魔王城 フォースオブウイル
【リルガルムの迷宮跡】
妖精王オベロンのワールドスキルの影響か、以前はそこにぽっかりと空いていたはずの大穴は消え、深淵へと至る魔界への入口はただの変哲のない荒地へと姿を変えていた。
まるで幾年月をほったらかしにされていたかのように生い茂るススキの草は、迷宮に入り浸り、あちらこちらをてんやわんやで駆け抜けてきた僕たちに、左右に首を振ってあきれているようにも見える。
まるでそう、【もう秋なんだよ】なんて言っているかのようだ。
「本当に、跡形もないですね」
「跡形もというか、本当に最初から迷宮なんかなかったものとして世界が書き換えられてるよー……」
ワールドスキルの影響なのか、恐ろしいことにこの光景に僕たちはまったくもって違和感を感じていない。
記憶として、知識としてここに迷宮があり冒険をしてきたことがわかりはするが……しかし、実感もなく、その記憶のほうこそ改ざんされたものなのではないかと、気を抜けば思ってしまう。
現に、ここにメイズイーターの力を有しているにも関わらず……だ。
「……よくもまあ、アンドリューのやつもあっさりしてやられたもんね……」
「そ、そうですね……世界を滅ぼす存在なのに……こんなにあっさりやられちゃうなんて」
「まぁ、悪役の最後なんてこんなものですよマスター」
「そうそう……そんなことよりも! ちゃんと準備してきたウイル!?」
感傷に浸っていた僕たちの目を覚ますように、ティズは一度迷宮の話を切り上げ、サリアが手に持っていた紙の筒を奪い取ると、僕の前で広げて突きつける。
「これよこれ! これぜーんぶ再現するんだからね!」
そこには、羽ペンや色付きのペンで所狭しに書き連ねられた設計図。
羊皮紙の余白がなくなるほどに文字やめちゃくちゃな図が描画されたその世界の終末のような絵は、僕たちの新居になる家のイメージであり、ティズたちは期待に胸を膨らませながら、その羊皮紙の後ろから僕たちに迫りよる。
「ちゃんと!さくらんぼ農園を作るのよ!?」
「地下闘技場を!」
「ひ、秘密の隠し通路!」
「実験室と~、呪い研究所と―!」
「わかった、わかったからちゃんと覚えてるよ」
カエルの合唱のように、自らの部屋の要望を押し付けてくるサリアたちに、僕は一度ストップをかけ、目を皿のようにしてその設計図を受け取って再度見やる。
最後に見た時よりも余白が少なくなっており、一番最初の行にはタイトルで【バックボーン】
なんてものが書かれている。
まだ生まれてもいないのにバックボーンをつけてどうするんだろう。
しかも、見取り図等は当然のことながら書いてあるわけがなく。
外観とギミックの要望だけがその羊皮紙には肥大化してあふれだしそうになっていた。
「はぁ……とりあえず外側だけ……大きさはどれぐらい?」
「リルガルム城ぐらいでいいのではないですか? 控えめに」
「控えめって言葉をサリアはいしのなかにでもおいてきたの?」
「何を言うのですかマスター!? 一国の主があの居城を築くのであれば、世を救う魔王たるマスターならば、この王都リルガルムをも超える巨大な城を作らずしてどうするというのですか!?ですが、まだイメージがつかめないというので、リルガルム城くらいの大きさからスタートするようにと進言したのです!私としては天空の城ぐらいにはしてもいいと思ってるんですからね!」
「天空の城か~、厚い雲に隠れるように現れる漆黒の城現れし時、世界が滅ぶ~」
滅ぼしてどうするのシオンさん……。
「……なるほど、空見張りの鷹や、龍は雲の中……高度10000メートルより上にはやってこれません。こちらにはシオンちゃんにマキナさん、それにウイル君がいますので……誰にも気づかれることなく上空より急襲……および相手の反撃を受ける心配もない上空から一方的に相手を空爆することが可能です」
「これぞ新世代の戦争の形、戦略爆撃型核魔法搭載移動要塞・メイズギアの誕生なのね」
「戦争は変わったのです……」
「君たちなんでノリノリでこれを使って戦争をしようとしているのかな!?一応言っておくけど君たちの家だからね!? というか最近なんだかみんな世界征服だとかに前向きな気がするんですけど気のせいですかね!?」
「何をいまさら、そうそうありませんよ? 世界に喧嘩を売る機会なんて、せっかく魔王のパーティーになったのですから、魔王軍ライフを楽しまないと」
サリアさんがいつになくノリノリだー!?
「空から一方的に人がごみのようになるまで焼き続ければいいんでしょー!」
「戦場こそ忍の晴れ舞台ですので……あ、陰に潜むんですけどね」
とうとうカルラまで余計なところで気合を入れだす始末。
「まったくもう、少しばかり血の気が多いよ君たちは」
そんな様子に僕は少しだけあきれながらも、とりあえずもそんな妄想も拠点が出来上がらなければ意味がないため、意識を集中させてメイズイーターを起動する。
「……メイク!」
いつものように柱を生み出すのではなく、イメージは生い茂る草木。
一度に形を形成するのではイメージを保てない可能性があるため、僕は設計図とにらめっこをしながら、少しずつ壁を変形させては、分離させたりくっつけたりを繰り返し、ゆっくりと自らの暮らす家を形成していく。
「もう、ここまでくると壁じゃないわよね」
「……ええ、ですがここまで自由に迷宮の壁を操れるということは……それだけ完成に近づいているということでしょう」
集中をしている中も、サリアとティズの会話が聞こえてくる。
それは僕の身を案じているような言葉であり……。
僕はその力に、生まれて初めて恐怖を覚えた。
壊すだけだった力、次に好きな場所に壁を移動させ……形を変え、性質を変形させ……今では分離や融合も容易にできている……。
メイズマスターは自在に自分の迷宮を作ることができる存在……。
今作っているこの城と、アンドリューの地下迷宮……一体何が違うというのか。
そう思うと僕は少しだけ、心のうちに黒いものが落ちるが。
「アンタ、まだわかってないの?」
「?」
「……ウイルはすごいのよ!メイズマスターなんてそんなちっぽけなものに、とらわれるわけないんだから!あんたも知ってるはずよ!わ・た・し・のウイルに不可能なんてないんだから」
「……そうでしたね、その通りです。この世で、マスターを超えられるものなど、存在しないのですから……」
「……」
聞こえているのか、それとも僕に聞こえる様に話しているのか……どちらでもいいがとりあえず。
僕はその言葉に口角を少しだけあげて、一気に残った部分を形成する。
決して破壊されない不滅の居城……迷宮の壁で作られた要塞。
魔王城・フォースオブウイル。
僕たちの新しい家であり、拠点の完成である。
◇




