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317.平穏と愚者


「街は元通りになりつつありますが、まだまだ人々の表情には影がありますね、マスター」


夕食の買い出しを終えた帰り道、隣で荷物を半分持ってくれているサリアはそう何となしにつぶやいた。


「まぁ仕方がないんじゃない? 彼らにとってしてみれば、奇跡的に助かったというよりも、アンデッドの襲撃で何もかもを失った……っていう感覚なんだから」


自分がアンデッドとなっていた前後の記憶を失っているクークラックスの人々は現在、カルラの流した噂やシンプソンが作り上げた――自分が有利になる――作り話により、アンデッドの襲撃を食い止めることができずに、街の侵入を許して大惨事になってしまった……という認識となっている。


記憶があいまいなのもアンデッドの瘴気に充てられたが故……と説明され、手柄も聖騎士団たちがすべてかっさらっていった。


しかし、こちらとしても全て持っていかれたままでは悔しいし骨折り損のため、大量のアンデッドたちはシオンの魔法により殲滅した……という事実だけは僕たちが持てるすべての情報操作能力を駆使して守り通しはした。


そのため、聖騎士団の活躍半分、シオンの活躍半分といったところで、この街の救世主物語は落ち着くのだろう。


本当であれば、ジャンヌが町を救った……ということにした方が丸く収まる様な気がしたのだがまぁ、自分がアンデッドであったこと、自らの愛する者や家族を自分たちの手で手にかけていったという記憶がよみがえることで、街がパニックになる可能性を考慮して、ジャンヌが持ち出した案を採用したのだが……その結果彼らは加害者の受けた報いを受けたのではなく、完全に自分たちが被害者であると思い込んでしまっているのだ。


「……あまりいい傾向ではありませんね」


奴隷が逃げたことも、黒騎士隊が消えたのも、労働力が三分の一にまで減ってしまったのも……すべてはアンデッドの急襲のせいであることになってしまっている。


本来であればその怒り等々は全て奴隷への迫害という形で発散していた彼等であったが。


労働力の三分の一である奴隷を失い。 さらには街をも破壊された彼らにとって今は、新しい何かを探している最中のようにもうかがえる。


「まぁ、シンプソンやローハンたちがうまくやってくれているだろうけど……それでも、用事が住んだら長居したいところではないよね」


ちらりと、僕は横目で通り過ぎる人を見やると……サリアに対し殺意に近い感情をむき出しに、道を歩く人間と偶然目が合ってしまった。


「ですね……リリムの仕事もそろそろ終わりを迎えるはずです……すべてが終わり次第、リルガルムへ戻りましょう」


「だね」


この街がまた、新たな奴隷を作り出すのも時間の問題ではあり、あの胸糞悪い惨劇がいつ再開されるともわからない……助けこそしたが、もはやここに関わる義理もなければ、おせっかいでもない僕たちは、そう顔を見合わせるとお世話になっているクレイドル教会……ジャンヌの住んでいた教会へと入っていく。


「……あ、おかえりー」


クレイドル寺院に戻るとそこにはシオンがおり、ぼさぼさの髪をジャンヌに溶かしてもらっている最中であった。


その姿はついこの前まで殺し合いをいていたとは思えないほどの仲睦まじい光景であり、まるで本当の兄弟のようだ。


「すっかり仲良しに戻りましたね、お二人とも……ですが、自分の髪ぐらいは自分でとかしたほうが良いのでは?」


「えっへへーいいのいいのー! 昔っからジャンヌは私の髪をとかしてくれたから―!」


「こうやってずっと甘えているんですよ? もしかして皆さんにもこうやって甘えてるんですか?この子は」


真祖の吸血鬼であるとはいえ、彼女は前とは変わることのないジャンヌのままであり、シオンの髪をとかしながら、困った子ねとつぶやきながらも嬉しそうに微笑む。


「……流石にここまでではありません。 姉にあえて幼児退行しているといったところでしょうか」


「……僕のパーティーの中では一番年上なんだけどねぇ」


「えっへへー! 女の子は十七歳を超えると年齢が止まるものだから―!」


「何を訳の分からないことを……そういえばティズとカルラとリリムは?」


「みんなで洞窟の採掘権を奪いに行ったよー」


「あぁ、今まで放置だったのに、経済難が現実味を帯びてきたら商人がこぞって食いつき始めたんでしょう? リリムにとっては災難よね」


「ええ、なのでローハンさんとマキナちゃんを連れて……洞窟内にゴーレムを配置しに行きました。 あとでウイルさんにも来てほしいとのことでしたよ?」


「ゴーレム?」


なんとなく僕は嫌な予感を覚えつつも、その言葉の続きをうかがうと。


「要は―、洞窟の採掘権を得ても、得はないと思わせればいいからねー……マキナちゃん特性、ボクシングゴーレム(岩級)を洞窟のいたるところに配置して、クリハバタイ商店の関係者以外は全員コークスクリューブロー!!」


「随分とまた……」


洞窟の視察に訪れた村人たちが、マキナの高笑いと共にゴーレムに殴り飛ばされる光景が脳裏を走り、僕は眩暈を覚える。


「リリムっちは目的のためなら案外手段は択ばない子だよ~? それに、なんでもかんでもあいつらのいいとこどりなんてむかっ腹が立つからねー」


「まぁ、一理ありますね」


「サリアまで……」


正直、確かに取り越し苦労な点もなくはないが……。


結果として全員無事に終わったのだから……これで……。


「失礼する!!」


よかったのだ……そう僕が思おうとした瞬間。


無粋な音をたててクレイドル寺院の扉が開きぞろぞろと聖騎士団の人間たちが剣を構えてなだれ込むように入ってくる。


「何事でしょうか?」


シオンは一瞬目の色を変え、魔力を練るが、それを後ろから人形のようにジャンヌは抱きしめて止めると。


あくまで冷静に突然の来訪者たちに問いかける。


「おお、聖女ジャンヌ。 ご無事でしたか」


ジャンヌの問いかけに、騎士団は一度礼をするように頭を垂れると道を開け、その間を悠々と呑気な声を響かせてピエールとジョフロアの両名が入場してくる。


記憶を失っているとはいえ……ピエールのこの態度の豹変ぶりにはいささか胸の内に黒いものが走り抜けていくような感覚を覚え、サリアは額に青筋を浮かべているのを、僕は裾を引っ張ることで何とか落ち着かせる。


「ええ、無事ですよ……まるで生まれ変わったかのようですよ」


「それは何より、ささ、こちらへ……その者たちは危険人物です。 あとは我らにお任せを」


「危険人物?」


まぁ、言われてもしょうがない行いをしてきたとは思うが、街を助けて危険人物呼ばわりされるのはいささか聞き捨てならない。


少なくとも、シオンはこの街を救った英雄として扱われているのだ。


「どういうことですか? ピエール司祭」


「……此度のアンデッドの襲撃……エルフの女が絡んでいるとの情報が入りましてな……容疑者として、聖騎士・サリアを拘束し、異端審問にかけることになったのです」


「異端審問?」


「これまた穏やかではないねぇ」


シオンのつぶやきは穏やかではあったが、明らかな殺気がほとばしる。


「……どうして、アンデッドの襲撃はエルダーリッチーによるものです。 エルフは関係ないはず」


「そうもいかないでしょう、エルフは死療術にもたけています。 街にも目撃者が多数現れているのですよ、彼女が街はずれで死霊術を使うところを見たという人がね……」


ジャンヌとシオンとサリア、そして僕は顔を見合わせて苦笑を漏らす。


救いようがないというのは本当にこのことだろう。


「何がおかしい!」


よりによって、事件の全容を記憶している人間に対し、ピエールは自分たちに都合のいいストーリーを語っているのだ、しかもありえない大嘘まで並べて。 


この光景を滑稽と呼ばずに何と言おう。 大根役者に稚拙なシナリオ……そして見え見えの魂胆に、僕はあきれを通り越し殺意さえ沸いてくる。


ただ痛い目を見ただけならばまだ、見逃してやる気にもなったのに。


僕のサリアに……濡れ衣を着せようなどと……愚行にも程があろう。


「要は生贄が欲しいんでしょーピエール。 労働力は減って奴隷は解放された、黒騎士隊もいなくなって街はボロボロ……産業も経済も何もかもがアンデッドの襲撃で落ち込み、街も怒りのはけ口、己を価値あるものだと誤認させるための奴隷がいなくなったから街に活気も消えている……だからこそ、サリアちゃんを使って明確な犯人を作り上げようってわけだ。 サリアちゃんは唯一この街に残ってるエルフだからね? 街の人間も喜んで証言をするよ、自分たちが信じたいおとぎ話にね」


「事実などどうでもいい……ただ我々には明確な人柱が必要だ。 エルフの女を処刑することで、街はまた活気づくだろう……奴隷などまぁ、後でまた拾えばいいだけだしな」


シオンの言葉に、ピエールは悪びれる様子もなく、開き直ったようにそう語る。


語ったからには、僕たちも殺すという意味なのか、ピエールは目で合図をすると、聖騎士団は剣を構えて僕たちへと迫り寄る。


「今回の首謀者……サリアよ、神に祈り許しを請え……」


その声はどすが効いた声であり。


サリアは一度その声に微笑を見せると。


「……アンデッドの襲撃で、記憶を無くしているのは知っていますが……私の恐ろしさまで忘れてしまいましたか」


殺気を振りまく。


「っ!? 抵抗する気か! すでに、既にクレイドル教会本部に首謀者の捕獲の為に増援がきている! 異端審問官もだ!ここで我々に逆らうということは……全世界の人間に宣戦布告をするということに……」


「消滅した死体が、どうやって犯人を語るんです?」


「ひゅい!?」


もって五秒か……。


流石にここで殺されるわけにもいかないため、僕はサリアへ殲滅命令を下そうと口を開くと。


「抵抗するにきまってるでしょ馬鹿ピエール」


シオンは一つため息をついて立ち上がり。


その場で魔族化をした。


赤い髪に燃え盛るその身……彼らが好きな異形であることは一目で解り……騎士団たちは目の色を変えてシオンへと視線を送る。


「連れていくなら私を連れて行きなよ……そっちの方が、盛り上がるんでしょ?」


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