無能大軍師ハリマオ
「……偽物」
【あいにく、フォースオブウイル様のためにもここで敗北するわけにはいきませぬゆえ……私は次の一手へと移ります。それではごきげんよう……】
脳内に直接響き渡るような声はぷつりと消え、レオンハルトは草原に取り残される。
「彼の騎士に……次々と人が集まっていく。武力でもメイズイーターでもない。真に恐れるは、そのカリスマですか」
頭を悩ませる反面、レオンハルトはその胸の奥に高鳴りのようなものを覚える。
忠義や使命……盟約に誓い。
そんな理性的な感情を超えた純粋なあこがれ。
力による支配でも、慈愛による懐柔でも、宗教染みた信仰でもない。
その存在の輝きに、人が魔物が神すらも惹かれ集まっている。
たとえメイズイーターがなかったとしても、力を持たない冒険者だったとしても恐らく同じ結末に至っただろう。
メイズイーターはその結末を……ほんの少しばかり早めただけ。
そしてそのことを、永遠女王ティターニアが見逃すはずがないのだ。
運命を操り、幸運を授ける女神が……。
「……なぜ、力を与えたのですか……ティターニア様」
だからこそ、そんな彼が世界を破滅に導く存在になることに……レオンハルトさえも憤りを覚えてそう恨み言を呟く。
なぜ彼でなければならなかったのか……。
剣の柄を握りしめると、ミシリという音がした。
もし……違う運命があったなら……そう考えずにはいられなかった。
だが、それを思う資格はレオンハルトにはない。
なぜなら彼も、ウイルという少年の高潔さを利用した人間の一人なのだから。
「……ハリマオに加勢しなければ」
思考をやめる。
憧れを前に、レオンハルトが忠義を捨てることはあり得ない。
憂いも、後悔も一瞬のみ。
鼻を鳴らしてレオンハルトは、英雄譚に憧れる男から、王国騎士団長へと戻り、ハリマオの部隊へと急ぐのであった。
■
「遅いぞ……馬鹿者が」
レオンハルトがハリマオの部隊と合流すると、息も絶え絶えに疲弊した兵士数百人程度と、その真ん中で顔を真っ赤にして怒るハリマオの姿があった。
「……全滅は、回避しましたか」
3000人の部隊が、すでに数を数百に減っていることに、レオンハルトは少しばかりの動揺を隠せずに声を漏らすが。
「馬鹿もんが! こいつを見ろ!」
ハリマオは動かなくなったクレイオートマタ一体を蹴りつけながらレオンハルトに見せつける。
結局、甚大な被害をこうむりながらも、王国騎士団が打ち取ったクレイオートマタは、この一体だけだった。それも、ハリマオが持つ魔力のほとんどをつぎ込んで放った第五階位魔法によってだ。
レオンハルトは差し出されたクレイオートマタを一度見て、においをかぎ。
「よく……これだけの数を残せましたね」
ようやくこの人形の恐ろしさを理解する。
「だから言っただろうが! 部隊を分けるなって!」
立場としては上官なのだが、ハリマオはそんなことを気にする様子もなく、レオンハルトをしかりつけ、レオンハルトもまるで上官に叱られるかのように耳を垂れさせる。
「このゴーレムの魔力コーティングはデウスエクスマキナの力が織り込まれています。恐らく第四階位魔法以下の攻撃は受け付けないですね……土塊で作られているから、剣も効きませんし、何より素材はいくらでもある」
現に、槍や盾により切り落とされたり破壊された部分をクレイオートマタは足元にある土から補充をしていた。
疲労も傷という概念も存在していない。
「それだけじゃあない。 このゴーレムを見ろ、核っちゅーもんがない」
胸の部分をハリマオは剣の鞘でつつき、中身を見せるとレオンハルトは確かにと頷く。
「核を入れてゴーレムを動かすのは基本ですが……その核が無いとなると、考えられるのは降霊によるアンデッド化ですが……それはおかしい。うちの団員にはターンアンデッドを使えるものもいるはずだ」
「頭を使えと言っているだろうレオンハルト! そのでかい鬣は飾りか!」
「えと、鬣は飾りです」
「あ、そっか。 いや違うそうじゃなくて! よく見ろ……確かに降霊によってアンデッド化すれば土塊を動かすことは出来る。だがこの異物はデウスエクスマキナが作ってるんだぞ?」
「神の作った器に……土塊……あっ」
「そうだ……強引ではあるし簡易的なものだが……この土塊は神の庇護下にある。魂がしっかりと埋葬されているのだ」
「埋葬されている魂にターンアンデッドを使っても意味がない。ただ神の庇護下、つまりはこの器に帰るだけ」
「そういうことだ……良くできてるが気に食わん! こいつを作った奴は本当に頭がいかれてやがる!」
きいきいと騒ぎながらローハンはじだんだを踏む。しかしレオンハルトは解せないところが一つだけあった。
「一体だけとはいえ、良く倒せましたね? このような化け物を」
「まあな、第五階位以上の魔法は効くみたいだ……魔法で魂ごと消滅させてやりゃあ動かなくなる。もっとも、消滅という概念があのふざけた妖精王によって禁止されてるみたいだからな、魂だけどっかに飛んで行ったよ」
「なるほど……となると編成は魔法部隊を中心に……第五階位を扱えるものを集めて」
感心したようにレオンハルトは唸り部隊編成を脳内で瞬時に構築していくが。
「馬鹿か貴様は! あんなのと馬鹿正直に戦って勝ち目などあるか! 第五階位魔法を使用してこれだ、うちの魔法部隊じゃたかが知れてるわ! いつも言っているだろう、もっと弱い奴のことを考えろ!」
「し、しかし打倒方法が分からなければこの戦いに勝利することが……」
「馬鹿か貴様は! お前はこのゲームの意味をまるで理解しとらん」
おどけたように反論をするレオンハルトに、ハリマオは怒声を飛ばす。
「い、意味とは?」
「はぁー……頭が固すぎるぞお前、これは戦争じゃないゲームだ……確かに戦争だったならばこのくそみたいな土塊人形も倒さなきゃならんだろうが、今回は勝手が違う、真正面から戦争してるのはお前ぐらいだぞ」
「どういう意味ですか?」
レオンハルトは言っている意味が分からないという表情をするが、ハリマオはじだんだを踏んで言葉を続ける。
「ルールを思い出せバカ猫! いいか? この戦いは、各拠点にあるクリスタルに兵士が一人でも到達すれば勝利というルールだ。誰も城攻めをしろなんて言っていない」
「というと?」
「まだわからんのか!? つまりだ、兵士の全滅が儂らの敗北条件ということだ。将軍がクリスタルに触れんいじょう、将軍を守ったところで意味が無いんだよこのゲームは! 将軍が、いかに兵士を守って進軍ができるかのゲームなんだ!」
レオンハルトは口をあんぐりと開けて絶句をする。
言われてみればそうであった。
兵士しか城のクリスタルを触れないということは、逆に将軍をいくら守ったところで意味はない。
だが、戦争という名目……兵士と将軍という肩書に、レオンハルトは軍師の名の通り、教科書通りに戦ってしまった。
何よりも王を前線に出すという考えそのものがなかったと言える。
それ自体が、妖精王オベロンが仕組んだ、いたずらという名の罠なのだ。
「兵士を正面切って戦わせれば、我らの手札がどんどんと減っていきやがてどん詰まりになる。 理想的なのは敵の城に全員で押し掛けることだ。全ては灰のような問答無用でみんな死んじまう魔法の対策ができているなら……相手が対処できないぐらいの人数で城に乗り込むのが正解なのだ」
戦争であればレオンハルトの行動は正解であったろう。
同時にヒューイと共に見せた魔物討伐も、軍師と右腕の名に恥じぬ名勝負であったはずだ。
だが、このフェアリーゲームという戦いにおいては、最悪に近い悪手といっても過言ではない。
「いいか? つまりこのゲーム、攻めはいかに素早く、出来るだけ兵士を温存しつつ、敵の城になだれ込むか。守りはいかにこの草原で、敵の数を減らすかが焦点になるんだ! だからこそ奴らはこの草原にいたるところに罠を仕掛けている。兵力を分散などしたら奴らの思うつぼだ。だから何度も分散するなと言ったのだ!! なぜおまえはそれを聞かなかったレオンハルト!」
怒鳴るハリマオ。確かに彼はレオンハルトに対して兵力分散をするなと忠告をした。
しかしいつもながらじだんだを踏んで「兵力の分散をするな」と言っただけで、肝心な理由を述べなかったために進言は却下されたのだ。
短気で重要なところを端折る癖が、彼を残念たらしめる要因である。
「も、申しわけございません……私のせいで」
「あぁそうだな。お前んとこのガリベン副隊長はいまなにをしている」
「突如現れた巨大な囲いに閉じ込められて、今は脱出を図っているところです」
「まったく脱出にどれぐらいかかりそうだ」
「恐らく、一時間程は」
「中には恐らく倒せる程度の魔物しかいなかっただろう。もしくは、解除できそうな呪いの類を振りまかれそうになったか?」
「その両方です……」
「まんまと策略に乗せられているな……しかも我々のことを熟知している。お前、もし儂がいなかったらヒューイの合流を待っただろう?」
「ええ、そのつもりでした」
「こんな草原にバカでかい囲いを作れるなら、わざわざ脱出をできるような構造にするはずがないだろう……ようは、ここで足止めをする気なのだ。まんまと乗せられおって……今頃王都襲撃の時に大暴れしてた化け物エルフに、王城の守りの半分が吹っ飛ばされてるころだろうよ」
その光景を想像しレオンハルトは青ざめ空を見る。
ハリマオの言う通り、王城の方から多くの魂がちょうど舞い上がっているのが見えた。
自分たちが足止めを受けている間に……すでに魔王軍の軍勢は王城前にたどり着いたことを意味していた。
「……完全に出遅れました、大軍師ハリマオ、ここからどうすれば」
レオンハルトの思考は完全に真っ白になる。
しかしハリマオは鼻を鳴らす。
「思考を止めるな馬鹿もんが、バケモンエルフが王城を襲撃したところで、さして問題はないわ……偶然とはいえ、王城には将軍が6人いるという状況だ守りの固さに不足はない。
ロバートのおいぼれはともかく、ピーチーズの馬鹿どもが全盛期の姿でいるんだからな」
「ぴ、ピーチーズ?」
「昔のあだ名だ……まぁそれはいいとして、今から言う通りに小隊を作れるだけ作れ。あぁ、一つは馬の扱いに長けた部隊だ。守りが固いと言えどもさっさと終わらせるに越したことは無いからな」
「へ? あ、あの、ヒューイの部隊も併せてですか?」
「違う、ここにいるだけでだ。フォーマンセルならそれなりの数が作れるだろう。馬の扱いに長けたものにこの命令を届けて、脱出後ヒューイの部隊も小隊を作って波状攻撃を仕掛けてもらう」
「4人の小隊ですか……ですが、兵力を分散するのは良くないと」
「正攻法で責める場合の話しだ……これだけ兵力を減らされたなら、減らされたなりの戦い方がある」
相も変わらず相手に伝える意思の感じられない発言ではある。
しかし彼の経験こそ、この戦いにおいて最も重要な鍵になることを、レオンハルトは理解していた。
「いったい何を」
「ふん……決まってるだろうが。 城を攻め落とさなくていいのだ……なら正面から城に忍び込まなくても、潜入すればいいだけだ」
にやりと口元を緩ませるハリマオ。
王国騎士団の反撃が、始まった瞬間であった。