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321.異議あり


「歩け……」


鎖につながれた少女は、真紅のドレスを身にまといながら、人々が憎悪という名の大歓声を上げる道を、聖騎士団に連れられて歩く。


アンデッドに襲撃を去れ、失意に沈んでいた街はそこにはもう泣く、人々は沸き立ち、まるでこれからパレードでも始まるのかと思わせるほど、興奮と期待に満ち溢れた瞳で、その瞬間を今か今かと待ちわびる。


魔族の処刑。


この街を貶めた張本人、この世全ての悪、クレイドル神を脅かすその邪悪を、自分たちの手で処刑し排除することができる喜びを心に刻みながら、人々はその絶対悪に対し、ここに記載できぬほど悪辣かつ汚泥の様な言葉を並べ立て、まるで津波のように街を飲み込む。


「…………」


投げられる石のつぶては少女を襲うが、炎が巻き上がりそのつぶてを溶かしつくす。


その身を傷つけることはかなわないが、それでも人々は手に持った石を投げることをやめはしない。


何故なら、ここで魔族に対し攻撃を仕掛けることで、自らの勇敢さ、そして悪へと立ち向かう神の使途としての役割を全うすることになるからだ。


その内心奥深くでは、無抵抗の少女に対してなら何をしても反撃はされないというおごりと安堵から生まれる行動であろうとも……彼らの表層部分ではこの行動すべては敬虔な神への信仰なのであった


だが、彼等は気がつかない、その愚行は目前を歩く少女の優しさの上で成り立っていることを。


彼等は忘れている……その愚行の末に、彼等は一度滅んだという事実を。


少女は苦笑を漏らす。


結局何も変わらないのだなぁとしみじみ思いながら。


「まぁ、仕方ないのかもねぇ」


呆れと同時にそうつぶやくシオンであったが……だがそれでもいいと心の中でつぶやく。


意気消沈し、全てを失ったかのように悲しみを抱えていた人々の目には活気が宿っている。


その言葉は汚いまでも活力に満ち溢れ、生きる意思と戦う意志……そこには明確なる生命の息吹が感じられる。


生きるということはそれだけで尊く素晴らしい。


たとえ恨まれようと、理不尽に殺されようと……シオンは、そんな人々の活気にあふれる姿を見るのが好きだった。


自分一人がこうして魔族とののしられるだけで……この街全ての人が生きる気力を取り戻した……その矛先が他の人の命を脅かすのはいただけないが……今この瞬間、私は何の犠牲も対価も支払わずにこんなにもたくさんの人を幸せにしたのだ。


そうシオンは心の中でそう呟き、懐かしいことを思い出す。


シオンは思い出す……かつてのあの時もそうだったと。


処刑をされると宣言された日。


度重なる襲撃……部族戦争のあおりを受けて、食料も底をつきかけたヴェリウス村。


人々が絶望とひもじさに泣き崩れ、生きる気力さえも失いかけていたあの時。


少女の処刑に沸き立つ人々は、その時だけは生きる気力に満ち溢れていた。


(-―――――きっと私は間違えている……こんなもの一瞬の灯でしかない……私がこうしても、結局また元通りになるだけ……でも、一瞬だけでも彼らに光を与えられたなら、それならこれにも意味はあったと言えるだろう……私は炎、燃え続けてはいられないのだ)


そんなことを考えながら……シオンは一人、クレイドル教会へと向かう。


その場に埋め尽くされるのは、クレイドル寺院の教皇をはじめ、各地を収める司祭たち。


その中の端っこで一人、シンプソンが居心地悪そうな表情をして苦虫をかみつぶしたような表情をしている姿に、シオンは口元をついつい緩めてしまう。


いかにも異端児という感じだ。


「罪人をここへ」


司会進行を務めるピエールはそう一人聖騎士団に命令を下し、シオンは巨大な処刑器具の中に立たされる。


最後の審判と銘打たれるクレイドル教の異端審問……最終審問。


シオンは鎖で手を引かれるまま歩いていき、巨大な刃……ギロチンの様なものの真下に立たされる。


最終審問にて罪が許されれば、刃は堕ちることなく、有罪と判決されれば、頭上の刃が落ち、頭を割るという悪趣味極まりない極刑であり。


この最終審問で無罪判決を出されたものはただの一人も存在していない。


シオンはそんな巨大な刃を一度呆けた目で見つめ、そして言われるがままあたりを見回す。


どうして自分の処刑なんかに、見るからにお偉いさんといった人間が参列しているのかは不思議であったが、しかし深く考えることはせずに、ピエールが発するよくわからない神の言葉とやらを聞き流す。


当然シオンは死ぬ気はない。


ウイルが助けてくれると信じているし、何かあってもこの拷問器具ぐらいならすべて焼き払うことぐらい造作もない。


ただ、あの場を丸く収めること、そして自分を恨ませることで、この街に活気を取り戻させようという狙いであの場所で捕まっただけであり、その目的が達されれば殺される理由など微塵もなく、のんびりといつ助けてくれるのかを待っている状態である。


当然、その方法等々は全てウイルにおまかせというシオンらしい勝手な行動ではあるが。


しかし、シオンは一つ気がかりなことがあった。


(そういえば……どうやって助けてくれるんだろう……リルガルムのレオンハルトに協力をしてもらうなら、リルガルムの人たちが参列するだろうし……あぁ、迷宮教会の力を借りるっていうのもあるけど……でもあんなのが来たらすぐわかるし……)


正直、ウイルを信じてはいるが、何か行動を起こしているという痕跡をシオンは一度も感じられずにいる。


外交であれば、少なからず情報は耳に入るはずだ。


平和を愛するウイルが、武力による解決を図ることは考えにくく、シオンは首を傾げて再度きょろきょろとあたりを見回す。


しかしそれらしいものはやはりない。


(あれ……あれれ!? も、もしかして……間に合わなかったとか!?)


シオンは焦る。 確かに、捕まってから処刑までの期間は思ったよりも短かった。


レオンハルトとて王国騎士団長だ、簡単に捕まるものではないし。


迷宮教会の力を借りると言っても、教会同士の接触交渉には多大な時間とルールに基づいた行動をしなければ無効になる恐れがある。


(もしかしたら……まずいかも)


ここにきて初めて、シオンは自分がピンチであることを理解する。



「して……罪人シオンは、街にアンデッドを放ち、この街に多大なる損害を生み出した!よって、数多の証言そして自白により極刑に処す! 意義なき者は声を上げよ!」


「異議なし!」


「「「「異議なし!」」」


街中の大歓声と共に、異議なし……という言葉が乱れ飛び。シオンは焦りを覚える。


死ぬわけにはいかないので、このまま刑が執行されれば当然のことこの辺り一帯を焼き尽くさなければならない……。


そうなれば大惨事もいいところだ。


イメージとしては、魔族を殺しきれなかったという憎悪で、人々に活気を保たせたまま自分は助かるというルートを想定していたのだが……下手をすれば逆に彼らに恐怖を植え付けたままデスマーチ大行進をしてしまうことに成りかねない。


それはそれで由々しき事態だ……。


(……ど、ど~しよ~)


と、ピエールが一度手を上げると、大歓声は止む。


そして。


「異議ある者は申し出よ!」


この熱狂の中では、申し出るものなどありえない質問をし、沈黙をもって極刑を執り行う……そのはずだった。


しかし。


【 異議あり 】


静かに……しかし、大歓声など遠く及ばぬ力と怒り……そして重さをもった言葉が。


教会に、街に……そして、シオンの心に響く。


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