土塊の魔王軍 クレイ・オートマタ
「さて、集団戦を受け入れたからにはいろいろと問題がありますね」
オベロンが去ったのち、ため息を一つ漏らしてそう呟くサリアに、一同は頭を抱える。
そもそも僕たち冒険者が、一万人もの兵士を集められるわけがない。
「迷宮協会の陣営がざっと千人だとしても……その中で戦闘ができる人間はごく僅かでしょう……まともに戦える……ということを考えればざっと五百名程度と考えるべきです」
冷静に戦力について分析をするサリアに、僕はうぅむと唸る。
兵士が確保できなければ勝負にすらならない……すでにオベロンはこの迷宮という無尽蔵に近い魔物の精製場所にて兵力は拡充できているし、ロバート陣営には王国騎士団もいれば、冒険者ギルドだってある……。
「人も、武器も、防具も何もかもがそろっていません……傭兵を雇うにしても、一万人の傭兵を集めるというのも現実的ではありませんし、たとえ揃っても、足並みがそろわない烏合の衆では王国騎士団に勝ち目がありません」
「そんなもんが存在してりゃわけないってのよ……」
ティズの言葉に全員がうなだれ、解決策が見つからなくなる。
当然か……一冒険者にとって、軍団など本来あるものではない―――サリアが作ろうとしているのは知っているが―――
「マスターの意志を尊重し、作成の優先度を遅らせていましたが、やはりマスターの素晴らしさをたたえる団体を作り上げるべきでした……」
「サリアさん、どさくさに紛れて新しい教団を作る口実にしないように……」
「ちぇ……」
油断も隙もないとはこのことだ。
「ちょっと、まじめに考えなさいよどうするか!」
「考えるって言ってもー、一週間で1万人の訓練された兵士をつくりだすなんて物理的に不可能だよー……考えたところでどうしようもないよー」
「ぐぬぬ、じゃあどうするのよ。諦めるっていうの?」
「し……少数精鋭でなんとか勝利する作戦をた、立てるのが現実的かと思います……」
「だからって相手は合計2万の軍勢だ、【将軍】である僕たちの力は分かっているはずだから、どこの軍勢も真っ先に僕たちを牽制に来るはず……ましてやリルガルム側にはロバートにアルフもいるんだ……とてもじゃないが兵士の面倒を見ている余裕はないと思うよ」
「……化け物四重奏も、本物の化け物の前には周りに気を使ってはられないってことね……」
ティズは苦虫をかみつぶしたような表情をしながらも、一同はさらに頭を悩ませる。
正直、今のままではまともな勝負にすらならないだろう……。
そう、いきなり壁に直面した僕たちが頭を悩ませていると。
「我が主、ウイル……お困りのようでございますね」
聞き覚えのある、良く通る美声……。
その声に僕はふと後ろを振り返ると。
そこには、クークラックスにて僕たちの手助けをしてくれたエルダーリッチ―、ローハンの姿があった。
「ローハン! 一体どうして?」
乾いた肌に、崩れ落ちた皮膚、ボロボロのローブのローハンはそんな驚愕の声を上げる僕に対して仰々しく一礼をすると、口元を緩める。
「……お困りとあらば即参上。 魔王さまの参謀、ローハン誠に勝手ながら参上いたしました」
「……む、むう! そ、その神出鬼没属性は私の特権なんですけどローハンさん!」
そんな登場の仕方が気に食わなかったのか、カルラは対抗心を燃やすようにローハンに珍しくかみつく。
「これはしたり……申しわけございませんカルラさま……これからは登場時はゆっくりと現れるようにいたします……影より突如として現れるのはあなた様の役割でございました」
理不尽な抗議にも大人な対応を見せるローハン。
元魔王の配下であったというエルダーリッチ―である彼であったが、先代魔王の予言により、クークラックスでのひと騒動ののち正式に僕の部下となった。
性格は誠実かつ実直。よこしまな欲望が死体に憑依したものがリッチーというのが魔物研究家の間では通説であるが、彼と一時間でも一緒にいればその学説が誤りであったことをすぐに理解ができるだろう。
まぁしかし、魔王となったとはいえ、エルダーリッチ―をリルガルムに連れて行けば大問題になることは目に見えており、同時にクークラックスの動向を見守るものが欲しかった僕たちは、新たな仲間のローハンにクークラックスの管理を任せ、ローハンは大喜びでその大役を請け負ってくれた……のだが。
「ついてきちゃったのかい? クークラックスは?」
彼がここにいるということは、僕たちのすぐあとにリルガルムに到着をしたということだ。
「……ご安心くだされ魔王さま……クークラックスは黒騎士隊に任せております。
いざとなれば、マキナ殿が置いていったゴーレムもありますゆえ、数週間不在にするぐらいならば問題はありませんでしょう。魔王の恐怖を植え付けられた直後でもありますし」
「いやまあそうなんだけど、あんた部下になってから速攻職務放棄って、部下としてどうなのよ」
ティズの辛辣な一撃に、ローハンの表情がゆがむ。怒りではなく戸惑いだろう……どうやらここにはせ参じるのに、彼も彼なりの葛藤があったことはうかがえた。
「……そ、それはおっしゃる通りでございますが……その、け、結果オーライだからよいではございませんかティズ様……」
「でもねぇ」
「は、はわわ……」
魔物と対局に位置する妖精……だからだろうか、ティズがなにやら小姑のようになっており、ローハンの魔王よりも魔王らしい顔が困惑と焦りに染まる……。
「こらこら、あまりいじめてあげないでよティズ。ローハンも相当葛藤があったみたいだし……ありがとう、その忠誠心に心から感謝するよローハン」
「魔王さま……恐悦至極にございます!!」
ローハンの表情が一気に明るくなる……なんだろう、見た目が見た目なせいで怖い人かと思ったけれども、生前は相当表情豊かな人間であったことは容易にうかがえた。
「それでローハン。 なにやら打開策があるかのような登場の仕方でしたが、何か策があるのですか?」
サリアの言葉に、ローハンは一つ咳ばらいをし。
「ええ、日中体に大やけどを負いながらもダークホースにのってはせ参じた甲斐がございました。 我がユニークスキル【軍隊作成】【大群操作】があれば、一万の兵士を作るのは可能でございましょう」
「でも、死体はどうするのー? シンプソンの寺院の地下に打ち捨てられてた死体ならそれぐらいあったけど……全部燃やしちゃったよー?」
「それに、一応リルガルム中に戦いの様子は中継されるみたいなんだ……そうだとすると死体を操るのはちょっと……」
僕はそう口ごもると、ローハンは首をふる。
「さすがに私もゲームで死体を使うことはしませんよ、少しばかり無粋でもありますからね」
「じゃあどうすんのよ? 死体を操らないリッチーなんてそれこそ干からびたミイラよ?」
「えぇ、ですが操るのは何も死体でなくても構いません、我がユニークスキルは人形であったとしても問題はないのです」
「人形……というと」
「そう!ここでマキナの出番だな!!」
話の途中、どこかに隠れでもしていたのか、ひょっこりとエルダーリッチ―の後ろからマキナが姿を現す。
「あれ? マキナ帰ってきたのかい? リューキ達は?」
ロバートの王城に召喚された際に、マキナはリューキ達に預けていたのだが。
「……ちゃんといるぜウィル。まぁなんだ、ずーいぶんと面倒くさいことに巻き込まれちまってるみてーだなぁ」
それに続くようにリューキ、エリシア、そしてフットの三人が顔をのぞかせる。
「……三人とも、もしかして全部知っちゃったのかい?」
「まぁ、詳しいことまでは聞き流してたけど、とりあえずいつも通り災難に巻き込まれてるってところまでは聞いてるぜ?」
「大戦争するんだってな!おもしろそーだぞ! マキナもやる!マキナもやるー!」
「ちゅーわけで、俺たちも参戦させてもらうぜ? まぁ手伝うって言っても、スロウリーオールスターズみたいな化け物相手にできるほど強くはねーけどな」
にこりと笑うリューキ。
「古今東西どこを探しても、魔王と手を組む勇者なんてあんただけよね」
それに対しエリシアはわざとらしくあきれたようなセリフをつぶやくが、その表情は満面の笑みで、協力する気は満々らしい。
「……ここで手を組まぬ道理もなし……」
フットも同じ意見のようで、自分の胸をたたいて鼻息を鳴らす。
「みんな……」
心強い仲間に、僕は目頭が熱くなる。
先の戦いで、リューキの一対多数での強さは証明されているし、フッドの罠にエリシアの魔法……そしてローハンの知恵があれば、軍対軍の戦いは完全に任せても問題ないだろう。
しかし。
「で、でも、肝心の軍隊は、どうやって作るんですか?」
水を差してごめんなさいと謝るようにおどけながら、カルラはマキナとローハンにそう問うと。
「おぉ! そこは任せるといいぞカルラおねーちゃん!マキナはなんたって造形の神だからな! 動かすところまで行くとそんなに数は作れないけど、人形を作るだけなら1万ぐらいちょろいちょろいー!詠唱さえも必要ないもんね! というわけでちょいやー!」
マキナはそう、右手を天高く―――それでもリューキの胸あたりまでだが―――かざすと、稲妻が手から走り同時に原っぱの土が盛り上がっていき、まるで土より人が生まれるかのように大量の人型が現れる。
「……すごい……でも、人形だけじゃただのカカシ……」
そうエリシアが言うと、ローハンはマントを翻し。
「ええ、ですが入れ物さえあれば、そこに魂を宿らせることはたやすい……なにせ、私の中には私に挑み敗れた数百万の魂が眠っているわけですからね……」
同時に自らの体から無数の魂のような焔を飛ばし、すべての人形に宿らせる。
と。
【—――――!!】
棒立ち状態で作られた土の人形たちが一斉に動き出し、胸に手をかざし僕の前に跪く。
その動きには一切の乱れはなく、まるで統率のとれた熟練の兵士団のよう。
「……こ、っこれは」
「我が魂1万のなかでも、魔王さまに忠誠を誓った兵団の魂です……その力はあなた様のために、最後の一兵になったとしても付き従い剣を振るうでしょう……」
「ちなみに、当然土くれから生まれたばっかりだから全員レベル一だぞ、すごいぞ、かっこいいぞ!!」
マキナとローハンは興奮気味にそう語り、僕たちは口を開けたままその壮観な光景を眺める。
「……ほんと、お前の仲間って化け物だらけだよな……。一万の兵士が物の一分で完成か」
「……体も土でできているから、魔法の耐性も高いし……何より土だから防御力も高い……動きは遅くなるでしょうけど……そこは熟練の兵士の魂がそれぞれカバーするでしょうね」
「ご明察ですよエリシア様……土より生まれいでし歴戦の英雄たち。コストゼロ、維持費ゼロ……運ぶ必要も何もないから奇襲にも迫撃にも最適! これぞ我が魔王さまの究極兵団……【土塊の自動人形】でございます!」
まるで、かつての魔王に思いをはせるかのように、役者のように語りながらローハンは語り、僕たちはその様子に高鳴りを覚える。
魔王の兵団にそれを操る軍師、最強の仲間たち……そして転生勇者に神様―――のレプリカ―――僕たちの前に、確実に力が集まっている。
「……いけるわ、いけるわよウイル!」
ティズは興奮気味にそう語り、僕もひとつ額に汗を流しながらティズの言葉にうなずく。
今まで紡いできた絆は今ここに形となり……こうして歴史上最強とうたわれた英雄達、そして神様さえも相手取り勝利を収めようとしている。
ゲームとはいえ、これに勝る興奮などあるはずもなく……僕は知らずのうちに拳を握りしめる。
「……この勝負、僕たちが勝つ……」
そんな僕の決意に……その場にいた誰もが―――オートマタも含め―――その場で手を天にかざし、ともに必勝の誓いを立てるのであった。