再開のアルフ
「ところで、フェアリーゲームって何なんだろうね」
その後、王に剣を向けたにも関わらず、ロバートは僕たちの行動を大事にはせず、半ばあきらめの表情のままフェアリーゲームを受け入れた。
僕たちは一時帰宅という運びとなり、そういえば家を失っていたという嫌な思い出を思い出しながらも、仕方なく一足先に待っているはずのシンプソンがいるクレイドル教会リルガルム支部へと向かうなか、僕はふと疑問に思い、隣を歩くサリアに問いかける。
「何も知らずに受けたのですかマスター!?」
「とりあえず、勝者が敗者に好きなことさせられるってところは魅力的だったから」
「賭け事とかだったらいいねぇ、ウイル君絶対負けるわけないし」
伊達に運の能力値が限界突破をしているわけではない。
ポーカーをすれば三回に一回はロイヤルストレートフラッシュを出せるぐらいには僕は運がいい……それほどの強運をいつの間にか成長によって身に着けてしまっていた。
「……平和だと、いいんですけど……なんだかあの王様の言い草だと荒事になりそうです……命じてくだされば……その、偵察にも赴きますよ? ウイル君」
カルラはぼそりとそうつぶやく。
確かにこれが戦争のような大合戦だったら、カルラの出番なのかもしれない。
相手の戦況や戦略を知ることができればそれだけ僕たちが有利にことを運ぶことができるのだから。
だが。
「いやそれは今回はやめておこうカルラ……あくまであちらがゲームと言っている以上、正々堂々を貫いた方がいい……」
「でもでもー負けるのは悔しいよー」
「君たちがいればまず負けることはないだろう? 魔法のスペシャリストに、最強の騎士、それに、無敵の護衛がいるんだから」
「……マスター……」
にこりと笑顔を向ける三人は、照れるように頬を赤らめてはにかむ。
そう、これだけの布陣がそろっていて、たかがゲームに負けるはずがない。
それに、このゲームはどう転んだところで……僕たちに不利益などないのだから。
「フェアリーゲームを甘く見ちゃだめよ、ウイル」
ふと、珍しくしおれるように隣でうなだれていたティズは、ぽつりとそうつぶやく。
どうやらフェアリーゲームのことを知っているらしく、その表情は浮かない。
「どういうことだいティズ?」
「基本フェアリーゲームは、人間界で言うところの決闘を意味するわ。 要は血が流れる行事なの」
「それこそロバートやオベロンはかわいそうだねー……サリアちゃんに無限の彼方まで吹き飛ばされるか、カルランにいろんなところをねじ切られるかしかないんだから」
「そこは大丈夫よ、あくまでこれはゲームだから、死人は出ないわ」
「というと?」
「オベロンのもつワールドスキルはルールの改変。つまりはこの世の理を自分の都合のいいものに書き換えることができるスキル。 だから、彼のルールですべてが進む。 だからこそフェアリーゲームでは、殺された人間はゲームからリタイアするだけで、死ぬことはないわ」
「平和的でいいではないですか? しかしその発言からするとやはり荒事と言うことでしょうかね?」
「そうね、基本的にはフェアリーゲームは色々と種類があるんだけれども……ロバートを巻き込むとなるとやるゲームは限られてくる……恐らくあいつのことだから、一番盛り上がって派手なものを選ぶでしょうし……あぁ、そうなると私たちは少しだけ……いや、恐ろしい程不利になるわ」
「それはどういう……」
僕はその言葉に首を傾げて問いかけようとすると。
「まったく、しばらく見ねえ間に随分とたくましくなったんじゃねえか? ウイル」
道端で懐かしいしゃがれた声が響き渡り、僕はその声に反射的に振り向くと。
「よう、お疲れさん……元気そうで何よりだ、ウイル」
「アルフ」
そこには、毛むくじゃらな髭を蓄え、ばつが悪そうな表情をしつつもあくまでいつものようなトーンで僕たちに笑いかけるアルフの姿があった。
「……久しぶりですねアルフ」
サリアは一度アルフの腕を見やり、その後苦笑を漏らして肩をすくめ、カルラは怯えるように僕の後ろに隠れる。
「はははっ……随分と嫌われちまったな……まぁ無理もないんだが」
「そりゃぁねえ、あんなことをすれば誰だって怖がるよークマさん」
「……ちげえねえ……だがその様子を見ると、どうやらお前が正しかったみたいだな」
アルフは申し訳なさそうな表情をしている。
恐らくずっと彼はこのことで悩んでいたのだろうということがうかがえた。
「そんなに気にしないでいいよアルフ……君だって、色々と事情があったんだから……板挟みにあって大変だっただろう?」
「中途半端にいいやつぶってるからそうなるんだろうな……ざまあねえや」
力なく笑うアルフ、その声にはどこか覇気がない。
「ところでアルフは、今帰り?」
「ああ、そうだな。 これからロバートの所にでもよってから、お前らに詫びも込めて酒でも驕ろうと思ってたところなんだが」
きょとんとした様子のアルフ、どうやらロバートの王城で起こったことや、迷宮がオベロンの手によって消滅したことは知らないようだ。
顔を見合わせる僕たちに対し、アルフも何かを感じ取ったのか。
「また何か面倒ごとか?」
と心配そうに眉を顰める……。
正直、ここで僕たちはごまかすこともできた。
もし、アルフが僕たちを殺そうと本気で動いていたのだとしたら……そう思うと、少しだけ恐怖感が僕の心の内を締め付けるのだが。
それでも……僕はアルフを信じたい……だからこそ。
「……全部聞いたよ……メイズエンドシステムのことを」
「!?」
その言葉に、アルフは目を見開き、その額に大量の汗を流す。
動揺していることは明らかであり、僕たちの視線から一瞬逃げようと目を泳がせる。
だが。
「………………」
どんな葛藤があったのかはわからないし……もしかしたらこの一月の間に、そのことの整理をしていたのかもしれないが。
アルフの動揺はその一瞬だけであり。
その次の言葉に。
「そうか……聞いちまったのか」
そう、全てを肯定する言葉をつないでくれた。
「……すべて知っていたのですね」
「言い訳はしない……ただ、お前がメイズイーターだと知ったのは本当に、迷宮三階層でのあの時だ……お前じゃ無けりゃいいって……ずっと思っていたんだがな」
アルフの言葉は明確な裏切りだった。そしてアルフの答えは、ルーシーの言葉の嘘をも肯定する結果となり。
結局ぼくたちは、スロウリーオールスターズに謀られていたのだ。
「少し……聞いてもいいかな? ロバートは何も教えてくれなかったからね」
「……酒でも飲もうか……酒場はどこも空いてるはずだ」
しんみりと、どこか懺悔をするような絞り出すような声。
そんな今にも泣きだしそうなアルフの震える言葉に、彼を糾弾しようと声を上げるものなどなく。
僕たちは一つうなずくと……皆でエンキドゥの酒場へと歩いていくのであった。