神父シンプソンと優雅な戦場
【神父シンプソン】
「どぅおううううりゃああ!」
怒号と共に、大地がめくれ上がり、天高く舞い上がる土くれ人形。
ただの一振りで二十の仲間が宙を舞い命を散らす圧倒的な暴力。
しかしながら人形たちはひるむことなく暴力の前へと突撃し、その命を散らしていく。
「やる気あんのかてめえら!! このまま城までぶっ壊しちまうぜ!」
目前で高らかに叫ぶドワーフこそ、かつて最強と呼ばれた多国籍部隊・スロウリーオールスターズの中でも最硬の異名をもった男、無限頑強のアルフレッドであり。
彼の持つワールドスキル【ジャイアントグロウス】は、ただ存在をしているだけで際限なくレベルとステータスが上がっていくという破格の力を持つ。
埋葬され、アンデッドとなることなく第二の生を受けたまがい物たちであっても、墓ごと壊されてしまえば元の木阿弥。
悲鳴をあげることも許されないのは少しばかり残酷で、無言のままに拳の一振りで失われた二十の無垢な魂に私はしばしの黙とうを胸のうちで捧げ、同時に隣に立つローハンに声をかける。
「いやはや、随分と派手にやっていらっしゃいますねぇ、アルフレッドさんは」
「仕方ないでしょうに……。無限頑強のアルフレッド……正直あの人物が真正面から攻め立ててくれば、食い止める方法はないでしょう? あるいはあなたの力があれば……」
にこりと笑うローハンに、私はあわてて目を背ける。
「めめめ、めっそうもございませんよ! あんなおっかないものと戦うなんて神父まっぴらごめんです」
「おや? お金が減るからではなく純粋な恐怖を感じるとは、あなたにそう感じさせるのであれば、あの化け物はよほどな存在と見える」
「からかわないでくださいよ! とにかく、神父はそんな戦うとか不慣れなんですから」
「はいはい……では私が何とかすると致しましょう。 主の不在に城を守るは妃の役目と申しますが、妃も不在となれば私めが出張るしかないでしょう」
「その妃に当たる人たちが剣をもって敵将の首撥ねに行ってますからね」
「男女平等でいいではないですか」
「神父そういう問題じゃないと思う」
ローハンの言葉に私は一つため息をつき目前で暴れるスロウリーオールスターズが一人、無限頑強のアルフレッドの雄姿を見つめる。
止まる気配など存在しない。
「そうですか? しかし本当に止まりませんね」
正直ローハンほどの知将であれば、兵士の逐次投入が愚策であるということは容易に想像がつくはず。
だというのにローハンはその愚策を平然とした表情で続けさせている。
「少し、兵力を無駄に浪費してませんかねぇ。 非効率な作業はお金の流動を妨げますよ?」
そんな光景に私はつい口を挟むと、ローハンは人差し指を立てる。
「いうに及ばず……ですよシンプソン様。 兵力は我々しかいないのです。ゆえに資源は有効に使わねば」
「私にはただ土くれ人形がドワーフのサンドバッグになっているようにしか見えないんですが」
「ははは、確かにはたから見ればそうでしょうね。 ですが大丈夫ですよ、私とて伊達に五百年軍師を名乗っていませんから」
そういうとローハンは短く呪文を唱えると。
「マキナ様、そろそろ出番ですよ?」
そう背後で虫取りをしてはしゃいでいるマキナに声をかける。
「おぉ? 私の出番か? とうとう?」
手に持った虫をマキナは空に放つと、てこてことローハンのもとへとやってくる。
私はそのマキナの頭をなでてやると、嬉しそうにはにかんだ。
正直このような少女が戦場に立つというのはあまりいいものであるとは思わない。
しかしながら、これから訪れる運命は否が応でも神であるマキナを戦いに引きずりだすことになるのだろう。
ゲームで済んでいる今のうちに……彼女の成長を見守るべきなのかもしれないと私は一つうなずき、二人の戦いを見る。
「アルフレッドのお相手をお願いしますよマキナ様」
「おー、アルフかー……アルフかぁ……」
「見るからにトーンが下がりましたが大丈夫ですかねぇ、そこのちんちくりん」
「どうしましたマキナ様? 先ほどまではあんなにやる気に満ち満ちていたというのに」
「いやぁ、マキナやる気満々だぞ。 だけどアルフはやばい、アルフは攻撃効かないもん。あれ正真正銘の化け物だもん」
マキナは困ったような表情をする。
「やはりマキナ様から見てもあれは反則級の怪物でしたか」
「ワールドスキルはみんな怪物だ。うーん。困ったなぁ、むつかしい。あれ倒すのすごい難しい。マキナ偽物だしなー」
「なるほどなるほど、それは良かった」
にんまりと、不気味な顔をさらにゆがませるローハン。
子供が見たら泣き出しそうな笑顔である。
「よかった? 勝てないといいのか? マゾなのか?」
「マゾですよ」
「マゾだったかー」
「ええ、正真正銘のマゾですが勝てないからいいというわけではございません」
「ふむ、随分と自信満々ですが?」
「何、兵法は敵の虚を突く所より。そして人を策にはめるのに最適な状況とは、自分が絶好調とほくそ笑んでいるときこそです」
アルフレッドの方に視線を移すと。
「絶好調だぜぇ!!」
高笑いをしながらクレイオートマタを破壊するドワーフの姿。
なるほど納得である。
「しかし、調子に乗らせるためとはいえ、兵であるオートマタを配置するのはいたずらに数を減らすのでは? あなたほどの人物であれば、犠牲無く策にはめることも簡単でしょうに」
「いえいえ……これも布石ですよ神父。もっとも置いたのは土くれですが」
そういうとローハンは、足もとに魔法陣を展開する。
唱えられる階位魔法ではなく、足もとに設置した魔法陣に魔力を送り込み、力を発揮させる限定魔法……使い勝手も何もかも悪いが、限定的であるがゆえにその効果は絶大だ。
「何をする気です?」
「神父であるあなたならご存じのはずですよ? 墓荒らしには相応のばつがあることを」
「墓荒らしの呪いですか? 確かにあれは強力な呪いの類です。己の行動に応じてペナルティが課せられる……私も昔苦労した覚えがありますよ」
「あるんですか……さすがはシンプソン様といったところですがその通り。神の庇護下のもとで眠る魂を冒涜する行為にそれ相応の天罰が下る」
「と言いつつもあれは神の名を借りた呪いの魔法ですよ。己の行動に比例して効果を増す限定魔法。魔法は条件を絞れば絞るほど、効果の範囲を狭めれば狭めるほど威力を発揮します。墓荒らしをしていなければ、効果はなく、墓荒らしをしていれば呪いが降りかかる。効果はあまりにも限定的で、階位魔法としては全く使えないものですが。しかし時と状況においては第十三階位魔法よりも厄介なものとなりえますねぇ。ですがそれが何か?」
「さてでは問題です。 アルフレッドが破壊しているものは一体何でしょうか?」
そういい、私は一瞬思案したのちに。
「あぁ」
声を漏らす。
「クレイオートマタ……この兵士はもともと、アルフレッドのような奴を倒すために作られたのですよ、シンプソン様。勝負は始まる前より決まっているものです」
言葉が終わると同時に、魔法陣は満ちる。
【我らが魂の安息妨げし盗人よ、我らが魂の休息を奪いし愚かなる人の子よ。墓荒らすものに安息はなく、眠りを妨げるものに休息はない。その背徳を己が身をもって償うがよい】
唯々諾々と流れる魔力は、やがてアルフの体へと走り……しみこんだ。
「……呪い成功です」
 




