イエティVSウイル
「うっほ――!」
咆哮と共に、雪塵を巻き上げて迫るイエティ。
ダイアモンドダストに紛れて走る本物のダイアモンドの突進は、魔王の鎧を身に着けていてもなお恐怖を感じる。
ホイッパーの一撃は通じず、シオンの炎も届かない。
頼みの綱はメイズイーターの力ではあるが、かつてメイズマスターを追い詰めた伝説の英雄に、メイクが通じるとは思えない。
ゆえに。
「セット!」
迫るイエティに対し放つ、テレポーターによる強制転移、場外に飛ばしリタイアを狙った僕であった。
「うきゃきゃああー!」
イエティは罠の魔方陣を設置した大地を殴り。
地盤ごとひっくり返す。
「無茶苦茶だあのゴリラ!?」
砂かけ遊びのような気軽さで持ち上げた地盤……大きさにして僕たちの身長の十倍ほどの大きさにめくれ上がった大地は、雪崩のように僕たちへと降り注ぐ。
「二十八連! ファイアーボール!」
しかしその程度でやられる僕たちではなく、シオンは杖を振るい二十八個の火球を飛ばし、雪崩を破壊する。
だが。
「甘い甘い! バナナ一本食べ終わるよりも早く終わってしまいますよ! 伝説の騎士ィ!」
その破壊された雪崩の中を突き進んできたのか、ファイアボールにより消え去った雪崩の中からイエティの拳が僕の腹部へと走り突き刺さる。
「がっ!?」
魔王の鎧……歴史上最強の防御力を誇り、メルトウエイブにすら耐えきる魔族の王が来ていた鎧。
対し振るわれる暴力は魔力も何も込められていない腕力とスキルから繰り出された純粋な物理攻撃。
だというのに……気を失いそうになるほど重い。
「ウイル君!」
「おや、私の一撃を受けて形を保つとは……さすがは魔王! ですがこれで終わりです!」
殴り飛ばされ浮遊する感覚。
ここにきてようやく僕は殴り飛ばされ宙を舞っている状態なのであることに気が付き、同時に眼下にて拳を構えるイエティの姿をとらえる。
輪郭も朧げ、かすむ目であるが。
その拳は確実に僕の命を刈り取るということだけは理解できた。
「うおおおぉ!」
号砲と共に放たれる右腕。
「っ!? 【精密動作】 【蜘蛛の糸】!!」
その腕に僕は、腕から雲の糸を飛ばし、精密動作にてイエティの左足に引っ掛ける。
「なっ!?」
サリアの力をもってしても引きちぎれない強靭にしてしなやかな糸は、大地にしっかりと踏みしめられた足と腕をつなぐことにより、イエティの拳をぴたりと眼前で止め。
「とった!」
白銀真珠の小手にて、僕はイエティの拳をそのまま弾き飛ばす。
「パリィ!? うほっ」
甲高い音と同時に弾かれた腕は、心臓部をさらけ出し、僕は消滅の一撃をイエティへと叩き込む。
螺旋剣の一撃は届かなかった。 メイクはおそらく初動の遅さで回避が間に合ってしまう。
ならば、有効打になりえる最高火力を叩き込むしかない。
右手を伸ばし、僕はイエティの胸に手を当て、古代魔法を起動する。
【ドラゴンブレス!!】
「ぐおああああああああああああああ!?」
古代魔法ドラゴンブレス。 アイスエイジと対をなす、最大火力を誇る古の魔法。
いつもならば力を抑えて放つその一撃を、僕は遠慮なく全力でイエティへとぶちかます。
パリイによるクリティカルヒット。
手ごたえは確かであり、さすがのイエティも苦しむように嗚咽を漏らす。
だが。
「ぐううううぅ……やりますねぇ。 だがまだまだぬるい!」
「嘘だろ!?」
イエティはなおも立ち上がり、拳を一振りしてドラゴンブレスの残り火を薙ぎ払う。
確かに無傷ではなく、体には数か所の火傷のあとが見られるが。
それでも大したダメージではないことは、誰が見ても明らかだ。
「ウイル君の最高火力……ドラゴンブレスを受けても軽傷だなんて、一体どんな体の構造してるのー? ダイアモンドだったら燃えるはずなのに―」
驚くようにその顛末を見届けていたシオンはそう叫び、イエティは満足するようにポーズをとると、バナナを取り出しかじり始める。
「何、簡単な話です。 私はダイアモンド・イエティ。 私のスキルはダイアモンドに体を変えるわけではなく、体をダイアモンドの硬度に近いところまで変えることができるだけ。
少しばかり見た目がごつくなりますがこの全てすべて一つ一つが私の努力と日々のトレーニングの結晶! スキルなどというつまらないものと一緒にしないでいただきたい!」
怒声と共に膨れ上がる筋肉。
気が付けば丸太の倍ほどの大きさになった腕により蜘蛛の糸は引きちぎられてしまう。
だが。
「それなら、こいつならどうかしら―!」
背後から響き渡る轟音。
振り返ればそこには巨大な魔法陣を敷いたシオンが立っており、その髪を赤く染め上げて魔法を放つ。
【火力最大!! メルトウエーイブ!】
炎武により、詠唱がなくとも魔法を発動することが可能なシオンであるが、詠唱をあえてすることで火力を大幅に高めたのだろう。
フレンドリーファイアをなくしているために僕に攻撃は当たることがなかったが。
あたり一帯を包み込むようなドーム型ではない、一転に集中したピンポイントの核撃魔法が、一斉にイエティへと叩き込まれる。
「え、えげつないことするなぁ、シオン」
ダメ押しというにはあまりにも高すぎる火力に、僕は少しばかりの罪悪感を覚えつつシオンに対してそういうが。
「うおおほおおおおおお!」
その炎の中でもなお、伝説の英雄は咆哮を上げ立ち上がったのであった。