324.シンプソンタイム
「魔王、フォースオブウイル……だってね、リューキ」
エリシアは感慨深そうにそんな言葉を述べると、ため息を一つ吐いてそんなことを述べる。
処刑の現場、万が一の為に、司祭に扮して潜伏をしていたが……その一部始終はまるでどこかの三文小説のようであり。
計られたという感想のみが頭の中で木霊する。
「何が言いたい」
「いいや、これも運命なのかなって思ってね」
「はぁ、かもな」
少なくとも、俺は自分の足でここまで歩いてきたはずだ。
ウイルとの出会いも偶然であり、彼女たちが好きだから友達になった。
だが、その出会いは神様とやらにどうやら仕組まれた物だったらしい。
「……確か、君は魔王を殺すために……転生したんだったよねぇ」
ドリーの言葉に一つうなずき……俺は転生時に聞いた神の言葉を思い出す。
魔王はまだいない……だが、貴方の使命は、魔王を倒すこと。
意味不明なそんな使命なんて笑い話程度にしか考えていなかったが。
この結末が……サトナカの奴が思い描いたシナリオなのだとしたら……そう思うと俺はため息が漏れる。
「どうする?」
フットはどこか俺を案ずるようにそう問いかけてくる。
従うのか、抗うのか……。
相変わらず短くも、直接的なその質問に俺は一度嘆息し。
「……別に……何もしねーよ」
自分の答えを導き出す。
「言うと思った」
エリシアはどこか嬉しそうにそう笑うと、苦笑を漏らしてバタバタと大騒ぎになっているクレイドル教の司祭たちを見やる。
もはや魔王など気にも留めていないといったように。
「いいのかい? その傍観が取り返しのつかない結果をもたらしたら、君は」
「そんなことにはならねーよ……あいつは俺の友達だ」
「だが……そうならないとは限らない……覚悟は決めておいた方がいいと思うんだが」
「余計なお世話だぞ、ドリー」
珍しく、心配げに説教を垂れるドリーに対しフットがそう言葉を遮る。
「ふむ、余計とは?」
「……言葉の通りだよドリー……使命も、運命も俺には関係ない」
「……そういう事、彼に与えられた【権利】は知ってるでしょう?」
「……あぁ、そうだったね。 【自由】それが君の、ミユキサトナカに与えられたアルティメットスキル」
「そう言うことだ……使命も運命も関係ない……友人を犠牲にしてまで得るハッピーエンドなんて必要ない……その結末の責任は俺自身がとる。 だから、あいつが本当に魔王に堕ちるようなら」
にこりと、隣でエリシアが微笑む姿が目に移り。
俺は一拍を置いて。
「俺が全てを奪い取るまでだ」
そう、俺は拳を握りしめて笑うのであった。
◇
「大変なことになった……」
「まさに前代未聞です教皇様」
「……派兵をしますか? それとも……暗殺?」
「誰がするというのか、ラファ―大司祭」
「……聖騎士団……いや、聖天使を召喚し天罰を……命じてくださればこのラファー……」
「ラファ―大司祭、落ち着きたまえ、聖馬を見ただろう!? 天使は動かんぞ!」
「ゲルギス、臆病風に吹かれるな! 聖馬が魔王を認めるなどありえないことだ……きっと何かの魔法を……」
「対魔力LV10。究極魔法メルトウエイブを耐える神獣が暗示にかかるというのか?」
「……古代魔法アブ・ラビーの呪いなら不可能ではないだろう!」
「バカバカしい、ラファ―大司祭、君は三文小説の読みすぎだぞ。 あの忌々しい呪いは迷宮教会ブリューゲルアンダーソンしか使えるものはもういない……継承の儀の形跡はなかった。奴が死んだ今、アブ・ラビーの呪いは存在せん!」
「奪ったのかもしれないだろう」
「くどいぞ……奪えるような代物か」
「ええい細いやつめ! 要は百パーセント不可能というわけでないだろうという意味だ!」
「なんだと!?」
「今はそんな話をしている暇ではないだろうが、ゲルギス、ラファ―!」
言い争いをする二人の大司祭に、教皇は咎めるように怒声を発し、二人は我に返ったのか互いをにらみ合うと同時に席へつく。
大惨事の後、大混乱を迎えたクレイドル教会、すぐさまその後教皇たちは司祭、大司祭全てを収集し、これからの対応を検討する会議を開いたが、このように意見はまとまらず、対策の打ちようもない。
理由は、教皇自ら魔王を認めてしまったことが大きな要因にある。
既に教皇が頭を垂れ魔王を認めたことは千里を走っていることだろう。
あの場であの発言を言わせたということは、情報網は完全に握られているということであり、リルガルム……下手をすれば他の大陸にも、この情報は回っているかもしれない。
ここで魔王討伐など掲げれば、教皇が魔王の武力に屈したことを認めることになる。
それだけは避けなければならず、ゆえに魔王を正義と認めたままどのように退場をさせるかが問題となる。
……通常なら人知れず闇に葬るのが習わしである教会であるが……今回の敵は強大すぎるため、その手も使えない。
むしろ、下手に刺激をすれば今度こそクレイドル教会は消え去ってしまう……それぐらいは平気でやってのけるほど強大な力を持つものと、クレイドル教会は図らずも敵対してしまったのだ。
教皇の心労は想像に難く、司祭、大司祭たちも皆震え上がりながらこれからの身の振り方を必死になって考えている。
だが。
「……」
完全に詰みの状態まで持っていかれたゲーム。
全てが魔王の掌の上で行われており、話したこともあったこともない人間にいつの間にかゲームを終了させられてしまっている事実に、教皇は顔を青ざめさせる。
「いっそのこと……魔王の味方をするというのはいかがでしょうか?」
そんな中、一つ軽薄な声が響き渡る。
その声を知らないものはいないだろう……変わり者、守銭奴……鼻つまみ者……。
神父・シンプソンである。
「何を!? 何を言い出すのだシンプソン!?」
ラファ―大司祭の怒声が響き渡り、他の司祭たちも神への侮辱に怒り狂い立ち上がる。
「そもそもなぜ貴様がそこにいる!? ただの神父である貴様が!?」
「……私が読んだのだラファ―」
「きょ……教皇様!?」
「現在……クレイドル神とのつながりがある人間はもはやシンプソンしかいない」
「で、ですが!? その判断は間違いです教皇様!? この痴れ者はこのように戯言を!」
「ですが仕方ないでしょう! 教皇様は魔王を認めてしまいました!? 武力でも今や大衆の心も伝説の騎士へと向きつつある!?」
「神聖なるクレイドル教徒が魔王を認めるわけが!?」
「そのトップである教皇様が認めちゃってるんじゃないですか!」
「うぐっ」
ラファ―大司祭は、楽しそうに笑うシンプソンに論破され、今にも掌を指が貫通しそうになるほど握りしめながらも押し黙り、他の司祭たちも皆何も言い返せずにどよめきだけが大広場に鳴り響く。
その光景を好機と見たのか、シンプソンは再度にんまりと口元を大きく緩めると、畳みかけるように教皇へと臆することなく言葉を投げかける。
「……幸い、魔王は表立って悪事を働こうとは思ってはいないようです……あくまで我々クレイドル教会と対峙する者としての名前が欲しかっただけ」
シンプソンの言う通りおかしな話だが、今この世界は神ではなく魔王の方に正義があり、神でさえもそれを認めているという奇天烈不可解な状況に陥っている。
それもこれも教会の腐敗や、制度の形骸化が問題なわけなのだが……そこのところに目をつむるのがトップであり、シンプソンも人のことは言えないため、あえてそこに触れないように解決策は模索されていく。
「……確かに、奴自身もそういっていた」
「神に正義がないからこそ、伝説の騎士は魔王になり正義をなすと宣言した。 そして、正義は魔王にあると神は認めている」
ややこしいが、現在の状況をまとめるとそうなっている。
そのシンプソンの言葉に、大司祭や背後で聞いていた司祭たちのどよめきは、怒りではなく驚愕に変わる。
その状況はまさに詰みだ。
そもそも信奉している大神クレイドルが……クレイドル教会を見放したのだから。
教皇の位も、司祭も……意味のないごっこ遊びに実際成り下がってしまっている。
気が付けば、本当に神の使徒を名乗れるのは……今までさんざんバカにしてきた変わり者ただ一人だけ。
その事実を再度突きつけられ、胃痛により教皇はさらに顔を歪める。
どちらが愚か者で、どちらが戯言を先ほどから並べていたのかは明白であり、今やシンプソンの言葉は神の言葉に等しく……先ほどから自分たちは、神の言葉を愚かと憤慨していた。
教皇は思う……むしろ、この時まで見放されていなかったことが奇跡であり、神の温情であったのだと。
だが。
「ですが、逆に考えるのです……魔王・フォースオブウイルは別に悪になりたいわけではないのです、結果として魔王となりましたが、その性質、善性は変わっていません」
シンプソンの言葉が、司祭たちにはクレイドルの与えてくれたチャンスに聞こえた。
「……おぉ……ということは」
一筋の光は、まるで蜘蛛の糸のようにクレイドル教会の司祭たちの前に垂れ下がり……そして縋るように教皇は身を乗り出す。
皆の注目を一身に浴び、シンプソンは再度呼吸を整えると、両手を掲げて語る。
「なればこそ、我々が正義に戻ればよいのです! 伝説の騎士・フォースオブウイルが、魔王を名乗る必要がないよう! 我々が正義に戻ればいい! 神に見放されたのなら、見直してもらえばよいのです! そうすれば、おのずとフォースオブウイルは正義の騎士へと戻りましょう!」
「おおおおおぉ!?」
もはや、これ以上の案はない。
司祭たちはその言葉に湧き上がる。
もはや、魔王を非難するなどという考えは存在しない。
今は我々が悪なのだと、ようやく彼らは理解したのだ。
「……シンプソン! やはり貴様を呼んで正解だった! して、どのようにすればよい!」
「全面的に、魔王を支援するのです!」
「支援?」
「あなたが認め、魔王が認められた……ということは、貴方が少し優位にある同盟に近い関係でもあります。 それをあちらから持ち掛けてきたということは……あちらには争う意志はないという事」
「確かに、やろうと思えばいつでも潰せたはず」
「そうです、彼は我々を潰す意思はなく、魔王として生きるつもりもない……ならば、我々が魔王の正義を支援すればいい。 そうして行けば、魔王が魔王を名乗り続ける必要もないはず……我々は伝説の騎士の行動を支援することで、民からも神からも、正義を行っていることが証明できる! そしてフォースオブウイルが魔王をやめた時……」
「……クレイドル教会は、神に選ばれた伝説の正義の騎士・フォースオブウイルを手に入れる」
「その通りです教皇様!」
「おおおおぉおぉ!! 行ける、行けるぞシンプソン!」
教皇はその案に興奮気味に席から立ちあがると、拳を振り上げる。
他の司祭たちもどよめき合いながらも、おおむねが賛同するような言葉を漏らす。
「……して! シンプソン、私はどうすればいい!」
教皇は慌ててシンプソンにそう問い、対照的にシンプソンは口元を大きく緩め。
「現在、この中で伝説の騎士とつながりがあるのは私だけです! なれば、信用もある私が、教皇様の名により彼らを支援する……というのが最善でしょう! ええそうですとも!」
「な、なるほど!?」
「なので、全て私にお任せを!」
シンプソンの自信たっぷりな言葉に、教皇は瞳を輝かせる。
「……分かったシンプソン! そなたを大司祭に任命し……魔王・フォースオブウイルとの関係修復を命ずる! 物資、人材、そのほかすべての協力を! 我々クレイドル教会は惜しまない!」
ざわりと会場はざわつく。 神父から直接大司祭へと役職を変えるなど前代未聞の昇進であるが……今この会場で、彼を非難するものはだれもいないだろう。
「謹んでお受けいたします教皇様! では、さっそくすぐに必要なものがございます!」
「なんだ、申してみよ!!」
「お金をくださああぁい!」
高らかに響き渡るシンプソンの声……彼の勤勉さ、クレイドル教会を思う心に、司祭や大司祭は彼への認識を改め、救世主にすがるように彼をほめたたえたのであった。
◇