326. 妖精王・オベロン
「こちらです、ウイル殿」
レオンハルトに連れられ、僕たちは旅の疲れをいやす間もなく王城へと連れて行かれる。
謁見の道を速足で僕たちは全員で歩き、いつものように赤いじゅうたんの柔らかい感触を楽しむ暇もなく、せわしなく働く官僚たちを突き飛ばすようにレオンハルトはらしくなく乱暴に道を突き進む。
「何なのよ何なのよレオンハルト!? あたしたち旅先でもんのすごく面倒くさい目にあってもんのすごい疲れてんの! そこんとこわかってるの?」
「はっ……承知のうえでの行動でございます」
余裕のないその言葉に、僕はこの街に到来した問題ごとがシャレにならない問題ごとであることを悟った。
「分かったよレオンハルト……だけど、何が起こったかぐらいは話してくれてもいいんじゃないか?」
「……そうしたいのはやまやまなのですが、いかんせんこの状況を口伝するのは至難の業でして……見ていただくのが一番と判断し、沈黙を貫いておりました」
「むぅ……なら仕方ないけど」
一体何が……不安は募る一方であり、僕は隣で殺気立つサリアに目を向ける。
彼女も、これがとてつもない面倒ごとであることを察しているらしく、腰にある朧狼に手を添えていることから、僕も気を引き締める。
「ほあー、ずーい分と立派な建物だねぇウイル君」
「そっか、シオンは初めてだったよね」
そんな中、呑気な声を上げるシオンに僕はそういうと。
「こことここに隠し通路があって、あと、狭いんですけどあそことあそこの通気口が謁見の間に直接つながっもぐう」
王城の隠し通路の場所などのトップシークレットをべらべらとしゃべろうとしたカルラをレオンハルトがちらりとにらんだため、僕は慌ててカルラの口を閉じさせる。
「……カルラ殿……いや、やはりなんでもございません。 こちらです」
レオンハルトは一瞬、問いただすべきか心の中で葛藤をしたのだろう。
一つ低く唸った後、謁見の間の扉を開く。
「王がお待ちです……」
「王って……あのロバート王?」
「ええ」
「ちょっ、レオンハルト待ってください……我々は現在王に謁見できるような恰好では」
「かまいません、特例でございます」
「ちょっと、一体何が」
「入ればわかります!? さあ!」
巨大な神話の一ページが切り抜かれたような装飾がなされた扉が、半ば強引に押され、重厚な音をたてて開く。
僕たちは何が起こったかもわからぬまま、開かれた扉の先を呆然と見つめる。
と。
「思ったよりも早かったね、君たち」
シンプルな表現をすると絶句。
難しい表現をすると筆舌に尽くしがたし。
僕たちの目の前に飛び込んできた光景は、謁見の間でありながら不自然に置かれたテーブルとソファ……そしてティーカップにお茶菓子。
更にコメントを食い止めることに拍車をかける要因としては、視線を外して玉座を見ると、玉座には人は誰もおらず、代わりに二人の王冠を付けた人間が、対面に座ってティーパーティーとしゃれこんでいる風景が目に飛び込んできたからだ。
一瞬、レオンハルトにお笑いどっきりでも仕掛けられたのだろうかと、僕はメイズイーターの標的にレオンハルトを捉えるが。
「ぉぉおんんの!?」
「へ?」
「くたばれオベロン、どぅああらっしゃああああい!」
怒声と共に、放たれた、ボウガンよりも素早く鋭いドロップキック。
理由も意味もない理不尽な暴力が、見たこともない長髪の男の顔面へと突き刺さり。
「おぼろああらばらがあたがあらららばあ!?」
音をたてて吹き飛ばされる。
「お、オベロン様アアァ!?」
突然の出来事にレオンハルトは絶叫をし。
「オベロン? オベロンってあの妖精王がなぜ?」
サリアは驚愕に瞳を見開いてそうレオンハルトへと問う。
「……ごほっ……げほっ……ふっふふ。 マイハニー、なかなかやるね。尾てい骨骨折により、三週間うめき声をあげたあの日を思い……」
「オベロンくたばれどぉおおっりゃああ!」
「ごっふぅ!?」
とどまることを知らない、連続して放たれるティズのドロップキック。
その一撃は今までのティズのキックがお遊びに思えるほど強力であり。
妖精が発する音とは到底思えない何かが砕ける様な重低音が謁見の間の中に響き渡る。
「尾てい骨骨折とは、冗談と思っていましたが……」
「むしろよくあれで尾てい骨だけで済んだね」
前にティズから聞いた話を思い出しながら、僕はサリアやシオンたちと顔を見合わせる。
「……ふむ……どうやら知り合いがいるようだな。レオンハルト」
そんな中、紅茶を一人楽しんでいたのか、物静かに座していたもう一人の王冠をかぶった人物が、物静かに……しかしその場にいる誰もが身を引き締めてしまうほどの圧をもって僕たちに声をかける。
問うまでもなく、恐らく王冠など必要ない。
きっと彼がみすぼらしい衣装を身にまとっていようが……街を歩いていようが、僕たちは気付くだろう。
その威圧、その迫力……そして……存在しているだけで目を離せなくなるほどのカリスマ。
英雄王ロバート。
その人物が今……僕たちの目の前に座しているのだ。
「そう硬くなるな……こんな愚王を前に、かしこまったところで何もいいことはないぞ」
「王よ……」
「かまわん。 彼等には恩がある……遅くなったが、王都襲撃の際の働きは聞いておる……伝説の騎士のパーティーよ、大義であった」
「……本当に遅すぎるね王さm……」
「こらシオン!?」
慌ててシオンの口を閉じさせるサリア。
そして、カルラは不安げに僕の袖を引くため、そっとその手を握ってあげる。
「いえ、大したことはしておりませんよ王。それで、此度の要件というのは?」
「あぁ、本来ならあのバカ者に話させるのだがな……はぁ、久方ぶりの休みがもらえたと思えば聞こえはいいが……迷宮があのバカの物になったと思うと気が気でならなくてな」
「迷宮が、オベロンの物に?」
ロバート王の感嘆の言葉に僕は首を傾げると。
「そ、その説明は、私がさせてもらおうか!」
顔は腫れ上がり、あちこちに青たんができている様相でふらふらと立ちあがるオベロンは、僕たちを指さしてそれでも高らかに笑いながら語る。
ティズの猛攻はどうしたのかと姿を探してみると。
「はなせぇ!? もっと殴らせろこの自主規制野郎!」
指をさしていない方の手で捕獲されており、じたばたと殺気を丸出しに暴れている。
「オベロンさん……迷宮が消えたって」
「あぁ、君たちにとっては少し悪いことをしたと思っているが。 そこは勘弁してほしい! 迷宮の所有権をチョーっとばかしアンドリューから借り受けたのさ。 余の力を使ってね」
「迷宮の所有権を、借りた?」
「あぁそうさ。 メイズイーターの仲間たちよ! 簡単に言えば、今は余がメイズマスターってことさ」
「!!」
「!!?」
「なぜ、その名を」
「おいおい、余だって神様なんだよ? 妖精を生み出した神が一人。 メイズイーターシステムについては重々承知しているさ……哀れな人柱だとは思うが、まぁそこは今関係はないだろう。 どうして余が迷宮の所有権を借り受けただが」
「……どーせろくでもない事考えてんでしょこの馬鹿野郎!」
「そんなことはない……君を捉えて離さない男から君を取り返しに来たんだよティズ」
「頼んでないわよ馬鹿野郎!」
「取り返しに来たとは?」
二人の世界に入ってしまっているティズとオベロン。
そんな二人の漫才に僕たちは一つあきれ果てながらも、サリアはそう問いかけると。
「……あぁ、すまない! これから、余は君たちに決闘を申し込もうと思ってね! 彼女、ティズをかけた決闘さ」
「決闘?」
「あぁ! お前たちに、今よりフェアリーゲームを申し込む!!」
聞きなれない言葉が王の謁見の間に響き渡り。
同時に。
「めんどくさ……」
ロバート王の心底面倒くさいと言いたげな重い言葉が、謁見の間に響き渡るのであった。