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マッドストンパー

 「まったく、どうしてレオンハルトはいつもこう無駄なことばかりするのか……部隊を分けてどうするというのだまったく……そもそも私のほうが……」


 王国騎士団第一部隊隊長ハリマオ・ルビネッタはぶつぶつと一人文句を馬の足よりも速く走らせながら、レオンハルトより遅れて部隊を進軍させる。


 そんな隊長の様子を、部下たちはいつも通り兜の下に嘲笑の笑みを浮かべてついていく。


 彼は凡庸な兵士であり、経験こそ長いものの特出した才覚を持つことのない、時間だけが取り柄の人間である。 それが王国騎士団においての彼の全体の評価である。


 正直な話3000人の大隊を任せられるほどの器はないと誰もが思っているのだが、不思議なことにレオンハルトは彼のことを尊敬しているようで、此度の作戦の指揮を任せられている。


 正直、レオンハルトの誤った評価の高さによりこの地位に甘んじている節が幾重にもある彼ではあるが、だというのに彼自身はレオンハルトのことを毛嫌いしている。


 それは、物の流れの見えない視野の狭さと、己の才覚を疑わない傲慢さを表しており。


次いで嫌なことがあるとすぐにじだんだを踏んで暴れる気の短さも相まって、副隊長であるハーフリングのケリオウスですらも【マッドストンパー】と陰でバカにする始末。


従軍年数の長さから、伝説は語れば長くなるためここまでにしておくが、兎に角そういった意味で有名な存在だ。

 

 そんな彼がなぜ、かつてのスロウリーオールスターズが率いた誉れある第一部隊の隊長を担っているのかは、王都リルガルム七不思議として一般市民にまで語り継がれているほどの謎であるが、彼自身はそんなことなど気にすることも気づくこともなく、誰に対しても同じようにじだんだを踏んで間抜けをさらしている。


 さて、そんなマッドストンパーだがレオンハルトが部隊をわけるように命じた際にも、当然のようにじだんだを踏み、進軍のさなかにも自らの有能さや、レオンハルトに対しての文句を兵士が辟易するほどまで語っていた。


 そんな彼の長くうるさい不満の言葉が途切れたのは、どこか遠くでぱちんという乾いた音が響いた直後。


「……! ひっ、ひあああ!」


 誰かの叫び声が部隊の中心から響き渡り、それと同時に乗っていた馬の嘶きが草原に響き渡り、それを契機に次々と兵士たちは宙を舞っていく。



「ななっ、なんだというのだ一体!」


 その光景に、ハリマオは声を上げるが、それと同時にぐらりと自分の体が宙を舞う感触を味わう。


 まるでゴムまりのように空を舞うハリマオは、叫び声をあげながらもその光景に目を見張る。


 兵士たちが落馬をしたのは、馬という馬がすべて草原に倒れていたから。


 そして、倒れた原因が、人の形をした土色の魔物が、馬の足にしがみつきその体を咀嚼していた体。


「本当になんじゃこりゃあ!!?」


 悲鳴に近いその声……それと同時に次々に宙を舞っていた兵士たちは地面に叩きつけられていく。


 突然の不意打ち……二メートルの高さから突如として落下をした兵士たちは、その装備の重厚さからか体を強く打ち、苦悶の声が響き渡る。


 軍にいる長さも人一倍長ければ、落馬の回数も人の二倍は多いハリマオは何とか空中で体制を立て直しその場に着地をするが。


 しかし、そんな経験豊富な彼であっても、見たことも聞いたこともない現状に息をのむしかない。


「は、ハリマオ隊長!? なんですかこれは」


「わわ、儂が知るか!! 土くれみたいで気持ち悪いし……そもそも、馬、馬がやられちまってるぞ!」


 部下の言葉にハリマオは青ざめながら後ずさる。


 どこに潜んでいたのか……突如として現れた土の魔物。


 人の姿を取り、大きさも人間と同じほどの大きさでバリバリと馬を足から咀嚼していく姿にハリマオは恐怖すら感じる。


「……化け物だ……!」


 剣を抜き、ハリマオはできるだけ這い上がる土塊の魔物から距離をとる。


 彼の長年の経験が、この存在を危険と判断した故だ。


 バリバリとむさぼられる馬は、悲痛な声を上げながら一匹、また一匹と嘶き魂を空へ飛ばし消滅する。

 

「ぐぬぬ……おいお前ら!何ぼうっとしている! 儂を囲んで防護陣を組まないか!!馬に気を取られてる間に体制を立て直すんだ!」


 体を打ち苦悶をする兵士にハリマオはがなり立て、大地を踏み鳴らす。

 その言葉に兵士たちは不満を抱きながらも、慌てて起き上がり言われた通りに防護陣を組む。


「これ、逆に包囲してたたんじまったほうが良かったんじゃないですかねえ、隊長」


 真っ先に自分を守らせた保守的な行為に、副隊長のケリオウスは毒づくが。


「馬鹿かお前は! あの化け物相手に何が通じるっていうんだ!」


 そんな副隊長に対しハリマオは檄を飛ばす。


「通じるって……相手はこっちに気が付いてない人型の魔物ですよ? アンデットでもなさそうですし、首だけ撥ねりゃかたがつくでしょうに……見たところ武器も防具も持ってない、機動力をそぐためのただの罠ですよ隊長」


そんな部下の言葉にハリマオは大げさにため息を漏らす。


「馬鹿め、武器も防具も持ってないからおぞましいんだろうが!? あの体で、馬の蹄に踏まれながらも平然と耐えて、さらに腕力だけで走る馬を転倒させたんだぞ! そんなもんにどうやってこんな鉄の棒きれで対抗するっていうんだ!」


 剣を投げ捨て、ハリマオはあきれたように目前の土人形を見やる。


 その言葉に兵士たちは驚愕したように目を凝らして目前の魔物を見やるが。

 ハリマオの言う通りその体には馬の蹄のあとがあちらこちらに残っている。


 残っていながら平然と馬を食らうその姿は、まさに化け物としか言いようがない。


 何よりも恐ろしいのが、このゲームのルール上……レベル5以上の存在は各陣営10人までしか投入することができないという点。


 そう、目前の化け物は、レベル5以下なのだという事実が兵士たちを絶望の淵に叩き落す。


「……そりゃ……やばいですね」


 ケリオウスはようやく事態の重さに気が付いたのか、少しサイズの大きい兜をかぶりなおす。


「……まったく」


 最前にて盾を構える兵士たちの腕に力がこもる。

 

「それで隊長……どうあの魔物を倒すんですかい?」


 少しだけ垣間見た数多の戦場を経験した男の言葉に、ケリオウスは少しだけ隊長を見直しつつ、作戦を問う。


 しかし。


「あん? そんなものあるわけないだろ、儂らはここでおしまいだ。やるとしたら、せいぜい最後の一兵になるまで必死に盾を構えて時間を稼げ!」


 そんな投げやりな答えを平然とハリマオは兵士たちに投げかける。


「はあ!? オタク隊長だろう! なんでそんな投げやりな」


 耐えきれないとばかりに不満を爆発させるケリオウス。

 しかしながらハリマオはさらに続けて。


「投げやりな物か、純然たる事実だ! そんなことよりも最前列気を抜くなよ! 放っておけば早々にとって食われるぞ!」


 目前の戦場を見据えながらこの戦いの結末を見る。


 彼の発言は投げやりでおおざっぱ……そしてその真意を誰にも伝えずに自己完結をする。


 それが彼の悪いところであり、無能と呼ばれる所以なのであるが。


 その言葉に一切の間違いは存在しない。


 現に、クレイオートマタとは魂をデウスエクスマキナレプリカが作り上げた土塊に憑依をさせただけの存在であり。

 

 腕をもがれようが首を撥ねられようが、土と魂、そしてマキナの魔力さえあればいくらでも再生が可能な魔物である。

 

 彼、ハリマオはそのからくりに気づいているわけではないが、人形独特の関節部の不自然な動きからあの魔物が生物ではなく人形、もしくは遠隔操作系のアンデッドの類であることを看破。


 その本質が生命活動ではなく魂の憑依であれば物理攻撃は役に立たず。


 自らが率いる3000人の兵士たちの力量や、ターンアンデッドが使用できるものの有無を思い出したのち、完全敗北を理解。


唯一生き残れる可能性が数パーセントだけある陣形を作り上げたのだ。


 もちろん口には出さず、説明もじだんだを踏むのみで終わらせてしまうのだが。


「「「「しゃあああああああああああああ!!」」」」


 独特な声を発しながら、口元から馬の肉をまき散らし走り寄る土塊の人形。


「ひぃ!? く、食われる!」


「落ち着け馬鹿もん! 土塊が肉を食うか! みろ、だらしなくだらだらと肉まき散らして、咀嚼のその字もできちゃいない! ありゃただの演出だ!! お前らに今みたいな間抜けな悲鳴を上げさせるためのな! 本質を見ろ、あれは死ぬほど丈夫で絶望的なまでに力が強い人形だ!!」


「それだけでも十分脅威なんですけれどもねえ!」


 部下を叱咤する隊長に対し、ケリオウスはやけ気味にそう叫ぶが。


「黙れケリオウス、舌を噛むぞ! お前らもだ!! 死にたくなかったら盾を構えて、ひたすらに押せえええ!!」


迫りくるオートマタ、それに対し兵士たちは渾身の力を込めて盾を構え……必死に押す。


「「「「ああああああああああああああああああああ!!」」」」


 絶叫に近い、ただの時間稼ぎ。

3000人の兵士という贅沢過ぎる素材により作られた肉の防壁は、それでも確かに魔物の進軍を押しとどめた。

 ファランクスと呼ぶにはあまりにもいびつで、お互いが密集し化け物の群れと衝突をする。 その姿は戦争と呼ぶにはあまりにも滑稽で、鉄の時代、西の国に存在した運動競技【ラグビー】を彷彿とさせる。

 

 泥臭く、そして騎士とは思えぬ戦い方ではあったものの、ハリマオの戦術は見事にこの3000人の部隊の全滅を回避したのであった。



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