あいつ、アイテムの話するときだけ早口になるよな
「っ……なん……だと?」
「煉獄迷宮ゲヘナ第十階層、第二十三代一本道多々良、作 混ゼ鋼。ヒヒイロカネ23%、アダマンタイト23%、オリハルコン54%を織り交ぜ打ち上げた超合金……総重量500g刀身12cmでありながら、その切れ味は鋼を紙よりも容易く両断する。もはや人類ではこれ以上の鋼は生み出せぬ切れ味だ……想像できなかっただろう?」
傷をつけられ、反射的に振るわれたオベロンの腕をかいくぐりフットは一度間合いを取ると、ナイフをゆらりと構えながら武器の説明をする。
アイテムの説明をするとき、フットは少しばかり早口になる。
魔道具・アイテムの収集が趣味というフットは、普段寡黙でありながら戦い、ことマジックアイテムを使用しての戦いになる場合は、早口に語りながら敵に切りかかる癖がある。
正直恋人や意中の相手に見られた場合どのような百年の恋であろうと冷めるほど不気味であり、仲間である俺とエリシアはその癖を直すように進言をするか否かを悩んでいたりもするのだが、とても楽しそうな彼の姿を見ているとなかなか踏み出せないでもいる。
「なんと……このようなものが」
想像を超えた切れ味に驚愕をするオベロン。
それに対しフットはさらに肉薄を仕掛ける。
飛び跳ねる用に体を回転させ、防ごうとする羽を裂き、受け止めようとする指を落とす。
「素晴らしい!」
血だらけになりながらも、オベロンは感動をするようにその攻撃を愉快気に受け続ける。
まるで人類の進歩を喜ぶようなその様はまるで新しいおもちゃを与えられた子供のようだ。
「とどめ!」
体を深く沈めた状態で、フットはオベロンの足の腱を切り、体勢を崩させる。
「おっ?」
ぐらりと足元が揺れるオベロン、それに対しフットは飛び掛かり、馬乗りになる様にナイフを心臓部に突き立て。
「こはっ!?」
「骨など意味はない、心臓の厚い筋肉も障害にすらならない……ほらこのように」
かき乱すようにぐるりとナイフを一回転させてから心臓からナイフを引き抜く。
するりと抜ける。
その姿にフットは勝利を確信したように口元をゆるめる……もはや完全に悪人のそれである。
だがそれは油断も慢心もなく、最速でフットがオベロンを殺しにかかったということだ。
「いや、よい見世物であった」
だが神の前では其れすらもすぐに胡蝶の夢のごとくなかったことになるらしい。
「バカな……」
「これこそが人との戦いの醍醐味よな!」
指を鳴らすと、周りの草が針となってフットを襲う。
「ぐっ、ぐああぁ!?」
針はたやすくミスリル製の鎧を貫き、フットは苦悶の声をあげながらオベロンより距離をとる。
依然オベロンは無傷。 血も、切り取られた指もまるで夢のように元に戻っている。
「ふっははは、人との戦いはこれだからこそやめられぬ。想像を超えた技術、戦術、そして奇策! ありとあらゆる新しいものを私に与えてくれる、それが人間だ」
余裕しゃくしゃく。子供の成長を喜ぶ父親気取りだろうか、ふざけた表情で愉快そうにくるくると回る姿に、少しばかりのいら立ちを覚えつつ、フットのけがの状態を確認する。
針は思ったよりも太くはなく、傷口もそこまで大きくはない。
刺さった段階で草に戻ったのか、針に触れると容易く曲がった。
「……無事か?」
「なんとかな……遊び半分のおかげで助かった。勉強台としては安い方だ」
「殺しきる満々だったくせに」
「うるさい……教えないぞ」
フットの無事を確認しつつ、俺は剣を抜く。
分析はこれぐらいでいいだろう。
「わりいわりい、それで、どんな感じだ?」
俺は戦闘態勢をとりつつ、フットの分析結果を聞く。
「ふんっ。実際に切り裂いた所感だが、幻覚や幻想に近い……殺した感覚は本物だが、再生時も攻撃時もいくばくか視界が揺らぐ」
「幻覚……にゃーるほど、奴が生み出した幻想や幻覚が、本物になってるってイメージか」
「ああ……幻覚の発生、そこから現実への置換。この手順を踏んでいるはずだ」
フットは分析をそう語り、それにオベロンは驚いたような表情を見せる。
「なんと、よもやそこまで簡単に余のワールドスキルを分析するとは。誉めてやろう人の子よ! だが少しだけ異なる点があるとすれば、我がフェアリーっているは幻覚の発生の次に、この世界のルールへの干渉を行う。この世界は【理】に支配される。 気を燃やせが火を放ち、水をかければ消える。その常識に干渉し、余はそのすべてを書き換える権利を持っている」
「水に火をつければ燃えるようになるのかい?」
「あぁ、我が幻想はすべて本物へと書き換えられる。砂粒より発芽をし、砂糖により人々が根絶される……そのような世界も思いのままよ」
「恐ろしい怪物だことで。だが、つまりは幻覚を発生させるという行程を経なきゃ、お前のワールドスキルは発動しないってことだろう?」
「その通りだ……ロバートのごとき太刀筋で余の首を落とせばあるいは、幻想は沈むやもしれぬ。だがそれができるのか? 矮小なる人の身で」
あざける様に笑うオベロン。
しかし。
「あぁ、お前のワールドスキルが、予想通りで助かったよ」
「なに?」
すべては作戦通り。
首をかしげるオベロンに対し、俺はフットの薬瓶を奪い投げつける。
「小癪な……そのような爆発で……」
その薬瓶を、片腕で巻き起こした暴風で破壊をするオベロン。
しかし、破壊された薬瓶は爆発をするのではなく、同時に赤い煙を放つ。
「これは……」
「発煙薬……いうなれば狼煙だな」
「狼煙? 一体何の?」
「決まってるだろ? 狙いやすくするためだよ」
「狙う……む? そういえば、エルフの姿が……」
「のんきが過ぎるぜ神様よぉ!!」
狼煙の合図と同時に、足もとに浮き上がる強大な魔法陣。
エルフの王族にのみ与えられたその魔法は遠く離れた場所で魔力を練り上げていたエリシアの物であり。回避するすべもなくオベロンはエリシアの大魔法をその身に受ける。
【ジャイアントグラップ】
かつてドラゴンさえも沈めた一撃。
魔法により作り出した石と土くれの腕が、対象を握りつぶす魔法によるエリシアのもつ最大の物理攻撃。
魔法障壁も、魔法防御も関係なく一握にして消滅させるその一撃は。
まさにエルフ族の王にのみ許された傲慢にして強大なるエリシアの自然魔法。
「お、おおおおお!?」
いかに死ににくくとも、一瞬で握りつぶされてしまえば復活は不可能。
フットが分析をし、俺が時間を稼ぎ、エリシアの魔法にてとどめを刺す。
俺たちの基本的な戦術である。
実質お前何もしてないじゃないかと言われれば素直に頭を垂れるしかないのだが許してほしい。そもそも俺の力なんて大したものじゃないからだ。
結果は予想通り。
あまりにもうまくいきすぎて逆に怖いぐらいであるが、それでもエリシアの魔法は間違いなくオベロンを包み込み握りつぶす。
【ふふっ、GG!】
そんなエリシアの声が遠くから、聞こえたような気がした。