珠の小手、パリィに特化した美しきその盾は、かつての盟友が保有した美しくも強靭な盾。
一体何度この盾に剣を弾かれたのか......。
その音に、感覚に……ロバートの脳裏には走馬灯のようにスロウリーオールスターズと共に冒険を続けていた情景が思い浮かぶ。
アンドリュー、ティターニア、ゾーン、イエティ、アルフ、ロバート。
笑い合いながら、互いを高め合った日々。
取り戻したいと何度も願い続けた眩しすぎる思い出。
運命により奪われてしまった幸福な時間。
心のうちで、どこか諦めかけてしまっていた。
だがようやく、こうしてこの少年と戦って理解した。
クレイドルは、それが取り戻せるのだと伝えに来たのだ。
思えばこの戦い、運命は自分に味方をしていた。
主神の祝福に、迷宮の罠の不発。
終始幸運なのはこちらであり、目の前で剣を突き立てる若き英雄は、その理不尽な運命をその知恵と力で打ち破ったのである。
決して諦めることなどせずに。
「僕の、勝ちだ!!!」
ドスリと、ロバートの心臓にホークウィンドが突き立てられる。
文句のつけようのない完全勝利に、ロバートは屈託なく笑うしかない。
「完敗だよメイズイーター……全くクレイドルの奴め、お人好しにも程があろうに」
勝敗が決し、全盛期の姿を失っていくロバート。
しかし、その目に宿った輝きは失われることはなく、どこか満足そうに微笑んで、ロバートの魂は光となって迷宮の外へと弾き飛ばされた。