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320.拷問愛好者


「拷問愛好者……だと?」


「えぇ……貴方の趣味……とっても気に入りました」


「趣味?」


「拷問……好きなんでしょう?」


脳がとろける様な甘美な声……本当に何かが耳から入り込み、脳が侵されているような錯覚に、ピエールは腰が砕けそうになるのを必死に絶える。


「……異端審問は……わ……我らクレイドル教会の……名誉と、クレイドルの為に」


「ふふふ、勇敢なんですね……そういう人、嫌いじゃないですよ?」


悪魔の微笑み。


その目的は不明であり、しかしこの少女の発する言葉に対し、ピエールは捨て置くことのできない発言を聞く。


「き、貴様いったい……」


「言ったでしょう? 拷問愛好者です、それ以外でも以下でもありません。拷問の教えに従い、拷問を愛する者全てに祝福と新たなる拷問を授けるさながら拷問の伝道師」


「ありえない……そんなふざけたものが存在しうるわけ!?」


「現実に目の前に私はいます……貴方は拷問の加護を受けているのでしょう? だからこそ多くの人間を手にかけた」


そのことを知っているからこそ、ピエールは困惑し、同時に目前の少女のことをにらみつける。


「拷問に祝福、拷問の加護? ふざけているのか……拷問は神ではない」


「いいえ、拷問は至高の存在です」


穏やかでいて、とても美しい少女……しかし、妖艶かつ魅惑的でありながら。


その全てに、ピエールは恐怖しか覚えない。 会話が成立しないとかそういうレベルではない。 狂信に近いその姿は、もはや天災の様な無機質な恐ろしさをも生み出している。


「ふっふっふははははは! 分かったぞ、貴様さては魔族の仲間だな……貴様も魔族なのだろう! そうだろう! 仲間を助けるために、狂人を装い神の代弁者である私を殺しに来た、だが残念だったな、クレイドルの加護の元! 貴様ら魔族に神の鉄槌が下る! 魔族は死すべし! 我らクレイドル教は、創造主であるクレイドルの加護の元、永遠の繁栄を誇るのだ! 貴様等悪魔を、根絶やしに……」


高笑いをし、ピエールは目前の悪魔に対してそう叫ぶ。


その姿は自棄になりながらも、愚かにも神の鉄槌の前に滅び去る悪魔に対し、最大限の侮蔑を込めた大笑いであり。


「五月蠅い」


その言葉はたやすく少女の逆鱗に触れ、両耳に少女は手のひらを当てると。


同時にピエールの耳の中を何かが這いずり回る音がする。


「ひっ!?ひあああぁ!」


声を上げ、悲鳴を上げるピエール。


しかし。


「大丈夫大丈夫……痛くないですよぉ……むしろ、気持ちいいかも……だって拷問なんですもの」


殺気を込めながら拷問愛好者はそう笑うと。


同時にピエールは今度は頭の中を何かがはい回る感覚を覚える。


「あっ!? あぅあっ……」


ぞぶりと、何かが沈む音がし。


ぐちゃぐちゃに頭の中を掻きまわすような感覚に全身という全身から様々な快楽と苦痛が走っては消え、走っては消えを繰り返す。


痛みはない……だが確実に、自らの命を左右する場所をすべてその一瞬で握られた。


ピエールがそれを理解すると同時に、ピエールは恐怖のままその場で叫び散らす。


「あっあぁあぁ!? 助け!? 助け!!」


ボタリと、自らの腕がとろけて落ち、同時に目玉、足がつぶれ、やがて鼻からこねくりだされた脳みそがぼとぼとと落ちていく。


そんな感覚に悲鳴を上げ死にゆく自分の体が絶望に染まる。


死にたくないと懇願し、生きていたいと切望し、こぼれた腕はずの腕で、こぼれた腕や足を拾おうとする。


「あぅああ……うで……あし……うでぇ……」


絶望に打ちひしがれながら、涙を子供のようにボロボロと流し、そして。


「気に入っていただけました? 私の拷問」


時間が巻き戻り、自分の体は再生される。


「あっ………はぁ、はぁ……はぁ……へ?」


「拷問愛好者同士、とても気に入ってもらえたと思うんです、いかがでした? 直接脳を犯してあらゆる拷問を体験する……シミュレーションは?」


にこりと、悪魔のような微笑みを向ける少女。


そこに来て、ようやくピエールはその一連の出来事が幻覚で会ったことを悟る。


「しょせん人間の体は脳の判断で、痛みや映像を認識します……ならば、実際に体を傷つけなくても……脳にそう信じこませれば、何度も何度も拷問を繰り返すことができるのですよ」


「……私を拷問にかけて……どうする!?」


あまりの苦痛に、ピエールは怒声を飛ばすが。


すぐさまその口を少女に掴まれ。


「何を言ってるんです? 拷問なんて、するのもされるのも同じくらい気持ちいいから、やめられないんでしょう?」


「ひっ!?」


狂気に満ちた目を向けられ、その威勢の良い声は途端に縮みあがる。


「もっともっと楽しみましょう!? 次は何をします? ファラリスの牡牛で冒涜的な賛美歌を奏でましょうか? 胎盆の中心で幾千万の毒に侵されながらも死ねない無間地獄で、黒琵琶を奏でましょうか? 酒池肉林で四肢切断されながら、全身を生きたまま獣に引きちぎられる感覚はいかが? そうですね……寄生虫の無限繁殖なんてどうでしょう!?」


鬼気迫る顔でさらに脳に触手を送り込む少女。


「いいい、いやだ!? なんなんだお前は!? 拷問は嫌だ、拷問なんて絶対もうごめんだ!ふざけるな!?」


「え?」


その言葉に、少女は心底驚いたような表情をし。


「いま、なんとおっしゃいました?」


「なっ?」


「拷問は嫌だ? とおっしゃいました?」


「あ、ああ!」


「そんな……それはそれは残念……」


その表情はとても残念そうに、そしてどこか怒りをはらんだような声で。


「……ならば、全ての拷問をあなたに課さなければならないでしょう」


すぐさまに脳の中身を入れ替える。


「あぎゃああああああああああああああああああ!?」


悲鳴と共に、ピエールの体は燃やされ、切り刻まれ、そして全身から汚泥の様な虫を吐き出し、そしてそのすべてがきれいさっぱり消え失せる。


慣れる……とかそういうレベルではない、苦痛が一瞬で記憶され、その記憶のみが体に切り刻まれるのだ。


恐怖として、痛みとして……今ここであったはずなのに、慣れることも耐性を作ることもかなわず……ただただ苦痛として体に切り刻まれる。

「ふふふっ……痛いですか?」


そんな様子のピエールに対し、少女はにこりと笑うとそんな質問を投げかける。


「いぃい……痛い、痛い!? 痛い痛い痛い!! もう……お願い、お願いもうやめて!?」


「いいえ、やめるわけにはいきません」


「なんで!? 私は拷問なんて好きじゃない!? されるなんてまっぴらだ!? 私は神に仕える身だぞ! そんな私が、なんでこんな目に!」


「ええ、ええ……拷問愛好者であるならば私も何も言いません……するのもされるのも好きなのであれば、その覚悟があり心より拷問を愛し拷問の為に生きているのですから……」


「私は!? 私は拷問なんて!」


「アルベール・フェルトノール・カルスラン・ドルトン・カリオストロ」


「な、なにを」


「アルベールは舌を抜かれ、フェルトノールは血抜きの拷問で、カルスランは水責め、ドルトンは電気椅子、カリオストロは火あぶり」


「何を貴様は言っているんだ!?」


「人の名前は忘れても、自らが行った拷問はその手にしみついているのではないですか?ピエール、これだけ拷問をしておきながら拷問が嫌いだとは言えるわけがないでしょう」


「!?馬鹿な……あの全員は確かに死んで!? 誰から聞いた!」


「当然、本人の口からですが?」


「うぅっ、嘘をつくな!? あの者は蘇らないように入念に……」


だが、その言葉の途中で、少女はどうでもいいと言いたげに、ピエールの首を掴むとその場に膝を屈させる。


「どうでもいいでしょう今はそんなこと……私が問うのはただ一つ、それだけ拷問を行いながら、貴方は拷問愛好者ではないという、拷問に欲情し、拷問に恋をしていないという。それはいかなる矛盾でしょうか? 他人への苦痛を強いるのに自分への痛苦は耐えられないと……これはいかなることでしょうか?」


その狂気の瞳に、ピエールはぞわりと全身が総毛立ち言葉を無くす。

しかし、少女は止まらずに、ピエールを問責し続ける。


「……これは拷問に対する冒涜ですね! これは拷問に対する挑戦です! 我ら拷問愛好者にとっての侮蔑と、全ての悪意を込めて放たれた醜悪なる敵意です!  それはつまり我々の怒りを買うこととなり、貴方が望まないすべてのことを行うことでその罪を贖うことが必要になるでしょう!」


「……な、なにを言って……何を言っているんだお前は!? 狂ってる! お前は狂ってる!! ふざけるな! 誰がそんなことを許すと思っている!!」


「許されますよ」


「なんだと!?」


「だって私は拷問を信仰し拷問に愛されているのです……証拠にほら」


そういうと少女は黒い服の下にある袖をまくる。


「ひげぇえ!?」


その服の下には、全身おびただしい数のやけど跡、傷跡が生々しく残っており、その傷を一つ撫でると拷問愛好者はまるで達したかのように体を震わせると妖艶な微笑みを浮かべてこちらを見やる。


「拷問愛好者以外の拷問者は死すべきです!? 殺戮者も拷問愛好者以外は全て異端です! われわれ拷問愛好者は全ての加虐趣味の頂点に立ち、それ以外は全て殺さなければなりません!私は拷問に愛されている、拷問を信仰してい……だからこそ、私は拷問をし、それを乏しめるものを拷問の御心に沿って誅殺すことですべてが許されるのです」


「意味が分からない!? 意味が分からないぞ!? ふざけるな!」


「簡単な話ですよ……だってこれ貴方が言うクレイドルというのを……拷問に置き換えた、それだけじゃないですか」


その言葉に、ピエールは絶句する。


クレイドルという神の名を使い……それ以外を奴隷とし殺してきた。


だが許されていると思っていた、何故なら……自分はクレイドル教の司祭だから……。

変わらない、自分は目前のこれと何も変わらない。


理不尽に何もかもを奪ってきた自分と、この目前の狂人は何が違うのか。


いや、まだ彼女の方が、自分の異常性を理解していただけまともなのかもしれない。


その時初めて……彼は自分の狂気を知った。


だがもう遅い。


知ったところでもう戻れはしないのだ。


「あ、あぁ……あああぁ!?」


伸びる不条理は、怒りとすべての憎悪をもって苦痛と痛みを提供する。


だが。


「ですが……私も鬼ではありません……貴方、助かりたいですか? 生きていたいですか? 痛くなりたくないですか?」


その手は目前でぴたりと止まり、拷問愛好者は拷問を止める。


「ああぁああぁうあぁ……いっいっ生きていたい……い、痛くなりたくないです!」


「分かりました、ならばとっても簡単な条件を二つ飲んでいただければ、拷問はなしにしましょう」


「ほ、本当に!? 拷問、拷問しないでいただけるんですか!?」


「ええ、その代わり条件を飲んでもらいます」


「……何でもします!? 何でもしますから!! お願いします、拷問は!? 拷問だけは!」


「いいんですね?」


にこりと微笑む少女……しかし、そのことをピエールは深く深く後悔をする。


やってしまった……。


この言葉は契約であり、彼は今悪魔と契約をしたのだ。


魂の束縛、町民の生贄……。


何をされるかもわからないというのに……彼はこんなにも簡単に悪魔との契約をしてしまった。


「あっうぁ……あぁああ」


終わった……すべてが終わってしまった……そんな絶望の中、ピエールは一人佇み……。


その条件を待つ。


そして。


「では……まず一つは、魔族の処刑は方法が見つからなかったとしても必ず執行すること」


「へ?」


「そしてもう一つは……その処刑の日に……クレイドル教会大司祭全員と……クレイドル教会教皇を出席させること……これだけで十分です」


「へ? それだけ?」


あまりにも拍子抜けするような内容だ。


「貴方にはさして難しいことではないでしょう?」


「は、はひ」


元より、処刑は何が何でも行おうと思っていたものであり、教皇と司祭も、少し難しい提案ではあるが、命と天秤ということであればさして難しいことではなく、ピエールは驚愕に喉を鳴らす。


「何か不満でも?」


「い、いいいいい、いえ!?え、えと……それだけ? 本当にそれだけでいいんですか?」


「ええ、たった二つ、それだけをあなたはすればいい」


その言葉に、ピエールは驚愕と共に、感謝をする。


「あ、あう……しかし、なぜ……」


「私、お祭りが好きなんですよ……だからお祭りは派手で、盛り上がったほうが楽しいですもの!」


そんな、単純で簡単なことを、さも当然のように拷問愛好者は語り、ピエールは理解する。


なんだかんだ……この拷問愛好者も凄惨な処刑を楽しみにしているのだと。


故に。


「わ、分かりました……手配いたします……」


その言葉にピーエルは平伏すると同時に、偉大なる神へと感謝をする。


命を助けてくれたこと、この拷問愛好者の要求が簡単であったこと。

「それでは、よろしくお願いしますねピエールさん……楽しみにしていますから。 あ、そうだ……帰り道に馬車を一ついただけますか?」


「馬車、ですか?」


「ええ、私の馬は……ここにつくと同時に拷問して使えなくなってしまったので」


にたりと笑う狂気に狂った少女の瞳、その深淵は深く濁り、ピエールはその狂気にまみれた表情に吐き気を覚える。


見境のない拷問愛好……彼女にとって、人も動物も……何一つ違わないのだ。


「す、すぐに!?」


「……正門の前でまっていますので」


「は、はいい!?」


慌てて駆けだすピエール。


バタバタと子供のように発狂しながら走り回るその様とても滑稽であり。


しかし、拷問愛好者はそんな様子を楽しむ余裕もなく……ぷるぷると体を震わせながら。


「はぁあああ~~~~~~~~」


涙目で大きくため息を吐くと同時に、一時的に変化の魔法を解く。


現れたのは、まだ幼さの残る表情をした少女……ウイルの影、カルラであり。


顔を耳まで赤く染め上げながら、ようやく役から解放された安堵にその場にうずくまり。


「やっ……やっ……やっぱり私には向いてないですよぉ……ウイルくん~……」


可愛らしく泣き言を言いながらしばらくはその場でうずくまったまま羞恥と緊張の入り混じったなんとも言えない感情と格闘をするのであった。


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