325.お布施クレイドル
「あれで終わりだと思った!? 残念! シンプソンは常に隙を生じぬ二段構えなんですよ!!」
晴れて、大司祭と相成り、伝説の騎士とのパイプ役に抜擢され、お金も地位も何もかもを手に入れた男シンプソン。
しかしその大進撃はとどまることを知らず、此度の責任を取らされ地位も名誉も失った形だけの領主ピエールにでさえも、シンプソンは構うことなく猛威を振るう。
遠慮、忖度、思いやり、慮る……シンプソンにはそんな言葉は存在しない。
その他諸々の類義語すべてを脳内辞書から削除した男こそ大司祭シンプソンでありピエールの部屋の扉をスキップする勢いで蹴り破る。
「げんきしてますかー!」
大量の金貨と援助を手に入れたシンプソン。
その笑顔は黄金色に輝く宝石の様であり、その背後では女神さまが一緒になってご機嫌に踊っている……ような錯覚が見える。
「元気なわけあるかぁ!?」
部屋に入ると、そこにいたのはかつてこの地を収めたクレイドル教会幹部の姿はなく、態度も見た目も悪く、酒に溺れた愚者が一人だけ部屋の中央で横になっていた。
「随分とやつれていますねぇ……お酒は体に悪いですし、酒税なんて無駄なお金がかかりますよ?」
「けっ…自前のワインセラーがあるお前がよく言うな……」
「十割拾い物、貰い物……後は冒険者から巻き上げたものですかね……自分ではお酒なんて買いませんよ、バカバカしい」
「……あぁ、知ってるよ……くっそ、お前はなんでそんなんでクレイドルの寵愛を受けてるんだ……ふざけやがって」
「私誠実ですし」
「……お前だけは必ずいつか殺す」
「穏やかじゃありませんねぇ……」
「お前だけじゃねえ……伝説の騎士も、転生勇者も……あのエルフも、人狼族も……劣等種がそろって人を小ばかにしやがって」
「馬鹿になんてしてないと思いますけどね」
「お前まであいつらの肩を持つのかシンプソン!?」
「肩を持つも何も、助けてもらった人間処刑しようなんてしたら誰だって怒りますよ」
「劣等種を殺して何が悪い!?」
「いいんじゃないですか別に? 知りませんよそんなこと、そもそも何が良くて何が悪いなんて明確に決まってたら、誰だって苦労なんてしませんもん……虐殺も救済も、弾圧も革命も、鉄の時代よりはるか前から何度も繰り返してきたことのはずです。 たまたま今回は、革命が成ったそれだけですよ、首はねられなかっただけましじゃないですか」
「ぐっ……グググ」
シンプソンの言葉に、ピエールは黙りこくることしかできない。
正論であり、そしてその言葉は憐れみも同情もなくただ単に。
お前に力も器もなかっただけだと冷酷に切り捨てる発言だったからだ。
「お前、俺を愚者とあざ笑いに来たのか」
「いえいえ、ぷっ……そんなまさぶふぉ!」
「ぶっ殺す」
怒りが頂点に達したのか、ピエールは立てかけてあった武器を手に取ると、シンプソンに切りかかろうとする。
「ちょっ!? スト―ップ!ストップですよピエール! 暴力はいけませんしバイオレンスはよろしくないです! 私はお話をしに来たのですよ」
「お話だ? ふざけんなてめぇ!! お前があの拷問愛好者をこの部屋に手引きしたんだろう!? 魔族と供託して、奴隷たちを逃がしたんだろうが!! 全部全部お前が! お前がやったんだ! ふざけやがって!」
全くもってその通りの発言だったが、シンプソンはけろりとした表情で。
「それがなにか?」
なんて言葉を言ってのける。
「ただで済むと思うなよ……戦争だ! まだクレイドル教会は負けていない……魔王の存在を各国に知らせ、助力を得てリルガルムに攻め込むぞ……皆殺しだ! 神を敬わない愚か者を! 殺して殺して殺し続けて、魔王を殺して……また俺が、俺が!」
「やめといた方がいいと思いますよ? 生身で大気圏突入するぐらいふっ飛ばされたいなら止めはしませんが……いしのなかとそらのうえはさすがの私でも助けられるか分かりませんし」
実績はあるが、あれはサリアが特別だったからである。
「目を覚ませシンプソン!? クレイドルの願いは、劣等種の排除だ! クレイドルの子である我々人間以外の種を隷属させこの世界の頂点に立つこと! それがクレイドルの願いでありそして我々の使命だ!! それを邪魔する魔王を俺は許さない! 絶対に殺す、殺してやるんだ! 俺が救世主だ! 俺は間違っていない、俺は悪くない! 俺は、俺は悪くねえ!」
喚き散らすピエール。
「いかがなさいました!? ピエール様」
その怒鳴り声に、ピエールの部下の者たちが慌てて部屋へと駆けこむが。
「しー……」
「あっ……し、失礼しました」
シンプソンはウインクをして口元に人差し指を当て、聖騎士団を控えさせる。
「……部下にあんな姿、あなたもさらしたくはないでしょうからね」
「返さなければお前を切り刻むよう命令をしていたところだ!」
癇癪を起しテーブルやその上に置いてあった燭台があたりに散らばるピエールの部屋。
ワイングラスにボトルは腕にあちこち破片が飛び散っており、そんな破片を更に上から拳でたたいたのだろう。 ピエールの拳は赤く染まっている。
そんな姿に、彼女はあきれたようにため息を漏らすと。
「ねえ、あなたの為を思ってもう一度聞くけど……神様は本当にそんなこと望んでると思うの?」
「望むとも……望まぬならばどうして神は人を部族同士で殺し合わせたのだ! この世界も、この全てが差別の歴史の上に立っている! 誰だって自分の種族が一番誇り高く気高くそして尊いものと信じて止まない! 神がいるならばなぜそんな機能を我々につけた!? それ即ち、部族戦争とは神々の戦いなのだ! 自らが主神たるために、我々人間を殺し合わせ、最も繁栄した神こそが主神となる! そういうシステムだからこそ人々は部族同士で殺し合ったのだ! 鉄の時代からずうっとな!」
「……」
その言葉を彼女は聞く。
これは、自分の責任なのだと言い聞かせるように。
「……そうね、私は確かに……自分の家族を愛するように人を作ったわ。 そして……多く作った。でもね、その理由は人間が優れているからじゃないわ……」
「え?」
ピエールは酒に溺れ霞んだ瞳であるが、目前のシンプソンがゆがんでいるように見える。
まるで陽炎のように、ゆがむシンプソン……やがてその姿、声色は変化していき。
目前にクリーム色の神と、赤色の瞳を持った少女がゆっくりと姿を現していく。
「人間が、最も弱い種族だからよ」
その一言と同時に、ピエールの体に細く折れてしまいそうな指が触れ。
同時にピエールの体内のアルコールがすべて浄化される。
奇跡魔法……。
呪文も詠唱もなく、触れただけで発動した奇跡。
そんなことが行えるものはこの世にただ一人……聖書に出てくるたった一人の人間のみであり。
なにより背に生えた羽が……そして白き純白のドレスに身を包むその少女が。
この世界の主神であり、創造主が一人である……大神クレイドルであることを告げていた。
「く……クレイドル……様?」
ピエールは呆けたまま、しかし神に仕える者としてその場に跪き己の不敬を陳謝する。
しかし。
「かしこまらなくたっていいわ。 私苦手なのよねそういうの」
カラカラと笑いながら、近くの椅子に腰を掛けて、まだ無事そうなワインのボトルの栓を開けてラッパ飲みを始める。
「……ごっ!? お許しを!?」
その光景に、あっけにとられながらも、ピエールはおろおろと何を話せばよいのかわからず口をまごつかせる。
「あーいいわよいいわよ、まあ驚くのも無理ないわよね、いきなり神様出てきたら私だって驚くもん。 だからダーリンの姿で来たんだけどねー。 私変身魔法苦手で……ミユキおねーちゃんにもうちょっと真面目に教わるべきだったわ」
ダーリン、というのがシンプソンであることを理解し、ピエールは眩暈を感じる。
「その、えとクレイドル様に置かれましては、何故私のようなものの前に……もしや、魔王に乏しめられたことに憤りを感じ……私を聖戦の担い手にするべく……」
「あーいやいや、そんなつもり全くないから。 戦争とか無理パスパス……一体何人生き返らせなきゃいけないってのよ」
高ぶる心を押さえきれず、自らに正義があると確信をしながら放たれたピエールの言葉であったが、クレイドルは片手を振ってあっけらかんと否定をする。
「しかし!? このままでは魔王が、魔族が野放しになってしまいます!」
「いいんじゃないの? 私、シオンちゃん好きよ? それに、ウィ……フォースオブウイルの生き方も、私は応援したい……ダーリンもそれを望んでるし」
「……魔王をですか?」
「魔王だってこの世界に生きる者……それに、彼の願いは本当にささやかな物よ? ただ、守りたいものに敵が多すぎるだけ……アンタみたいなね……その選択を気に入るか気に入らないかと言えば、ふざけんなって話だけどね。 私人柱って考え方嫌いなの。特に自分から犠牲になろうとかするやつは本当に大っ嫌い……だから、そういう奴見ると意地でも助けてやりたくなるのよね」
その言葉はピエールにとっては明確な裏切りであった。
当然、クレイドルが考えを変えたわけではない。
ピエールが勝手に盲信をしただけなのだが……まぎれもなく、彼にとってはそんな世界が真実だったから……だからこそ神の言葉は、ピエールを激昂させるには十分であった。
「ふざけるな!? その守りたいものが! あなたを冒涜しているというのにあなたはそれを受け入れるというのか!?」
「冒涜なんてされていないわ。 面と向かって唾を吐く……これが冒涜よ。存在自体が冒涜的だなんて、小説の枕詞でしかないの……この世界に生まれ出でるもの全ては、私が認め私が愛したもの……たとえこの世界の外で生まれやってきたものだからと言って、この世界に足を下ろした時からそれは全て私の子供なの……角が生えていようが、機械兵器だろうが……人造人間だろうが……すべてを私は愛します。 ゆりかごから墓場まで……その言葉に嘘偽りは微塵もないわ」
突きつけられる真実に、ピエールは吐き気を覚える。
自分の信じてきたもの……自分が行ってきたことを、神は目の前で否定したのだ。
自分は望んでいないと。 だがそんなものはあまりにも残酷である。
「っっっ!? じゃあ、私の行いは何だったというんだ!? 望んでいなかった!? ならなぜ聖書にそう書かなかった!? 残さなかった! 私の凶行を止めなかった! 戦争を止めなかった!? 殺される劣等種を救わなかった!? 奴らが死ぬ度私は満たされた! 神罰は下らず、後押しをするかのように人々は豊かになっていった! それが神の思し召しなのだと、望むことなのだと!? なぜ今なのだ! なぜ今更出てきてそんなことを言う!! 言い訳にしか聞こえない! そんなの、卑怯だ!卑怯者め! お前の、お前のせいだ!」
子供のように泣き叫びながら、ピエールは壊れる。
無理もない……自らの在り方を、信じたものを信じていたものに否定されたのだから。
だが、クレイドルはそんな彼の姿を見ながら、退屈そうに一つため息をつくと。
「甘えないの……お馬鹿。 その選択も、その行動も全部自分の責任よ……。 自由っていうのはね、その行動に責任を取ることなの。 あなたも薄々気づいてたでしょう? この街の人間もみんな気づいていたけど、私の存在を免罪符にしてみたくないものにふたをしてた、違う?」
「あぅ……」
がくりと膝を落とすピエール……。
放っておいたなんてとんでもない……すべて見透かされたうえで、真っ向から論破をされた。 伝承に嘘偽りなく、彼女は全てを見つめている。
これ以上の言い訳は、自らの愚かさをさらけ出すだけである。
故に、ピエールはもはや抜け殻の様な表情のまま、神罰を待つ罪人のような表情で神を見上げる。
しかし。
「でもね」
クレイドルはそんな悪態をつくピエールに対し、まるで子供を叱りつけた後の母親のような笑顔を向け。
「……そんなあなたも、ちゃんと私は大好きよ」
そっとその頭を撫でる。
暖かく……母の手に抱かれているようなそんな感覚がピエールを襲い、ボロボロと大粒の涙を流してむせび泣く。
ここにきて初めて、ピエールは自分の愚かさを身に染みて理解したのだろう。
「うっ……うぅっ……私は……私は」
「はい、泣かない泣かない、男の子でしょ?」
よしよしと、ピエールをクレイドルは抱きしめる。
「こんな、こんな愚か者にも、慈悲を……慈悲をくださるのですね」
「そりゃそーよ、私はみんなのお母さんだし? それに、あんた達にはまだまだやってもらわないといけないことがあるし」
抱きしめられ、つきものが落ちたような表情のピエールは、その言葉を聞くと胸から離れクレイドルへと向き直る。
「……やること、ですか?」
「ええ、そろそろ世界も危ないし。 私も動き出さないととおもって」
「世界が? やはり魔王が?」
「そうね、このままだと魔王が世界を破壊する。 だけど、世界を救うのも彼なのよ」
「それはどういう?」
「理由はおいおい話すわ……とりあえず今は、協力してくれるかしら? ピエール……教会本部への協力の取り付けはダーリンがやってるけど……世界を救うためには、この街と、貴方の協力が不可欠になる……やってくれる?」
「……もちろんです……もちろんです!!」
もはや、昔のピエールはいない。
クレイドルの優しさと慈悲に触れ……差し伸べられたその手を取って愚者は世界を救う英雄の一人に名を連ねることになる。
「よしよし、じゃあ、私はしばらくこの街に滞在するから! あー宿とかは自分で見つけるからお気遣いなくー! 明日から本格的に作を決行するから、今は体を休めておくよーに! 二日酔いなんかになってたら罰金だからね? 分かった!? 二人でアンドリューの馬鹿野郎に一泡も二泡も吹かせてやりましょう!」
「え? あ、へ?」
何もかもが唐突なその言葉に、ピエールはきょとんとし、クレイドルに何か質問をしようと口を開くが……その時にはすでに彼女は部屋の外に消えた後であった。
その後、この街の差別制度が撤廃され、リルガルムをもしのぐ大都市になったのは言うまでもなく……シオンが救った黒騎士部隊が世界を救ったりするのだが、それはまだもう少し先の話である。
余談だが……その後、この街は人間が生誕した場所ではなく、大神が住む町となり、女神さまはそこでアイドルをやったり握手会をやったりと結構街の興行に貢献した。
更に蛇足だが、代表曲は【お布施クレイドル】と言い、全世界で大ヒットし、その音声保存魔鉱石は1000万部を売り上げる大ヒットとなった。




