ポイ捨て勇者と使い捨て王女
【戦場西部・転生勇者リューキ軍】
フェアリーゲームの話をする前に、少しだけ、スキルグラップの話をしようと思う。
俺のスキル、スキルグラップは触れた相手のスキルを文字通りグラップリング……一時的に奪うことができるスキルだ。
一時的につかむだけなので、そのスキルを自分のものとして扱えるのはおよ三十秒程度。
相手に触れることが条件のため、正直格上相手ではあまり効果がないし。
逆に格下過ぎてもスキルを使う意味がない使い勝手の悪いスキルである。
まぁ、そのためスキルを組み合わせたり、組み合わせが悪いスキルをわざと組み合わせて消滅をさせたりといろいろなスキルも保有をしているが……基本的には相手に触れて奪う。
それが俺の戦い方になる。
俺をこの世界に転生をさせた女神・ミユキ・サトナカの話によると、このスキルはかつて二人いる戦神の一人リュートって奴のスキルの複製品らしく、この力がこの土地リルガルムで必要になるという予言を受けたのが、エリシアの国を救った戦争の直後。
いきなりな話はいつものことで、それが俺の大切な相棒を取り戻すことに必要行動などと言われてしまえば断ることもできず、こうして頼もしい仲間たちと別れ、エリシアと途中で仲間になったフットと共にいつも通り面倒ごとに巻き込まれているということだ。
ちなみに、リュートという名前は俺の生き別れた兄と同じ名前なので少しばかり親近感を持っているのは内緒の話だ。
「ちょっとリューキ、何ぼーっとしてるの? 怪我でもした?」
ふと考え事をしていると、隣にいたエリシアが俺の額を杖でこつんと叩かれ我に返る。
「あ、いや……」
「ふん、この前連れ歩いていた女のことでも考えていたか?」
「はぁ? リューキ、ちょっとどういうことよ!? ちょっとフット、誰なのその女の人!」
「ふむ、俺もエリシアもおそらく知らぬ人であろうが、クリーム色の長い髪が特徴的で、肌の露出が多かった。何よりも豊満であった……そんな女を連れて町を歩くのだ……それはそれは親密な」
「は、はわわわあわあ! 胸なの!? やっぱり胸なのね!」
「冤罪も甚だしいわお前ら!? 道を聞きたいっつーから案内しただけだっつーの」
「なるほど、恋の迷宮からの脱出路と」
「うわっ! 何それ素敵な口説き文句言われてみたい! じゃなくてリューキ、どういうことよ!」
半泣きになりながら俺のほほを引っ張るエリシア。
「ごら、いい加減にしろフット! あとエリシアもいちいち信じるな心配性さんめ」
「ははは、微笑ましい二人だ」
カラカラと笑うフットに少しばかりの殺意を目覚めさせながら、俺はエリシアを引き離してため息をつく。
「まったく、敵陣のど真ん中だってのに……気楽な奴らだぜ」
「まぁまぁいいじゃないの、道中の敵は殲滅したんだし」
「そうだけどよ」
あたりに散らばるのは魔物の群れの成れの果て。
アタックドッグから始まり、ゴルゴーンやマイルフィック、エンシェントドラゴンと名だたる魔物たちがオベロンの城を守るべく鎮座をしていたが、殲滅をするのには一時間はかからず、エリシアもフットも特に疲労をした様子はない。
「しかし、一体多数にも慣れたものね」
「まぁ、時間制限があるとはいえ、触れる敵がいくらでもいるからな……特に統一性のない魔物の群れなんかだったら、グラップと組み合わせだけでほとんどのスキルを自由に使える」
「戦争のような集団戦では強いが、対人戦では弱い……なんとも変なスキルよな」
「そうね、おかげで卑怯な手段だけはあれよあれよと覚えちゃって」
「勇者……ではないな」
「うるせーよ! 俺だって思ってるよ! どっちかっていうと盗賊か曲芸師だよ!」
「あはは、拗ねない拗ねない。戦争を一人で終結させたんだもの、勇者じゃなくても立派な英雄よ」
「フォローになってないっつーの」
エリシアの言葉に口をとがらせつつ、俺は剣を鞘に納める。
「さて、あらかたの将軍と雑兵は倒したと思うけどあとはオベロンの王城ね……」
倒したドラゴンの尻尾に腰を掛け、乱れた髪を結いなおすエリシアは、少し離れたところにそびえたつオベロン城を見つめつつそんな言葉を漏らす。
「ほとんどゴーレムは使わなかったからな、あとはこのゴーレムたちを一気になだれ込ませれば勝てるんじゃないか?」
地面に潜ませていたクレイオートマタたちは、名前を呼ばれると。
「呼んだ?」とでも言いたげにひょっこりと地面から顔をのぞかせる。なんとも愛嬌のあるやつらだ。
「バカね、オベロンって言ったら妖精族をつくった神様なのよ?」
「短慮は破滅を招くことになる。相手は人を作った存在なのだから」
「神様ねぇ……ということは強さの部類的にはこの前ちょっと見かけたアルカードくらいってことか?」
クークラックスにてウイルたちの戦いを遠目に見ていたが、あのこの世の物とは思えぬ戦いを形容するとしたら全国化け物運動会という名称がぴったりだ。
ミユキもそうだが、神様という奴らにろくな奴はいないということはこれで証明されたことだろう。
「そうだな」
「勝てる気がしねえよ」
「しょうがないじゃない、軍師様の命令なんだから」
だというのに俺たちだけをここに送り込んだローハン。
俺たちだけで充分だと奴は語ったが。
「体のいい使い捨ての駒にされているような気がしてならないのは、アンデッドに対する偏見であろうか?」
フットはふむと顎をさすってそう語る。
元魔王軍幹部、ウイルのことを次代魔王として崇拝をする彼であるが。
クークラックスの町を水没から防いだり、ゾンビの大群を町に押しとどめたりと軍師としての才覚は疑いようはない。
しかし、時空を歪めるような化け物と俺たちを戦わせたり……今回のようにただの冒険者に神様の相手を任せたりと、少しばかり俺たちの扱いがぞんざいなような気がするのも確かだ。
「別にいいじゃないの、使い捨ての駒も利用されるのもお互い慣れっこでしょ?」
しかし、そんな中でもエリシアは屈託なく笑いながらそんなことを言う。
「さすがは、使い捨ての王女様は言うことが違うな」
「ええ、ポイ捨て勇者と使い捨て王女。それが私たちのやり方でしょ? それよりも、華々しい勇者伝説が今頃恋しくなった?」
「反吐が出るな」
「そういうこと、ローハンもきっとそういうところを考慮してくれたのよ。私、なんだかんだ彼のこと好きよ? 顔は怖いけど……なんかちょっとリューキに似てる気がするもの」
「……もう少し身なりに気をつけようかな」
まさかアンデッドに似ていると言われる日が来るとは、身なりや身だしなみには確かに頓着のない生活を送って気はしたが……意中の相手にそんなことを言われると少しばかりへこむ。
「そういうことじゃなくて……まぁいいわ。 とりあえず、作戦通りに……」
「ほぉ、どのようにこの余の城を攻略するのか、その作戦……教えてもらおうか?」
エリシアの言葉を遮る様に頭上から声が響く。
その声はまるで重力を放つように荘厳であり、高慢であり、しかしながら不快感を感じさせることのない高貴さを誇る。
見上げればそこには、子供ぐらいの背丈。背中からアゲハ蝶のような羽を生やした男が浮いており、庭の羽虫を見るかのようにこちらを見下していた。