サリアの人生
激突する剣戟、二人を取り囲む世界はもはやフェアリーゲームのことなど忘れて、剣の極地に立つもののみが生きることを許される世界を作り上げる。
打ち合い、交わった剣戟は早くも二千を超える。
しかし、先ほどまでの血飛沫舞う戦いとは異なり、斬撃の嵐の中で二人の傷が増えることはなかった。
ルーシーの突きが放たれれば、全く同じタイミングで放たれたサリアの刃の切先がそれを食い止め。
サリアの朧狼による一閃がルーシーの剣を弾けば、ルーシーの剣は自らの首に迫る陽狼を弾く。
その様子はまるで写し鏡のよう。
互いに必殺の一撃を狙えば狙うほどお互いの剣戟は重なり、
今まで互いを傷つけあってきた拡散する刃すら、お互いの体に届かなくなっている。
全くの互角。
互いに奥の手を出してなお拮抗するその戦いは、ただの偶然か、はたまた剣士の限界点に二人がいるゆえか。
いずれにせよ、二人が奥の手を出した瞬間からこの戦いは、どちらが先に相手に有効打を与えるかではなく。
幾度もぶつかり合う刃の耐久度に委ねられるようになった。
(切れ味はほぼ互角、しかし……)
剣戟の中、サリアは思考する。
リリムが作り上げた妖刀、朧狼と陽狼
その切れ味は妖刀ムラマサを上回る切れ味と耐久性を誇る、疑いようのない二刀一対の大業物である。
相手が何者であろうとも、刃の質で劣ることなどあり得ない。
だが、それがルーシー相手となると話は変わってくる。
「どうやら、お前も気づいたようだな。サリア」
サリアによぎる不安を読み取るようにルーシーは呟く。
「っ!?」
「お前も忘れたわけではあるまい? 我が剣、童子切安綱の特性を」
童子切安綱。
村正をも遥かに古い歴史をもつ天下の名刀。
鬼を切り、病を切り、鉄の時代の終焉を超えた不滅の刃。
「忘れていません、よ!!」
怒声と共にサリアは正面から迫るルーシーの刃に全力の一撃を叩き込む。
────!!!!
金切音のような轟音と共に、朧狼は妖刀安綱へと喰らいつく。
ミシリ、と天下の名刀にヒビが入り、刃こぼれをする。
刀としての性能だけならば、リリムの腕は間違いなく安綱を上回る。
しかし。
「命を食らい、其は再び鬼を切る」
ルーシーの呪文と共に大地に撒かれた血の一雫が浮かび上がり、安綱へと吸い込まれる。
と、安綱の刀身に刻まれたヒビと刃こぼれが跡形もなく消える。
「厄介ですね、その修復能力は……」
血をリソースに刀身を修復する能力を持つ童子切安綱。
始め、ルーシーが大げさに血を撒き散らしたのはこのためであった。
「これだけの血があたりにあれば、いくらでも修復ができる。少なくとも、このフェアリーゲームの決着がつくまでは保つだろう」
サリアとの剣戟で撒き散らされた血は常人であれば失血死をするレベルの量。
大地を赤く染め上げた血の海。
童子切安綱はこの場により、間違いなく世界最高の一振りとして完成する。
対する朧狼と陽狼は、サリアの身体能力に対応するため、その強度を尋常ではない量のルーン魔術により鍛えられているおかげで、かの破壊不能の代名詞である不滅剣デュランダルもかくやと言わんばかりの強度を得ているものの。
その強度とサリアの力量ゆえに長期戦は想定されていないため、修復能力は一切備わっておらず。
ゆえに。
「っ……!!!?」
斬撃の交差が三千を超えたところで、朧狼の刀身が砕け散る。
「刀としての性能は、どうやらこちらの方が上だったようだな! サリア!!」
勝利を確信し、ルーシーは続く刃でサリアの陽狼を砕く。
「っぐっ!?」
武器を失ったサリア。
「止めだ!!」
最早なす術もない無防備な体に、ルーシーは止めの一撃を放つ。
だが、サリアは刀身の無くなった朧狼と陽狼を構えると。
「言ったはずですよ師匠。私の全てを剣で語ると。まだ私は、一番大切なことを伝えていない」
「!?」
そう呟き。
シオンと共に開発をした、魔法を詠唱をする。
【模倣は、やがて真に迫る】
短い詠唱。
しかしそれは鈴の音のように染み込むようにあたりに響き。
「!?」
【存在の模倣】
その手に朧狼を作り出す。
(構築物の模倣……一時的に魔力で本物に近しい武器を作り出したか。だが、その程度なら想定内!)
ルーシーは恐れることなく、サリアへの一撃を加速させる。
どうやって呪いを掻い潜って魔法を使っているのかは不明だが、サリアほどの魔力の持ち主であれば、魔法とはいえ本物と全く同じ力を持つ剣を生み出すことは確かに可能だろう。
しかし、それだけ精巧であれば当然要求される魔力は尋常ではなく、いかに無尽蔵に近いサリアの魔力を持ってしても、耐えず全身から魔力の残滓が溢れ出る出鱈目な魔法と同時に発動を続けるとなれば限界はすぐに訪れる。
現に蘇らせたのは朧狼のみ。
その場しのぎの急拵え、悪あがきでしかない。
勝負が決したと言うことに変わりはない。
……そうルーシーは判断した。
だが、それは間違えであった。
【そうしてその人は英雄となった】
刃がサリアへと届く刹那。
異なる詠唱は静かに、しかし確かな熱を持って紡がれる。
「しまっ!?」
作り上げられたのは白銀に輝く盾。
それが何なのか、ルーシーが見間違えることはない。
──それは、雪の中で死を待つサリアを救い、戦う強さを授けた最愛の父親が──
──それは、いしのなかで消滅するはずだったサリアを救い、本当の強さを教えてくれた最愛の人が──
彼女が心から敬愛し、憧れた二人の人が身につけた盾。
白銀真珠の小手。
それは彼女に人生をくれた父親への最大の感謝だった。
振るわれる太刀筋は幼少の頃から目に焼き付けた一撃。
サリアがその太刀筋、タイミングを間違えるわけもなく、ルーシーの剣は吸い込まれるように白銀真珠の小手に弾かれる。
「師匠……感謝します。力を、魔法を、そして人生を与えてくれて」
そう、溢れ出る思いをできるだけ短く言葉に乗せて、サリアは無防備になったルーシーに致命の一撃を放つ。
深々と心臓を貫いたサリアの朧狼。
勝負が決すると同時に、サリアのオーバードライブは解け、ルーシーは人間の姿に戻る。
剣戟の音は消え、静寂が辺りを支配する中。
ルーシーは敗北に大きく息を吐く。
「まさか教えても無い俺の十八番まで習得するとはな。剣は俺に並び、魔法も手に入れて、おまけに頭もいいときた。本当にお前は天才だな、サリア」
何もなかった少女は、その体一つと諦めない心だけで全てを手に入れた。
それが我が事のように嬉しくて、ルーシーはそんな言葉をつぶやく。
悔しさが入り混じり、少しばかり素直じゃ無い表現だったものの、サリアは静かに微笑む。
「ええ。貴方のおかげで、私はここまで来ることができました。心より感謝を……お父さん」
少しばかりこそばゆいが、サリアはずっと言えなかった呼び方でルーシーを呼び。
「親の心臓ぶち抜く娘かぁ。物騒極まりないがまぁ……うん。
悪く無いな」
照れ隠しの言葉を呟きながら、ルーシーは静かに瞳を閉じ緑色の光となってフェアリーゲームの舞台から退場した。