師弟対決
交わる飛ぶ斬撃。
放たれた風の刃はお互いに空中にて衝突をし霧散する。
ぴったり真ん中の位置で交わった刃は、速度も鋭さもまるで互角であることを表し。
「はああああぁ!」
「ぐるらああああ!」
咆哮に近しい声を上げながらサリアとルーシーは霧散した斬撃の中を走り抜かれた刃にて剣を振るいあう。
地に伏せるように下段から刃を振るうルーシーに対し、サリアは飛び掛かる様に上段から刃を振るう。
その剣閃はまるで剣舞のよう。
金色の髪をたなびかせ、青空を吸い込んだかのような衣服を揺らしながら、くるりくるりと回りながら、流線形を描くように放たれる黒色の剣閃に。
一歩また一歩と踏みしめるごとに地響きでも起こりそうなほど、まっすぐにきれいな直線を描いて放たれる白銀の剣閃。
異なる軌道を描きながらも、二人の舞の中心にてまるで花火のようにきらりきらりと火花が舞う。
その二人の打ち合いは一つの抽象画のように人々の心を奪い取る。
切り結び、弾き、つばぜり合い、また剣が交わる。
刃が交わるたび、振り方、撃ち合い方力加減により変わる名刀の調べは。
金床を叩くように鮮烈に……しかして残響はこと糸を弾いたかの如く繊細に王城裏手に響き渡る。
そんな打ち合いが数分休むことなく続いたころだろう。
「見えた!!」
ルーシーが袈裟に振り下ろした刃を躱し、サリアは横一文字にルーシーの首へと刃を走らせる。
だが。
「甘いぞサリア!」
その一線を、ルーシーは刃を放った直後の右腕で弾き飛ばす。
その腕にはめられた小手は白銀真珠の小手。
いかなる武器、いかなる魔術による保護の影響を受けることなく、武器をいなすことのできるパリィ専用の小手であり、それによりサリアの一撃は完全にはじかれる。
剣を持った腕が弾かれ、今度は自らが無防備をさらす。
だが。
「いいえ、見えたと言ったはずです!」
「っぶふぅ!?」
剣を構えなおしたルーシーの顔面に、鋼鉄のブーツによる上段蹴りが突き刺さる様に入り。
「続けて!」
さらに続くように蹴り上げられた左足により、ルーシーは天高く上空へ吹き飛ばされ、サリアは後方宙返りをして着地をする。
サマーソルトキックと呼ばれる足技。
当然のことながら剣術ではない。
「ぐっ……ふっ……相変わらず足癖の悪さが増してるなサリア」
顎を打ち抜かれたルーシーであったが、体勢を立て直して受け身をとると、あきれたように剣を構えなおし、サリアはその言葉に満足げに鼻を鳴らした。
「白刃取りにおいて最強の名を冠しているあなたに対し、真っ向から剣術で挑むなどそれこそ愚かというものです。かつてあなたが言ったはずですよ、力も体格も劣っているならば、技で上回れと! そのためのサマーソルトキックです!」
「技ってそういう意味で言ったんじゃねえよ!」
「ええ、ですが剣術バカの師匠には見切れないでしょう!」
ルーシーの怒声に呼応するように、サリアが放つ片手の平突き。
それをルーシーは体を逸らして回避をするが。
「ごふっ!」
のけぞった顔面に体を回転させて放たれたサリアの肘鉄が入る。
サリアの言葉の通り、剣術と武術が同時に襲い掛かるという状況はルーシーが今まで初めて体験をするものであり。
サリアがルーシーを超えるために研鑽を積んできたものの一つであることは間違いはない。
だが。
「ぬるい!!」
「!?」
剣の道一筋で生きてきたルーシーだからこそ、弟子の振るう武術は邪道に映る。
振るわれた刃は無数に斬撃を拡散し、サリアの柔肌を切り裂く。
「こんなことをさせるためにお前に剣を教えたわけじゃないぞサリア!」
怒りに近い一閃は、さらに鋭さを吊り上げサリアを急襲する。
小手先の技術ではない、本物の剣術を見せつけるように……道を踏み誤った弟子を戒めるようにルーシーは剣を叩きつけるようにサリアへと走らせるが。
「ご安心をルーシー……これはあなたを超えるための一つでしかありません」
サリアは口元を緩めると……その拡散された刃の中を跳ぶ。
「!?」
掻い潜るわけでも、防ぎながらでもない。
自らを切り裂く拡散された刃の中を、サリアは表情一つ変えずに突撃をし、最短距離でルーシーの懐まで潜り込む。
「!?」
しかし……剣聖が放つ刃であっても拡散されていては鍛え上げられたサリアの肉体に致命傷を負わせることは出来ない。
小手先などとんでもない。
サリアが武術を学んだ理由……それはエルフ族の弱点である肉体の弱さを克服するためであったのだ。
「いくら何でもやりすぎだろ……」
怒りに任せたため、大ぶりとなった一閃。
サリアはその隙を見逃すことなく、ルーシーの腹部にさらに刃を滑り込ませる。
どぷりと、赤い液体がルーシーから零れ落ちる。
「浅いか……」
「浅くないぞ。 どう見ても有効打だ、試合ならお前の勝ちだろう」
「ええ、ですがここは戦場。剣術とは常に一撃必殺をうたわなければなりません。仕留めきれなかったならば、それは浅い一撃と呼ばざるを得ない……あなたも同じ考えのはずですよ、ルーシー」
「口の減らない奴だ、だけどなサリ……」
悔しそうに舌打ちを漏らすサリアに対し、ルーシーはそんな弟子をたしなめるように口を開くが。
「疾っ!!
その隙を突き、続けざまにサリアは下段からの切り上げを放つが。
「ふむ、会話から隙を誘うのはうまくなったな……だが、まだ正直すぎる」
「!?」
しかし、ルーシーは、切っ先が返るより先にその刃の峰を左足で踏みつけ大地に沈ませる。
強大な肉体に、大柄な足は黒い刀身をへし折らんばかりに大地へとたたきつけるも。
その刃は、スライムに沈み込むかの如くするりと大地を切り深く深く沈む。
武器破壊ならず。 されど確実に朧狼は一時的に使用は不可能。
そう理解をしたのはサリアとルーシー、ともにほぼ同時であり。
サリアは朧狼から手を放し。ルーシーは腰に差してあった二本目の刃を抜き放ちサリアの首元へと走らせる。
「その首もらい受ける!」
一閃。
首元をかすめる刃がサリアの喉笛を裂き、一滴の鮮血が宙を舞う。
「っ!?」
「外した!?」
確信に近い一閃……ほぼ確実に首を撥ねたと。
しかしルーシーの予想を、サリアの反応速度を上回った。
「ここまでとは……」
成長は期待していた、そして予想していた。
だが、その成長過程も、成長速度もはるかにサリアは遥かに凌いでいた。
「まだまだですよ!」
ルーシーの言葉に呼応するように、サリアもまた腰よりもう一方の刀、【陽狼】を逆手で抜き放ち、ルーシーの顎めがけて刃を振り上げる。
【弧刀影裡!!】
ルーシーは息をのむ。
逆手による抜刀術。
鞘の中で刃を加速させ、抜き放たれた刃を放つ剣術が抜刀術であるならば。
弧刀影裡は抜き放たれながらも相手を両断する技術。
鞘から抜き放たれた時にはすでに斬撃は終わっており、リーチこそないが、近接での戦いにおいては文句なしの【最速】を誇る。
「まだまだやらせんよ!!」
だがそれでさえも、ルーシーは弾き飛ばす。
左腕による防御、白銀真珠の盾を振るい最速の抜刀術でさえも受け流すルーシー。
刃は盾に弾かれ、抜き終わるよりも先にサリアの小さな体は刃ごと殴り飛ばされる。
「ぐっ……」
「お白銀真珠の小手が一撃で破壊か……何という切れ味か」
吹き飛ばされたサリアであるが、パリイは成功はしなかった。
最速を誇る抜刀術を、ルーシーでさえも完全に見切ることは叶わず。
不完全な状態で放たれたパリイにより、サリアの斬撃は小手の耐久力を正面から削り切った。
もとより迷宮最下層付近の防具。 はじくことを想定しているとはいえ、決して耐久度が低いわけではない。
「いい刀だ……両方とも破壊するつもりで弾いたんだが、耐久度も切れ味も、刻まれているルーンもお前のことをよく考えて作られている……いい友達を持ったな、サリア」
それを一撃で破壊したサリアに、陽狼の刃の鋭さ。 その剣の出来栄えにルーシーは素直に称賛の言葉を贈り、サリアも誇らしげに胸を張る。
「えぇ、あなたの言っていた言葉を私はここにきてようやく理解できた。 ここには、守るべき人がいて、そして私を叱ってくれる人がいる。私のために涙を流し、私のために自らを犠牲にしようとする人もいた。この絆こそ本当の強さ……彼らのためなら、私はどんな敵をも乗り越えられる!」
陽狼を構え、大地に埋まった朧狼を引き抜き、サリアは刃の鋭さを吊り上げる。
「では、奥義をもってその力を示して見せよ……」
それに対し、ルーシーは同じ構えをとる。
サリアとルーシーが操る流派不知火流。
かつて村正を持ったカルラを破り、魔獣レヴィアタンを切ったサリアの持つ二刀の奥義。
そして、ルーシーが無限頑強のアルフレッドを両断した奥義でもある。
「「黒龍葬送奥義」」
同時に唱えられた言の葉、同時に構えられた刃がゆらりと揺れる。
互いに放つ二つの斬撃……うねりを上げて敵を穿つ計四つの刃は龍の首を切り落とす葬送の調べ。
【【双爪迫撃!】】
ぶつかり合う衝撃は、草原の草を一斉に切り裂き。
サリアとルーシー……互いに右手に持った刃が同じように、互いの左肩へと深く深く食らいついたのであった。