33.寺院は核の炎に包まれた
「くそっ! くそっ!? 来るな、来るなああああ!」
僧侶達も必死に悲鳴に近い声を上げながらメイスを振り回しゾンビたちを牽制するが、そもそも死体である彼らにはそんな牽制が通じるわけも無く、ただただメイスを振り回しながら中央に向かって後退しているだけになっている。
「不味いですマスター……奴ら、知恵をつけています」
サリアは予想外だといわんばかりにそう言葉を漏らす。
周りを見回すと、ただ単に一方向から突入してくるのではなく、僕達を包囲するようにゾンビたちは隊列を組み僕達に少しずつ円を狭めるように近づいてくる。
一方向からの突入ならば、一点集中で敵を切り続ければ対処が出来るが、囲まれてしまってはどこを切ったとしても突破口は開かない。
群であると侮っていた相手が、軍となって僕達に牙を剥いている。
「ああああ!? どうすんの! 死んじゃうよ、死にたくないよ助けてよ!」
「黙れ神父!」
わめく神父にティズがチョップをかますが、状況は好転しない。
「っく……一体どうなっているんだこのゾンビは」
サリアは悪態をつくように目前の異常なゾンビたちに向かい言葉を吐く。
「ちょっとあんた達、何か弱点とかわかんないの?」
ティズが半泣き状態でそう僕達にわめき散らすが。
「……何か、何かが引っかかります」
サリアは苦虫を噛み潰すように、狭まる円に向かい剣を構えて後ずさる。
「……何かって?」
気が付けば、声量を上げなくとも問題なくサリアの声が聞こえるほど追い込まれてきてしまっている。
状況は絶望的、だがそんな中でもサリアが解決の糸口を握っている。 そんな気がしたので僕はサリアの言葉の続きを促す。
「……ええ。 頭を潰されても死なず、ターンアンデットも効かないゾンビ……擬態生物でものろいの類でもない……これは間違いなく新種のゾンビであることには間違いも無いのですが」
「わわわわわ!? そ、それ私の服~!? 食べものじゃないよー」
「シオン!!」
シオンの衣服をつかみ、咀嚼を始めたゾンビに対して僕は刃を振るい、シオンの服を救出する……。
しかし、その状況下でもサリアは淡々と考察を続ける。
「ゾンビが隊列を組めるのならば、もっと早い段階で隊列を組んで僧侶達を皆殺しにすることが出来たはずです……それなのに、奴らは先程まで、それも誘い精霊を発動するまでの間、知能レベルが低いゾンビと同じように外を徘徊していました。 だというのに、誘い精霊を放った瞬間、ゾンビたちはそちらには目もくれず、私達に襲い掛かり、そして現在隊列行動を組んで私達を強襲しています」
「そんな現状報告いらないから早くゾンビを切ってよあんたたち!」
「つまりサリアは……行動が言い訳がましいって言いたいわけだね?」
「むしですかー!? 神父のこと無視ですかー?」
「うるっさい馬鹿神父! 役立たずがあんまり吼えてると、ゾンビの群れに投げ込むわよ!」
「ひっ!?」
ティズと神父の会話は聞こえて来ていたが、僕は有意義だと判断したサリアの話を聞くことにする。
「……そうです。 ゾンビが隊列を組み始めたのも、私達が誘い精霊の説明をした後だ」
サリアは頭を悩ませながら迫るゾンビを切り伏せていく。
ここまでくれば誰でも答えはわかる。
そもそも、認識阻害の魔法がかけられているはずの誘い精霊を使用したのに、庭園の奥にいたゾンビたちも一斉に僕達の方向へ走ってきた時点で気付くべきだった。
誘い精霊に引き寄せられない魔物は、人間並みの知力を有する魔物のみ。
仮に、隊列行動をとったことがゾンビたちが人間並みの知能を有しているという証明となるならば、誘い精霊に引き寄せられない説明にはなる。
だがそれだけでは認識阻害の魔法を見破り僕達を発見した理由にはならないし、説明が付かない。
シオンが大声で叫んだとしても、これだけ広い庭園の奥まで声が届くとは到底思えない。
となれば、ここは一旦ゾンビに知能があるかは捨て置き、基本に帰るべきだ。
本来、ゾンビが隊列行動を取る場合というのは誰かが死体を操っている場合だ。
もし仮に、このゾンビたちを操るものがいて、それが僕達を監視しながらゾンビを操っていたとしたら……。 誘い精霊を無視できるのも、認識阻害の魔法を見破るのも説明が付く。
ゾンビが急に隊列行動を取り始めたのも、自らの存在がばれないように、隊列行動が出来るほどの知性を有することをアピールする目的があったと考えれば納得がいくし、全ての行動に説明が付く。
「くっ……」
ゾンビがにじり寄り、もはや敵方もこちらへ飛び掛るタイミングをうかがっているだけの様子である。
一瞬でも気を抜けば恐らくそのままゾンビの餌食になるということはその場にいた全員が認識し、サリアも今の状況を打破する良案が思い浮かばないのか、頬に汗を一筋伝わせる。
考えろ……考えるんだ。 今回の襲撃の犯人を。
アンデットを操るのはネクロマンサーであり、確かにネクロマンサーであれば此度の襲撃は可能である。
だが、問題なのはなぜターンアンデットも効かず、頭を潰しても動き続けるのか。
アンデットは脳を基点にして一時的に生命を得る魔法か憑依の産物だ、そのアンデットが魔法や憑依を解かれ、そして基点となる脳を破壊されて立っていることは理論上不可能である。
頭を潰されて動くことが可能になどなったとしても、それはもはや手と足だけを何かの方法で動かしているだけに過ぎないだろう。
「ん?」
手と足を、無理矢理動かしているだけ? そういえばさっき、シオンが何かを言っていたような。
「シオン!」
「は、はい!?」
「ど、どうしたのよ急に大声出してウイル! ってああ!もしかしてアンタ!? この絶体絶命のピンチにこの爆発娘に最後の告白をするつもりじゃ! 天然か! 天然にやられたのか!」
「突っ込みどころ満載だけど今はそれどころじゃないからスルーだティズ! シオン、君さっき教会に入る前にすっころんでたけど何でころんだの!?」
「ちょ! なんでここでその話蒸し返すのー!? だから言ったでしょ、糸が足に絡まったんだってー」
「糸……」
疑問が確信に変わる。
「サリア! マリオネッターだ!!」
その言葉に、一瞬ゾンビたちの隊列が乱れ、動きが止まる。
それが答えだった。
「マリオネッター……そういうことか!!」
僕の突然の怒号に、この騒動の主は一瞬動揺したのだろう、今まで完全な影に徹し、サリアにさえも気取られずにいた潜伏者は、ほんの一瞬足を踏み外し、天上にほんの小さな――されど決定的な――
足音を発生させる。
「そこか!!」
そして、サリアがその決定的な気配を見落とすこともなく、音の気配の方向、寺院天井の梁へと刃を投擲する。
「ぎゃあっ!?」
今までに聞いたこともない声が梁の上から響き、寺院内に木霊しながら人型の何かが落下してくる。
と同時に、周りを包囲していた死体たちは、みな音を立てて一斉に崩れ落ち、響き渡っていたゾンビたちの声も同時に停止をした。
「なっ え? 何このおっさん! どこにいたの!」
シオンは突然現れたマリオネッターに素っ頓狂な声を上げる。
「これが、今回の騒動の犯人、マリオネッターだよ」
落下し、足から血を流し寺院の床に倒れふしもがくシルクハット帽を頭に縫いつけた姿の男……。 その姿は人型でありながら、あちらこちらに縫い目があり、肌の色はつぎはぎのように青や赤の肌が青白い肌にアップリケのように混ざっている。
一目で、魔物だと分かる、そんな異形な容貌をしていた。
「ぐっ……貴様ら、人間ごときに」
深手を負わすことは出来なかったようで、マリオネッターはフラフラと立ち上がり僕らをその瞳孔のない白い目でにらむ。
「これがゾンビ騒動の犯人ってわけね」
「そういうことだね」
マリオネッターは魔法で練られた糸を使用し、武器や魔物、人形を操作し敵を襲う迷宮の魔物である。 その知能は人間を越える種も存在する、第七階層に存在する魔物だ。
つまり、目前に倒れている死体はアンデットでも魔物でもない……唯の死体だったのだ。
そしてこいつは、恐らくこの騒動が始まる前からこの教会内に侵入していたのだろう、僕達の脱出作戦やら何やらをこの場所のどこかで高みの見物をしていたのだ……。
「この私に手傷を負わせるとは……なぜ気が付いたのです?」
怒りの表情を押さえ込みながら、マリオネッターは小さく紳士的な一礼を見せた後そう小さく呟くように僕達にそう質問を投げかける。
「なるほどね、ご丁寧にゾンビの声まで音真似の魔法の重ねがけで演出してたなんて……だけど、頭を潰されて動くのはやっぱりやりすぎだよ」
「ふふ、新種のアンデット……という演出をやってみたのですが、やはりすぐにそこから種が割れてしまいましたか、やはりパニックホラーの演出は難しい」
口元を緩ませるマリオネッターだったが、瞳は笑っておらず、殺気がどんどんとこちらに流れ込んでくる。
「手足、胴体を両断されたら糸を切り離して使い捨てていたのは、ばれないためか?」
「空中に少しでも浮いたら恐らくばれると思いまして、結構気を遣ってはいたのですが」
「……アホな神父は騙せてもねえ、わ・た・し・の、ウイルはごまかせないのよ!」
「ええ、ですが死体を操ることがある程度のレベルの人間には通用するということが分かりましたので……私としてはそれだけでもいい報告が出来そうです……そうですね、いうなれば実験成功というやつですか」
「実験……死者をもて遊び、多大な被害をだしてそれを実験とのたまうか貴様!」
「強欲の対価としては十分すぎると思いますがねぇ。そも、この事件はそこの神父が日々毎日を清らかに、そして正しく生きていれば起きなかったことです……違いますか?」
「減らず口を!」
サリアはもはや問答は無用と判断したのか、短剣をもってマリオネッターに切りかかる。
ロングソードとは異なり、攻撃力は劣るが、マスタークラスの冒険者の身体能力を持ってすれば、戦闘能力に乏しいマリオネッター程度は余裕で打ち倒せるはずだ。
しかし。
「まだ、私の糸は繋がっているということをお忘れではありませんか?」
ゾンビ……ではなくマリオネッターの操る死体が数体突然に起き上がり、サリアの攻撃を盾になるように防ぐ。
「ぐっ!」
サリアは短剣でゾンビの体を切り裂くも、 もはや隠す必要もないとマリオネッターは両断された死体の上半身を宙に浮かせたまま操作をする。
「先の一撃で私を倒せなかったのが運の尽きという奴ですね。ゾンビの演技をさせる必要がなくなったのであれば、もはや剣だけではこの死体どもは打ち倒せません! まあ仮に、そこの魔法使いが魔法を使えたからといって、この数の前には塵芥も当然! 魔法など、数の前には役にも立たないのですよ! 一気に止めと行こうじゃありませんか! 私に手傷を負わせたあなたは簡単には死なせませんよ!! なぶってなぶって、全身を切り刻んでから剥製にしてあげましょう!」
「くっ……」
サリアは短剣を構えるも、先程まで倒したと思っていた死体までもが全員起き上がり、僕達に向かって進軍を始める。
もはやどうにもならない、チェックメイトとなったこの状況。
「行けぇ!!」
神父やティズの顔には絶望の色が濃く表れ、その表情に満足したかのようにマリオネッターは最後の命令を死体たちに下すが。
「あ、魔法戻ったよ~」
シオンの呑気な言葉と杖が教会の床を叩く乾いた音と共に、僕達の目の前が一気に炎に包まれる。
クレイドル暦XXXX年 寺院は、核の炎に包まれた。




