36.王国騎士団長レオンハルト
帰り道。
「それにしてもすっごい格好よねぇ」
僕達は教会から冒険者の道へと続く道をのんびりと歩いて帰ることになり、ゾンビや喧騒が無くなり、歩くたびに装備した魔王の鎧がこすれる音のみが町と教会の間にある草原風景に響き渡る。
「ええ、とても凛々しく、マスターにこそふさわしい格好だと思います」
「かっこいー!」
さて、どうして僕が魔王の鎧を装備しているかについてだが、その答えは装備重量がオーバーしてしまったからである。
というのも、酒場から直接この依頼を受け、サリアにいたっては服を着替える時間も無かったほど急いでこの現場に急行をしたため、当然のことながらトーマスの大袋やアイテムは家に置いたままになっている。 冒険者達の装備等は全てシオンが焼き尽くし、溶かしつくしてしまったので持ち帰るものはない。
そしてマリオネッターの素材程度ならば手持ちの袋で十分持ち歩けたのだが。 追加報酬であるこの魔王の鎧は手で持ち歩くには大きすぎて重過ぎるため、装備をして持って帰ることになったのだ。
似合わないと思っていたが、どうにもパーティー内では好評であるらしく、これからはこれを装備して冒険をしてもいいかな……なんて感想も抱いてしまう。 装備重量もしっかりとクリアしているし、迷宮の探索もぐっと楽になるはずだ。 そんな先行き明るい未来に僕は口元を緩ませて、一緒に歩く仲間たちを見る。
「そういえばシオン、炎武族は一体どれだけ存在しているのだ? 長く冒険者をしているが、見たことがない……」
「300人くらいの村があるんだけど、基本的に炎武族は村の外に出ないんだよ、私は迷宮にあるものが欲しかったから村を飛び出してきたの」
「ああ、呪われたアイテムって確かに迷宮が一番転がってるからねぇ」
「呪われ好きも、そこまでくるともはや本物だな」
「えへへー」
出会ってから全員まだ間もないけど、みんなすっかりと打ち解けているらしい。 特に、シオンなどまだであって半日しか経っていないというのが嘘のようだ。
心配の種だったティズも、どうやら珍しく気を許しているらしく、シオンの頭の上に乗っかって楽しそうに笑いあっているし。
うん、なんだか彼女達となら……上手くやって行けそうだ。
そんな感想と先行き明るい未来に僕は自然と笑みを浮かべ、過ぎ去っていった激動の一日を思い返して同時にため息も漏らした……。 楽しいけど、冒険者ってやっぱり大変だ。 ◇
教会から星空が綺麗な草原を歩くこと20分ほどで、冒険者の道への入り口へと辿りつく。
大きな扉は夜の為に閉まりきっているが、いつもなら脇にある扉の戸を叩けば、飲んだくれている兵士の人間がなんの確認もせずに扉を開けてくれる。
しかし、今日に限ってはその扉は現在も開ききっているままだった。
「あー、彼等のことをすっかり忘れていましたね」
遠目から見えるのは白銀の鎧を身に纏った騎士たちと、獅子の文様が描かれた王家の旗。
向かうときは、捕まると時間のロスになるという考えから避けて通ったが、問題が解決した後ならば問題ないだろうと僕も気付いていながらそのままやってきてしまった。
「……とまれ、貴様ら寺院から来たのか?」
ライオンみたいな……というかれっきとしたライオンの顔をした男が僕たちの前に現れ、静止させる。
その鎧は白銀ではなく一人だけ黄金に光り輝く鎧を身に纏っているが、腕の部分は鎧が入らなかったのか、胸当てと腰当以外は装備しておらず、金色の体毛を纏ったたくましい腕と爪を僕達に向けてくる。
黄金の獅子の盾は誰がどこから見ても王家の人間を守護する戦士であることが見て取れる。 これほど英雄王ロバートを守護するのが似合う騎士もいないだろう。
サリアとはまた違った威圧感を放つ……そんな戦士であった。
「王国騎士団長……レオンハルト」 ぼそりとティズは呟く。
「おお、ではあのレオニンが伝説の」
サリアとティズは知っていたようで、名前を聞いただけでサリアも目を丸くする。
それだけ有名な人のようだが、田舎出身のきこりの僕はまったくわからない。
ただ思うことは、鎧の下が蒸れて夏は大変そうだな……なんてふざけた考えだけであった。
「……我等は王国騎士団、王の勅命によりアンデットの進軍から町を守るようにおおせつかっているものだ……」
「そうなんだー お疲れさまー。 でもアンデットはみんな倒したからもう大丈夫だよー?」
止まれと言われているのにシオンはひょこひょこと騎士団のほうまで歩いていき自慢げに杖をかかげて胸を張る。
どうやら少し調子に乗らせてしまったようだ。
「……そうか、ではアンデットが突如として消えたというのは君たちが」
「ああ、騎士団と教会は不可侵条約を結んでいるからな、冒険者ギルドに依頼が来たのを、我がマスターが引き受けたのだ」
「マスター……ということは貴方が町で噂になっている……伝説の騎士か」
え? あ、そうか、僕今サリアを助けたときと同じ装備をしているのか。
どうしようか、僕はそんな人間ではないと謙遜しておいたほうがいいのだろうか?
(別にあんたがサリアの主人であることには変わりないんだから、変に勘繰られないようにそういうことにしておきなさい……)
いつの間にか鎧の中に隠れていたティズがぼそりと耳打ちをしてくるため、僕はとりあえず出来るだけ低い声をだして。
「いかにも……」
とだけ返答をする。
それだけだったはずなのに、なぜか背後の銀騎士たちが一斉に体制を立て直し、姿勢を正す。
それはレオンハルトさんも同じだったようで、目と口を一瞬だけ開いてほうけ、同時に思い出したかのように咳払いをして額にかいた汗をぬぐう。
「おぉ……すごい気迫を感じる……町の噂と半信半疑であったが、その威圧感に腰の螺旋剣ホイッパー……噂にひとかけらの偽りもなかったようだ」
……レベル3ですけどね。
どれだけ周りの空気に流されやすいんだこの人たちは。
まぁとりあえず、疑われてはいないみたいだから安心だけど。
「だが、一つ解せない」
しかし、その次の一言でいぶかしげにレオンハルトは僕達に質問を投げかける。
「なーに?」
「貴方ほどの冒険者がなぜ、アンデットの討伐などという依頼を引き受けたのか」
ぎくりと僕は冷や汗をかく。
鎧の中で見えなかっただろうが、それでもレオンハルトさんは僕達の出方を伺っているようだ。
下手な返答は出来ない。
僕は一瞬サリアのほうを見ると、サリアは小さくうなずいて。
「助けを求めにきた僧侶に不可解な点があったからな、それを確かめに依頼を受けた」
「不可解な点?」
「ああ、ターンアンデットが効かず、頭を潰されても死なないとな」
ざわりと騎士団たちがざわめき、カチャカチャと鎧がこすれる音が響く。
「……ふむ。 して、その原因は発覚したのか?」
「マリオネッターが寺院を襲撃していた」
サリアばかりがしゃべるのも怪しまれると思い、僕はそうレオンハルトにつげる。
と。
「なっ!? マリオネッターだと!?」
思ったよりもレオンハルトは驚愕の声を上げて分かりやすく一歩後ずさる。
「本来マリオネッターは死体は操らない……だが今回、マリオネッターが教会の死体を操ってアンデットのふりをさせていたのだ……だからターンアンデットも効かず、そもそも生きていないから頭を潰しても行動不能にはならなかった……まんまと騙されかけたよ」
簡潔にサリアは事の顛末をレオンハルトに伝えると、何か考え事をするかのようにレオンハルトは腕を組み。
「……して、マスターとやら……この顛末をそなたは何と考える」
……え? 僕が答えるの……えーとどうしよう、何も考えてなかった。
えーと、そうだな、確かマリオネッターが教会を襲撃したんだから。
でも多分この人そういうことを聞きたいんじゃないんだと思うけど……ああもうすごい顔してこっち見てるし、サリアのほうを向いても僕が正しい答えを導き出すことを信じて疑っていない顔だ……どうしよう、どうしよう……。
ああーもういいやこうなりゃやけくそだ。
「何か……胸騒ぎがする……襲撃の……いや、何か大きな」
うん、とりあえず困ったら胸騒ぎしておけば大丈夫だよね……あとマリオネッターのくだりを言おうとしたけど嚙んでしまったからとりあえず胸騒ぎのくだりでごまかしておく。
これでごまかせて……。
「むぅ」
うっわすっごい眼光。
人間という枠組みだけど、完全にレオンさんが僕を見る目は完全に肉食獣のそれだよ。
そもそも国王様の腹心である相手に対してこんな適当な返答は許されなかったのか……。
ごまかしていることがばれて怒っているのか……。
それとも要領を得なくて怒っているのか、黙ってにらみつけてくるだけだから何を怒っているのかがまったく分からない。
というかただただ怖い……今なら蛇ににらまれた蛙の気持ちが良く分かる。
とりあえず謝ったほうがいいのかな。 なんか今にも襲い掛かってきそうな勢いだよあれ。
でも、なんかここで弱腰見せると伝説の騎士の演技がばれちゃうし……どうすれば。
そう一人で悶々と考えていると。
「騎士どの、一つお聞きしても?」
目を見開いたままレオンハルトさんは僕に一つそう質問を投げかける。
「なんだ?」
どうしよう、質問の返答しだいでは殺される奴だこれ……。
出来るだけ冷静を装って返答をしたつもりだけど実際心臓は張り裂けんばかりにバクバクでありまして、僕は最後の希望となるサリアに対し、目配せで助けを求めることにする。
鎧の下だが、サリアほどの冒険者ならば、僕の言わんとしていることが伝わるはずだ。 サリアのほうを向くと、サリアも僕の視線に気付いたのか、こちらを見返してくる。
そこですかさずに目配せで合図を送る。 とうぜん内容は。
(たすけて) である。
伝わるとは到底思えない賭けであったが、サリアは僕の目配せに気が付いたようで、一つ笑みをこぼしてうなずき……。
(やっちゃってください!)
ウインクをして親指を立ててくる。
一体何の目配せと勘違いをしたのかは知らないが、サリアは僕が間違った返答をするわけがないと信じて疑っていないのだろう。
その瞳はどんな返答をするのか期待しているとでも言わんばかりに輝いている。
これはダメだ……こうなれば仕方がない。
少々不安はあるが今度はシオンのほうに視線を向ける。
よし、シオンも僕の視線に気付いてくれた……。
(たすけて) サリアほどの洞察力はないとはいえ、シオンならば変なポジティブフィルターは存在していないため、きっとサリアよりもしっかりと僕の意図を読み取ってくれるはず。
現に、シオンは少し悩んだような表情をしている。
きっと考えていることが伝わったのだろう。
僕の為に必死に答えを探し出してくれているのだ。
さすがはアークメイジ……その思慮深さが頼もしい。 そう心の中で感動をしていると、シオンは答えが出たのか、一つうなずいた後 何か呪文のようなものを唱える。
と。
『明日の朝は卵焼きがいいです』
思念伝達の魔法を使ってそんな言葉が返ってきた。 誰がこの状況で明日の献立を相談するんだよ。
助けて欲しいんだよ気付けよ!? ってかこの思念伝達の呪文一方通行かよ、何満ち足りた顔してシオンもサリアと同じ表情で親指立てているんだよ。
『でも、その献立も悪くないので、お昼に作ってください』
本当に一体なにを読み取ったんだよシオンは!? あの目配せでどうやって献立が伝えられるんだよ。
頭に呪われた受信機でもつけてるのか?
ああぁだめだ。
誰の手も借りられず、僕は適当に発言した報いを受けることになるのだ。
くそ、これならもう少し考えてから発言をすればよかった。
そう自分に対して、そして仲間に対しての苦言を呈しながら何か慎重に言葉を選びながら、そして悩みながらゆっくりと口を開こうとし、閉じるを繰り返しているレオンハルトさんを眺め続けると、ばつが悪くなったのか、それともたまたま話す内容がきまったのかレオンハルトさんはゆっくりと僕に対しての質問を投げかける。
それは。
「コボルトキングを倒したのは、お前達か?」
そんな単純な質問だった。