34. 炎武の使い手シオン
一瞬、何が起こったのかはわからなかった。
ただ隣を見てみると、サリアとティズ、神父でさえもがこの世の終わりを見るような表情をしていて、そこでやっと僕はシオンの魔法に巻き込まれたことに気が付く。
しかも、この火力は火炎の波や火球なんて火力じゃない……教会内全てを埋め尽くす光の塊、全てを埋め尽くす原初の炎……。
初めてみたが、それでも理解できる。
これが核撃魔法 メルトウエイブなのだ。
あぁ、そんなものをレベル3冒険者の僕が耐えられるわけもなく、僕は心の中で今は亡き父と母に思いを寄せる。
あまりにも短く、仲間に焼きころされるという空しい結末にほろりと涙が頬を伝い……。
ん?
なんで頬に涙が伝うんだ? 核撃魔法の中で焼かれているのに……涙なんて流れるまもなく蒸発するだろう……というかなんでまだ僕原型を保てているんだ?
というか、熱くすらないし……隣を見てみると、ティズやサリアも自分達の体を確認して不思議そうな表情をしている。
なぜだかわからないが、どうやら僕達はまだ燃やされていないらしい。
そんなことを考えていると、炎は消えた。
メルトウエイブの効果が終了したらしく、教会内は綺麗さっぱり……窓ガラスが割れているわけでも、教会のシャンデリアが溶解しているわけでも、壊れた木製の礼拝堂の椅子が焼け焦げた跡さえも無い。
跡さえも無いが、まるで手品か何かのように、あれだけあった死体5000が綺麗さっぱり消滅しており、律儀にも装備品等のみが床に転がっている。
「……な。 ななな、なん?」
マリオネッターは驚愕をした表情で口を開いて呆然としている。
それも当然だ、普通の魔法使いであれば経文に近い詠唱呪文を唱え、やっと一日一度放つことが可能になる究極魔法を、目前の少女は詠唱破棄―クイックスペル― で唱えるという破格の技を見せたのだから。
そして何よりも。
「あれ? えと……私達、今核の炎に巻き込まれたわよね?」
「ええ、走馬灯が見えました……」
「あ、あへ……あひへ」
「あ、ダメだおっさん気絶しちゃってるわ」
ティズも僧侶の人たちも無事のようだ。
「……貴方、一体何をしたのですか? あれだけの爆発をさせておきながら、仲間は無傷だなんて……一体どんなトリックが……」
「ふっふふふのふ! 私の名前は 炎武の使い手シオン! 炎熱魔法を極めた私にとって、焼くものの指定なんて造作も無いことだよ! 消滅させるつもりは無かったんだけど、火加減は間違えちゃった!」
自信満々ですごいんだかすごくないんだか分からないことをシオンは高らかに宣言し、杖を構える。
いや、すごいんだけどね。
「馬鹿な……クイックスペルに究極魔法……おまけに焼くものの指定ですと!? そんな馬鹿みたいな人間がどうしてこんな教会の救援に!?」
「それはね! 一人が寂しかったから!」
かわいそう。
「くっ……まともにこたえる気はありませんか……ならば」
そういい、マリオネッターは一度扉に目をやる。
「っ! シオン、奴が逃げる!」
「人形がいないマリオネッターに勝機はありません、ここは一つ――逃げ――に徹させていただきます」
そういうと、マリオネッターは床を一蹴りして教会の外へと逃亡を図る。
その速度はサリアと勝るとも劣らないほどの跳躍力であり、教会の中央から出口までの距離を一度の跳躍でゼロにする……が。
「……そこ、そろそろ時間だよ?」
扉に差し掛かった瞬間、マリオネッターの腹部付近で爆発が起きる。
「がっはぁ?!」
ただ単純の~火球~の呪文。
それが魔法発動のモーションも何もとることはなく、シオンはその魔法を発動させた。
「な……ふっ……いつの間に?」
三度地面に伏しながら、嗚咽を漏らしてマリオネッターはそう呟くと。
「メルトウエイブを放った最中だよ、爆発の音で詠唱が消えるから丁度いいんだ」
そう当たり前のようにシオンは笑う。
「遅延呪文だと……」
魔法の発動タイミングを遅らせ、罠を仕掛けるように魔法を放つことが出来るようにする魔法であり、発動のタイミングや敵の誘導を的確に行わなければ、魔力を悪戯に消費してしまうだけの無駄な呪文に成り下がってしまうというデメリットのせいで日の目をあまり浴びることの無い呪文であるが……シオンは当たり前のように敵の動きを把握し、使いこなしている。
炎のスペシャリストを自称してはいたが、その性格ゆえに侮ってはいたが……まさかここまでとは。
素直に彼女の評価を改めざるをえない。
「私の炎は、狙った獲物は逃がさないんだよ!」
「ぐっ!だったら、お前を殺すまでだ!」
ふざけたトーンのシオンに対しての、完全に虚をついたマリオネッターの攻撃。
ゾンビのような人型ではなく、今度は冒険者たちの剣が空中に浮き、一斉にシオンへと襲い掛かる。
「ソードワールド・レプリカ!!」
「サリア!」
「っだめだ! 間に合いません!」
サリアは全ての剣を叩き落そうと飛ぶが、短剣だけでは二つが限界であり、残りの刃が生命力5のシオンへと襲い掛かる。
が。
「ファイアーウオールー!」
またも詠唱破棄により現れた炎の壁がうねり、剣を包み込むように取り込み、シオンへと触れる前に全てを融解させる。
「詠唱破棄をしているというのに、一瞬で鉄を溶解させるだけの威力を誇るなんて……あの女、本当にこの筋肉エルフ並みの化け物よ」
ティズが驚愕に顎が外れてしまいそうなほどあんぐりと口を開けてその戦いを見つめている。
もはや勝負は決した。
破格の才能に、絶望的なまでの魔力量……そして生まれたときから備わっているスキル……。
その圧倒的な天才の前に、魔物は為すすべもなく消し飛ばされる運命にある。
「ばかな……この私が……マリオネッターであるこの私が、こんな小娘に……」
「ふふ、最初の魔法、私はあえて貴方を焼かなかったの、どうしてか分かる?」
戦意を喪失したマリオネッターに対し、シオンは楽しそうに口元を緩めながらそう歩み寄る。
既に月は頂上にまで上っており、マリオネッターを見下ろすシオンの表情は月光に照らされて美しくも妖しくうつる。
あの表情、どちらが悪役か分からないな……。
「貴方を殺さなかったのは、私の炎を思い知ってもらうため。 思い知ったかな?
私の炎武」
あ、怒ってる。 シオン、さっき魔法が役に立たないって言われて怒ってる。
「驕るなあああ! 人間がああああ!」
最後まで余裕の表情を崩さないシオンに対し、マリオネッターは隠し持っていたナイフでシオンの喉首を狙う。
この距離であれば、詠唱破棄といえども魔法も防御も間に合わない。
最高速度の捨て身の一撃はマリオネッターの思うよりも綺麗に決まり、このまま無防備なシオンの命を刈り取ることができたようにも思えた……が
「演劇の舞台、これにて終幕。 なーんちゃって」
その言葉と同時に、またもや光が部屋の中を包み込み、今度は同時に大きな爆発音が響き渡る。
一瞬しか見えなかったが、割れたステンドグラスから振り堕ちてきた稲妻が、一瞬にしてマリオネッターを直撃したのだ。
「むね……ん」
最後の言葉と共に、マリオネッターは気が付けば灰になっており
一瞬過ぎて、何が起こったかはまったくといっていいほどわからなかったが
「ライトニング……」
サリアの台詞から、それが稲妻~ライトニング~であるというのは簡単に予想が出来、そしてマリオネッターとの戦いはこうしてあっけなく幕を閉じたのであった。
「てれってーてー!」
あれだけの魔法を連発しておきながら、シオンは魔力反動も魔力欠乏も感じさせずに楽しそうにくるりと一回転したあとに、考えていたのだろう、勝利のポーズらしきものをとって、一人ファンファーレを口ずさんで勝利に酔いしれている。
「えと……その、皆さん、お待たせしました。 救出……成功です」
ほうけた神父に、ほうけた顔で依頼の終了を告げる僕であったが、恐らくだれも聞いていないし気にしてもいない……。
僕も含めてだが、ただそこにあるのは。
「ねえねえ! どうどう? すごいでしょー!」
目前の少女が色々とおかしい……という感想……ただそれだけであった。
◇
緊急依頼
襲撃されたクレイドル寺院を救え 結果 クリア!
サブクエスト 中にいる神父僧侶の救出 クリア!
評価 エクセレント!!
シオンは称号 色々とおかしい を手に入れた
◇