唸れ、ライオン丸 邪竜を切り裂く獅子王剣!
ルールをオベロンから聞かされた時、レオンハルトは伝説の騎士の出方を注視したが、ヒューイは自らの部隊のもろさを懸念していた。
王都襲撃戦、まともに戦えたのは一部の人間だけであり、毒の霧にアタックドックのマヒ。
迷宮上層の魔物にさえも苦戦をした苦い思い出。
騎士団の装備は、クリハバタイ商店の装備に切り替えてから良質になり、防御力も攻撃力も高くなった。
しかし、それはあくまで変わらず対人のためのもの。
ましてや騎士団の戦闘訓練は魔物を想定しておらず、人間対人間との戦いしか想定をしていない。
応用をすれば、魔物の牙や爪、魔法を防ぐことはできるかもしれない。
だが、冒険者であれば当然のように備えている【状態異常】に対する対策だけは、一朝一夕で備わるものではない。
ゆえに、魂と肉体を別離させたのだ。
「お前……ここまでするか普通」
冷帯となり、自らの体を俯瞰視点で眺めながらレオンハルトはあきれたように声を漏らす。
「こうしなければ、アブラビーの呪い一つで我が軍は全滅でしたよ」
「まぁそうだが……なんとも不思議な感覚だな」
レオンハルトはボリボリと鬣を掻きながらも、近くにいたオーガの首をはねる。
魂は別離し、肉体は状態異常を受けても、死体を操っているのも同じであるため止まることはない。
さらに言えば霊体であるため視点は俯瞰視点であり、背後からの攻撃も対処が可能だ。
だというのに肉体は通常通り動き、俯瞰視点による不慣れから生じるデメリットはなく、まるで今までそうして生活をしてきたかのように剣を振るい敵を穿つことができる。
「ええ、しかし便利な分肉体の損傷や毒によるダメージは当然体に生じています。肉体が完全消滅してしまえばおそらくは死亡扱いになるでしょうが、魔物を相手にする際は、普通に戦うよりかは部隊の生存率と耐久値を飛躍的に高められます」
ヒューイの冷静な説明に、レオンハルトはやれやれと呟き。
「まったく、頼もしい部下だよ」
そう呟き、魔物の軍勢を駆逐していく。
気が付けば魔物の中央は突破され、突撃により魔物の軍勢は二つに分断される。
しかし。
「ええい!! 囲め、眷属たちよ!」
ナーガラージャは意外にもバカではなかった。
新たなタックドッグへと自らの身を寄せると、足の速い魔物達に号令をかけ、勢いの止まった王国騎士団を半ば強引だが包囲をしたのだ。
魔物の機動力と、数が倍以上と勝っているが故の戦略であったが、その行動はうまくいったようだ
「……おいおい、囲まれちまったぞ」
レオンハルトはどうするんだとヒューイに問いかけるが。
「いいえ、囲ませたんです」
ヒューイは相も変わらず余裕の表情を見せ、槍を掲げ。
「捨てろ!」
と叫ぶ。
強引な包囲が整うまでの隙に、兵士たちは馬を捨て戦場に降り立つ。
当然敵地のど真ん中で捨てられた馬たちは慌てふためき、あたりを無茶苦茶に駆け回る。
しっかりと包囲が完了していれば、暴れ馬など魔物の餌食でしかなかっただろう。
しかし、半ば強引な包囲であったが故に、暴れ馬によりゴブリンやオークたちは次々に跳ね飛ばされていった。
「ぐっ……荒らしおる。だが、馬を捨てるとは愚かな、包囲してひねりつぶして……ってむぅ!?」
混乱のさなかナーガラージャは息をのむ、この混乱に乗じて集まった兵士たちは気が付けば新たな陣形を作り上げていたからだ。
包囲されてもなお、優位性の変わらぬ陣形……少数で多人数を相手する際に、圧倒的な力を誇るその陣形の名は。
「ファランクスか……考えたなヒューイ」
かつて鉄の時代初期にあったとされる盾を用いた陣形。
突撃陣形からファランクスという円形の陣形に変更するという荒業であり、途中敵による攻撃をその身に受けることは覚悟で行わなければならない強引な陣形変更。
しかし、それも肉体と魂を別離させたが故に実現ができた。
「……肉体の損傷は馬のおかげで大きくはないですね……」
念のため、馬の魂も肉体と別離させていたため、馬たちも思ったよりも長く時間を稼いでくれた。
ファランクスは内側にいる人間が外側の状況をちゃんと確認できないという視覚的ディスアドバンテージがあるが、それも俯瞰視点を手に入れた者達には関係のない話である。
「……騎士団の力を知らしめろ!」
ヒューイの号令と同時に、盾の隙間から槍が伸び、ゴブリンの頭を貫き、足もとから伸びる槍により、ゴブリンやオークは脚の腱を切られ崩れ落ちていく。
呪いは効かず、魔物が放つ毒も一切効果がない。
しかし、魔物達もただやられるわけではない。
「うわああぁ!?」
槍を伸ばした一人の男は、オーガの肩を槍で貫くが、その槍を掴まれファランクスの陣形から引き摺りだされる。
こうなってはもはや救いはなく、魔物たちは残忍に群がりその体を一瞬にして食らいつくす。
肉体と魂が別離しているとはいえ、操る肉体が存在しなくなれば死とみなされ、
ぐちゃぐちゃに食べきられた兵士の肉体から青白い光が放たれ、迷宮の外へと飛んで行き、それに続くように、王国騎士団の人間たちも次々に魔物達に殺されていく。
だが。
「あと少しだ!! 踏ん張れお前ら!」
だからと言って騎士団の優位が変わったわけではない。
すでに王国騎士団と魔物の軍勢の数は同じぐらいにまで縮まっており、勝利は間違いないといっても過言なほど一方的な戦いとなっている。
「……ちっ、ならば我が出るしかあるまいか!」
その現状にナーガラージャは舌打ちをする。
本来であれば、魔物の部隊と王国騎士団をぶつけるだけで彼の仕事は終わっていた。
しかし、初陣とはいえ、蛇の王を自称するだけあり、ナーガラージャにとって、このまま敗北することは許しがたいことだ。
それ故に、本来であればオベロン軍と王国騎士団の戦いを見守るようにと命令されていながらも、呪いを振りまき王国騎士団へと牙を立てることを決める。
威厳ある蛇の王として、目前に塊り槍を振るい抗う者達に、凶悪かつ強大な力の差を見せつけるために。
「……しゃああああああああああああああああああああああああああ!!」
呪いを肥大化させ、そしてナーガラージャは己が持つ呪いをすべて開放する。
「なっ!?」
膨れ上がる巨体は、もはやペットとは言えずその身は八つの首を持つ黒色の蛇竜へと変貌する。
その体は下手なドラゴンの数倍は大きく、700人の軍勢で作り上げたファランクスなど首の一振りで消し飛びそうなほど凶悪にして強大。
先ほどまでのヒューイの戦いをあざ笑うかのようにナーガラージャはその真の姿を現し、ファランクスへと攻撃を仕掛けるためにその首を振るうが。
「……その的、でかくしないほうがよかったな……」
その首は、ファランクスより現れた一閃により両断される。
「……!? 貴様」
痛み、よりも蛇の王の首を切られたという不遜により、ナーガラージャは怒りを込めてそう自らの首を両断した男をにらむ。
そこに立っていたのは百獣の王。
白き鬣に白銀の鎧を身にまとい、その手には名刀ライオン丸をかまえたこの国一番の騎士。
王国騎士団長レオンハルト。
彼は目前の蛇竜に臆することもなく、魔物の群れを抜けて呪いの蛇へと真っすぐに走り剣を構える。
「この我を切ろうとするか愚か者め! 死ぬがよい!」
ナーガラージャは残った七つの首を放ち、レオンハルトを噛み殺そうと牙を立てる。
しかし。その白銀に光る正義の剣を前に、悪は全て滅びるのみ。
レオンハルトは努めて冷静に……己の正義を執行する。
「風の声よ、光の息吹よ……」
レオンハルトを巻き込み、ファランクスを押しつぶそうと走る七つの首。
それに向かいレオンハルトは獅子の顔が描かれた盾を構え。
【スキル発動……ライオンソウル!】
弾く。
「ぐぬうううおおおあぁ!?」
轟音が響き渡り、七つの首は強大な衝撃波と共に、アッパーカットを受けたかのようにその身をのけぞらせる。
最強のエルフサリアと忍のカルラのせいで、イメージがわかないかもしれないが。
レオンハルトはこの二人を除けばリルガルム一、二を争う剛腕の持ち主。
こと戦闘においての腕力はスキルを合わせれば右に出るものはいない(エルフと忍を除く)
「いっだああああぁ!?」
余りの衝撃に、ナーガラージャは思わず体をのけぞらせたまま叫ぶが。
しかし、その叫びも一時だけだ。
なぜなら、すでにレオンハルトはとどめを刺す準備を整えているから……。
「天空の満つる時に我を呼べ! 大地裂けるときに我はあり! 唸れ!ライオン丸!」
ナーガラージャに飛び掛かるように、レオンハルトは飛ぶ。
太陽虫の光を背に受け蛇竜の眼前へと現れるその姿は太陽の騎士の名にふさわしく。
その太刀筋は誰が見ても惚れ惚れするほど真っすぐであり……悪しき邪竜を文字通り真っ向から両断をした。
「獅子王剣!! 牙王!」
変わることない驚異的な切れ味を誇るその一撃。
「ぬううぁああ!? 我の出番はこれだけかあああ!」
エンシェントドラゴンでさえも両断したその一撃を、ただのペットであるナーガラージャが受け止められるはずもなく。
あえなく、ナーガラージャはこの戦いに敗北をするのであった。




