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プロローグ エルフの騎士は、いしのなかにいる

     ついにここまで来た。


少女はそう心の中で一人呟き、目前の魔術師に対峙する。 

邪法の魔術師、アンドリュー。 この迷宮を作り上げ、街一つを消し去った大魔術師。


多くのものが集い、この迷宮を踏破しようと挑み続けること十年間。

千を越える冒険者が集い、万を越える死と消失がこの迷宮には築き上げられていた。

王は狂い、国は一度傾き、そして世界からは絶えることなく冒険者が己の力と莫大なる報酬を目的にこの地に集い、散っていった。

誰一人として到達しなかったこの場所に少女は今立ち、そして最後の戦いを開始しようとしていた。

 

 

「愚かなる人間よ、仲間はもう死した……おぬしもこの迷宮に消えるが良い!」


攻撃を仕掛けたと同時に放たれた核撃魔法 メルトウエイブ……その一撃は迷宮内を炎で埋め尽くし、少女と共に戦ったパーティーは彼女を残し消失をした。


「消えるのは貴様のほうだ、邪法に落ちし者よ……」

 

しかし少女は動揺する様子一つ見せず宝剣を握り締め、煙を上げる盾を放り、構えを取る。

 

はたから見れば、少女の現状は最悪のものだ。


敵は強大であり、仲間はいない。メルトウエイブを防いだことにより守りの要であった宝盾を失い、体力も半分にまで減らされた。 


僧侶であった味方の回復魔法も、魔法使いの魔法の援助も、戦士の迫撃も盗賊の不意打ちももはや消失ロストしている、通常ならば絶望に打ちひしがれ、敵の強大さに恐怖をしながら、あの一瞬で死ねなかったことを後悔しながら死していただろう。


だが少女にはそんな感情は欠片もない、逃走も屈服も絶望も焦燥さえもない。


聖騎士である少女から、『希望』を奪うことは不可能なのだ。


「我が名は 聖騎士 サリア。 貴様の闇を打ち払うものだ!」


サリアと名乗った少女が攻撃を仕掛ける。


距離は20メートル、鍛えぬかれ洗練された少女の疾走であれば二足で相手の喉首を狙うことが出来る距離。

 

そのために少女はその第一足を踏み出すと。


 「メルトウエイブ!!」


それを戦いの合図とばかりに魔術師の怒号が響き、同時に先と同じ核撃魔法が発動される。 


(これだけの絶大な魔法を、詠唱を破棄してノーモーションで放つことが出来るとは……世のためにその力を振るえばどれだけの人の助けになれたか……)

 

少女は胸中でその魔術師に賞賛を送り、同時に邪悪に染まった心を嘆く。


惚れ惚れするような魔力の奔流と、一切無駄の存在しない魔法の行使。


この世で最も ―当然唯一人の― 偉大な魔法使いであることは疑いようもない。


放たれる魔法は強大であり、その身に受ければ消失は免れない。 しかし迷宮は閉じた世界であり、迷宮を覆い尽くすように放たれる核撃を回避する場所はない。


ゆえに、少女はあえて前へと踏み込んだ。

 

「ガーディアンソウル!!」


「っ!?」

 

核撃の炎と、その身が触れ合う瞬間、サリアは最高位の魔法防御を展開する。


この世に現存する魔法の中で最高の魔法耐性を誇る防護壁で全体を覆えばいかに核撃であろうと、数秒は耐えられる。


 そして。


「はあああ!」

 

それだけの時間がかけられれば、魔術師へと踏み込むための一足を得るのは容易である。


閃く黄金の輝きが、魔術師への喉首へと走る。


「こしゃくな!」


通常、魔術師は戦闘は不得手というのが定説である。


同時に大魔法を放った直後ともなれば、一分以内に回避行動を取れれば天才と呼ばれる存在となれるだろう。


だが、やはりこの魔術師は例外であった。


メルトウエイブを放ちながら、少女がその核撃を防いだと判断をすると、杖を引き抜き受け止めたのだ。


「ぐっ!?」


アークデーモン、ファイアドラゴン、ブラックタイタンを一撃で屠る迷宮最高の刃を、この魔術師は杖の一本で防ぎきる。


「はあああああぁ!」


だが、刃を防ぎきる身体能力を持っていたとしても魔術師の杖が聖騎士の神器の刃を防ぎきることは出来ず、袈裟に振り下ろした刃を受けて杖はたわみ、神秘を宿した宝珠にはヒビがはいる。


(このまま押し込めば)


そう少女の脳裏に勝利のイメージがよぎった瞬間。


「ぬかったな小娘が!」

 

簡単に倒されてくれるほど、この老人はおしとやかでもないらしく。

刃を防ぎながら、今度は刃の召喚を行う。


 「ソードワールド」


無数の魔法の武器を生み出し、操り敵を穿つ魔術師のみに与えられた攻撃魔法。


核撃魔法に比べれば見劣りするその魔法であるが、魔術師が持つ唯一の物理攻撃でもあり、操ることの出来る刃の数と、剣の強度等は、その持ち主の魔力に依存する。


先日、迷宮内最高峰と呼ばれる魔法の使い手であるアークデーモンとの戦いで放たれた際は10本ほどの魔法の剣が少女のパーティーへと降り注いだ。

 

では、この老人が放つ刃はいかほどであろうか?


答えは単純で、その20倍であった。 合計200の刃が、少女の体を穿たんと一斉に猛攻を仕掛ける。




「っつ!?」

 

サリアは魔術師を蹴り飛ばし、迫り来る200の刃を迎撃する。


「鋼をも貫く魔剣の200、その全て捌き切れる道理なし、塵も残さず果てるがよい」

 

襲いかかる魔剣は少女を包み、一斉に襲い掛かり突き刺さる。


もはやそれは突き刺さるという次元ではなく、刃の群れにすりつぶされるという表現が正しい。


全方向からの同時攻撃を人間が防ぐことは難しく、もはや聖騎士の命は絶望的であった。


が。


『メルトウエイブ!』


一瞬、ありえない言葉が響き渡り、同時に魔剣200が蒸発する。


「馬鹿な」


核撃の炎が迷宮内を包み込み、アンドリューは驚愕の言葉を漏らしながらも

反射的にガーディアンソウルを展開する。


先ほどとはまったく逆の構図。 何が起こったのか? 一体何をされたのか。


その答えは未だに天才魔術師であるアンドリューをもってしても導き出せない。



聖騎士が、魔術師の最大到達地点、究極魔法アルティメットスペルを放つなどありえない。


本来聖騎士が使用できる魔法は簡易な回復魔法と、神聖魔法が関の山……確かに、過去には僧侶の最大魔法を使用できる人間もいたが、魔術を―それもアルティメットスペルを―使用できる聖騎士など人の数倍を生き、天才の名を欲しいままにした大魔術師でさえも聞いたことはない。


だが、そのありえないものは確かに目前に対峙しており、己の命を狙ってその刃を構えている。


無傷。 刃は全て核撃により融解したのだろう。跡形もなく消えうせている。


魔術師が究極魔法アルティメットスペルを放った後に起きる魔力の消失による硬直も一切見られない。

 

つまり、現在の状況ではこの少女はアンドリューと同レベルの魔術師であり、同時に武芸全てを極めし聖騎士でもあるのだ。


そんなことが可能になるものなど、この世に一つしか存在しない。


「伝説の装備……円卓の騎士ナイトオブラウンドテーブルか……」

ぼそりと魔術師は恨めしそうに呟き。


聖騎士はご明察と言葉を漏らす。


「迷宮に選ばれた至高の騎士にのみ与えられる伝説の鎧 盾 小手 そして刃。各々が魔法を宿し、それらを身につけた戦士は至高の魔術師であり、戦士でもある……まさか、唯の噂話とばかり」


「現在、貴様の前に存在する私が現実だ……盾は不意打ちで失ってしまったが鎧と小手、そしてこの宝剣があれば貴様の首をはねることは十分できよう」


「ほざけ小娘!! メルト……」


「メルトウエイブ!!」


小手から放たれる核撃魔法は、空間を覆い尽くすのではなく、伸ばされた腕から一直線にアンドリューへと走る。


「なっ!?」


空間を覆い尽くすように拡散された魔法は敵を逃がさずにしとめるに最適な力を誇る。

しかし同じ魔法であり、敵が動かないと分かっていれば、一点に魔力を集中させた攻撃のほうが圧倒的に強力になる。


そして何より、魔法とは術者が詠唱中に攻撃を加えられると、その瞬間に打ち消されてしまう。


つまり。

「ぐ、ぐおおおおあああああああ!?」


自らが放った核撃は、サリアから放たれた一直線の炎により貫かれ、攻撃魔法も防護魔法もない状態で、アンドリューはその究極魔法を全身に受ける。


弾き飛ばされた体はまるで強風にあおられる紙切れのように上下左右に揺さぶられながら、迷宮の壁へと激突する。


 

あれだけの破壊を受けながらも、迷宮の壁は傷一つない。

しかしあちらこちらに残る炎の跡や、巻き込まれ消滅したモンスターの影が、迷宮の壁に悲惨な影を残している。


「がはっ……はーーー……はあーーー」


消滅したと思われたが、魔術師は生きていた。


長年を生き、悪魔の魂をいくつも取り込んだアンドリューは、既に人の生命力の域を脱している。 


しかしダメージは深刻である。なんとか消失と死を免れ、命を繋ぐことはできたが。


消えた悪魔の魂は16であり、体を保持するためにその身の形成を行っていた精霊やエレメンタルは根こそぎ消失をした。


今はもう普通の人間の力ほどしか残っておらず、もはや無傷の聖騎士と戦う力など残されていない。


「これで終わりだ!アンドリュー!!」


好機と踏んだ聖騎士は確実な止めをさすためにその宝剣を手に切りかかってくる。


死がそこまで迫っている。状況は絶望的。 しかし、魔術師は自嘲気味に壁に背を預け呟く。


「誰かが……いつか私を殺すのだ……」

 

「覚悟!」


「だが、その時は今ではないし……それはお前でもないのだ」


「なっ!?」


剣を振り下ろし、その首をはねる一瞬。 聖騎士の敗北は決定した

 

『おおっと!テレポーター!』


放たれたのは魔法でも剣戟でもなく罠……。 


「なっ、これは!?」


サリアが踏み込んだアンドリュー手前の床に、突如として罠の床の魔方陣が光り、逃れることなどできずに少女を捕らえ、その魔法の効力が発動する。


単純で明快な、でたらめな座標を指定した転移魔法……それは時間稼ぎというものではなく、明確な殺意を持った究極回避不可能な罠。



瞬間、魔術師の目前から聖騎士は消え去り、からからと音を立てて円卓の騎士たち(ナイトオブラウンドサークル)の装備が迷宮に転がる音が響き渡る。


もはや、アンドリューを追い詰めた聖騎士サリアはいない。聖騎士は今、


    いしのなかにいる。


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