318. ファーストキス
「なっ!? シオン!」
「ちょっと! 何やってるんだい!?」
慌てる僕たちをよそに、シオンはさも何でもないと言いたげに立ち上がると。
ふらふらとピエールの元へ向かい。
「ほらほら、アンタたちが大好きな魔族だよ~」
そんな呑気なセリフを零す。
「ま!? 魔族!」
「そうだよ~……人柱だったら、こっちの方がいいと思うんだけどなー」
「魔族だ!!? 魔族が出たぞ! こいつだ! こいつがアンデッドを街に放ったんだ!」
ピエールの言葉に、聖騎士団はサリアへの関心などすっかりと忘れ、新たな生贄に食いつくように矛先を向ける。
「ちょっとシオン!」
挑発をするような態度をとるシオンを、僕は慌てて止めるが。
「せっかく助けたんだから、殺しちゃだめだよー……」
そんな僕にシオンはにこりと微笑む。
「君は……」
こんなやつらでも許すというのか……。
「シオン……いけません。 今回はあなたが犠牲になる必要などありません」
「犠牲になるつもりはないよ……でもほら、やっぱりウイル君が表立って世界に宣戦布告をするのはまずいよー……ほら」
シオンはそういい、聖騎士団の奥にいる人物に視線を送る。
そこには、聖騎士団とは異なる鎧を着た騎士たちが、クレイドル寺院の外に控えていた。
「……アンデッド襲撃中に依頼していた本部の大聖騎士達に、異端審問官もいる。 ここで騒ぎを起こしたら、私達全員お尋ね者だよぉ~? それに、リルガルムのみんなにも迷惑が掛かる」
「……だからと言って!? あなたがなぜ……」
「大丈夫大丈夫―! 言ったでしょ?犠牲になるつもりなんて毛頭ないし……なにより」
そう言うと、シオンはにこりと笑うと……僕の頬を両手で優しく包み。
「――――――!?」
僕の唇にそっと唇を重ねる。
爽やかで……どこか懐かしい、甘い味がし。
火照った前髪が、僕の頬を撫でる。
「!!? シッシシシシシッシシオン! 何やって!」
「えっへへへへー! 初めて、いただいちゃいました!」
顔を赤らめ、シオンはそうブイサインを作る。
笑ってはいるが、シオンの顔もゆでだこのように真っ赤である。
「……し、シオン?」
「信じてるからね、ウイル君」
そう言うとシオンは自ら聖騎士団の元へと歩いていく。
「捕まえろ!? 惨たらしく! この事件を起こした首謀者を異端審問にかけるのだ! クークラックスに光を! クークラックスに祝福を! はっはっはあはははあははは!」
「「「「捉えろおおお!」」」」
一斉に、シオンに覆いかぶさるように多いかかる聖騎士団。
その歓声に含まれているのは、恨みでも憎しみでもなく歓喜。
その下卑た歓喜はシオンを取り囲み、抵抗する気もない少女に対し……まるで玩具を痛めつけるように、拳を振り上げる。
「シオン!?」
だが。
「あ、気を付けてね? 下手なことすると……消し炭になるよ?」
その腕は、シオンの髪から立ち上った炎に焼き尽くされる。
「ぎゃああぁ!?」
「貴様!? 抵抗を!」
「違う違う、自己防衛機能だよー、魔族は攻撃されると自動的に相手を迎撃する呪いがかけられてるの(大嘘)。 大丈夫大丈夫! ホテルマンがお客様をご案内するように丁重に取り扱えば、何も問題ないから―」
「ぐっ……連れていけ!」
聖騎士団に囲まれながら、シオンはクレイドル寺院から外に出て行く。
あの様子なら、捕まっている間に暴力を受けるということはないだろうが。
それでも、この国の醜い感情すべてが、彼女を襲うことは間違いないだろう。
【―――――――――――――――――――――――――――!!】
クレイドル寺院に人がいなくなると、同時に外では歓声が上がる。
エルフを犯人だと証言した人間たちも、先日までシオンに感謝の言葉を述べていた人間たちも。
皆こぞって、生贄に対して自らの憎悪と身勝手な正義の言葉を投げかけては、犯人などいないはずのこの事件の収束を大喜びする。
「……マスター。 さすがの私も、度し難いものを覚えています」
サリアは冷静を装っているが、その額には青筋がいくつも浮かびあがっており。
「……シオン」
ジャンヌも、シオンの身を案じる様な言葉を漏らす。
「まったく、僕に何をしろってんだよ……シオンは」
信じているとは言っても、あんな状態で拘束されたらどうしようもないじゃないか。
「……えと、多分シオンのことだから何も考えてないかと」
「……恐らく」
ジャンヌの言葉に、サリアも一つうなずくと。
「はぁ……」
僕は大きなため息を漏らす。
「いかがいたしますか? マスター……命令さえあれば、この街の人間すべての首を御前に並べましょう……一時間もあれば可能です」
街の人間全員並べてなで斬りにするつもりだろうかこのエルフは……。
「そうならないように、シオンは捕まったんだろうサリア?」
「しかし……あまりにも」
「うん……流石にあまりにも……愚かが過ぎるよね」
「!?」
「ま。マスター?」
一瞬僕は表に吐き出した明確な怒り。
その言葉にサリアはびくりと肩を震わせる。
今回ばかりは、笑って許してなんてやるものか。
正攻法で行けば、確かにシオンを取り戻す方法などいくらでもあるだろう。
それこそ、リルガルムのレオンハルトの力を借りることもできるし……迷宮教会の主という立場を利用することもできる……。
シオンは、死ぬつもりなどないがこの街の人間に一応の決着をつけさせようとしているのだ。
自分が恨まれることで、この街を恐怖に陥れた魔女として……人々の憎しみを一身に受けることで、この街が失った活気を取り戻させようとしているのだ。
なぜかは、彼女が語った通りだろう。
せっかく助けたのにもったいないから。
本当にそれだけの気持ちだけで、そしてその程度でみんなが丸く収まるならと……彼女はそれを受け入れた。
今までと同じように……それはなんて……優しい覚悟。
シオンは信じているというのは、恐らくも殺さずに事態を収めてくれるのを信じているということだろう。
だが……その解決方法は、今回ばかりはパスだ。
いつもならその彼女の意図を汲んで、その通りに行動をしただろう。
しかし……その結末を許せるほど、僕の心は穏やかではいられていなかった。
だからこそ……。
「なぁサリア」
「は、はい」
「彼らに敵対すると、世界に宣戦布告をすると同義だって言ってたけどそれは本当なのかな?」
「え? ああ……本部の聖騎士団が赴いているということは、そうですね。そも、ここはクレイドル教会すべての聖地です……恐らく弓を引けば……それは確かにこの世界第一の宗教であるクレイドル教に弓を引くことになり……そうなれば世界中の人間を敵に回すことになるかと……」
「なるほどね」
サリアの言葉に、僕は一つうなずく。
「え、えと、ウイルさん……一体何を」
「いや……この際だからさ……世界に宣戦布告ぐらい……してもいいんじゃないかなって思ってさ」
「へっ!? いやいやいや!? マスター何を言っているのですか、せっかく冒険者としての地位も確立し始めてきた最中ですよ! 世界に宣戦布告をするということは、リルガルムにもするのと同義です! そうすれば、今までの人脈も、迷宮への侵入だって困難になる恐れがありますし……シオンだってそうならないために掴まったのですし……」
「ああ、だから」
必死にその行動を止めようとするサリアであったが関係はないだろう。
何故なら、そんな世界にシオンはずっと一人で生きていたのだから。
口づけをしたシオンの唇は震えていた。
怖くて、本当は逃げ出したくないのに……自分は魔族だからと身を投げ出した。
それでは今までと変わらない……呪いのように、彼女が魔族である……という事実が彼女を蝕み続けるなら、それを守る方法はとてもシンプルだ。
「……僕は魔王になる」
僕が、それを超える災厄になればいい。
「なので、お供します……」
僕の覚悟をサリアは当然のように短く肯定した。
◇




