316.それから二週間
さて、こうしてアンデッド襲撃事件は幕を閉じたのだが、その後が複雑かつ色々とあったのでまとめて説明することにする。
呪いは全てシオンが放った炎により浄化された。
幸い、街の人々にアンデッドであった前後の記憶は残っておらず、彼等にはアンデッドの襲撃により町が崩壊しかけた……という漠然とした記憶と、恐怖が残るのみとなった。
ティズの奴は。
「そんなんじゃまた繰り返すわよあいつらのことだし!」
とご立腹気味で、カルラと共に当時の記憶をサルベージする方法を画策していたのだが。
「まぁでも……十分怖かったと思いますし、それで十分ですよ」
なんてジャンヌ自身は納得しているらしく、ティズもそれ以上は食って掛かることはせず、ティズ考案カルラ実行の【ナイトメア・リターン・ニンジュツ!】 作戦は計画段階でとん挫することになった。
ちなみに、僕はこれで良かったのだと思う。
恐怖によって、トラウマによって変わったものは恐怖政治と変わらない……彼らにとっては此度の襲撃は悪夢であればよく……彼らの生き方をこの一夜で変化させるのはジャンヌ自身も望んでいないようだ
ヴラドも、その結末がいいのならと納得しているようだ。
悲しきかなは、アンデッドと化し、クレイドルの力とヴラドの力、それぞれの神の力が混ざり合い最強の力に見えるものが開花したシンプソンが、街という街、アンデッドというアンデッドを破壊し、なんだか時空のはざまや天界への入り口、果ては並行世界をニ十個くらい破壊するような大魔王へと姿を変え、そんな化け物をリューキたちが必死になって食い止めていたりいなかったりしていたのだが……その英雄譚が誰にも記憶されることもなかったということだろう。
リューキ達曰く。
「……光と闇の力が合わさり最強に見えた」
「本当に……金貨が無ければ即死だったわ」
「混ぜるな危険」
という感想を述べていたが……世界の崩壊をかけた戦いにしては意外と元気そうである。
なので、本当にそんなすごい化け物と戦ったのかは眉唾ものなのだが、街に戻ったシオンとジャンヌ、そしてヴラドとマキナまでもが真っ青になって街にできた真黒な大穴を見つめていたことから本当に世界が崩壊しかけていたことは伺えた。
後に、ヴラドとマキナが二人がかりで大穴を修理していたが。
「リューキたちって、次元渡りできたっけ?」
「というかそもそも正直な話、なんであいつら生きてるのかがわからん」
とのことであり、死ぬことは前提で時空を行き来できる力を持っていないと、本来はこの場所に立っていることすらおかしい……程の災禍に巻き込まれていたらしい……。
本当……良く死者の一人も出なかったものだ。
さて、それは置いておいて。
その後だが、街は当然大パニックにおちいった。 前後の記憶はないとはいえアンデッドに襲われた恐怖の記憶は残っており、悪夢から目を覚ませば街はボロボロ、空には変な箱舟ができているわ、街の外には巨大な壁ができているわで……。
街の機能は停止……対応にピエールとジョフロアはてんてこ舞いとなっていたが、そんなジョフロアたちを助けたのは意外にもエルダーリッチーのローハンであった。
曰く、彼の目的は達することができたとのことであり、僕は一瞬その言葉に疑問を持っていたのだが。
しばらくしてその答えを知ることができた。
もうお気づきの人もいるかもしれないが。
シオンの炎は、アンデッドの呪い全てを焼き尽くした。
そう……ゆえに、ローハンが連れていたゾンビやアンデッドたちの呪いも焼き尽くされたのだ。
流石に死体であったため全員を生き返らせるのには三日はかかったらしいが。
アンデッドの襲撃等々で打ち捨てられていた元黒騎士部隊の人々も無事にシンプソンの手で生き返ったようであり、無事に他の黒騎士部隊の人々と合流を果たしたため、襲撃のお詫びも含めてこうして街の復興に協力をしているらしい。
エルダーリッチーとよくピエールとジョフロアたちが協力するなと僕は一瞬首を傾げたものだが。
先日見かけたときに目が逝ってしまっていたため、どうやらジョフロアとピエール達は正常な判断ができるような状態には現在いないようだ。
洗脳魔法はエルダーリッチーの十八番といったところだろう。
ローハンには、とりあえずやりすぎないようにと忠告をしておいたが……あの不敵な笑みから理解していたかどうかは怪しいだろう。
まぁ、全てが終わったら解放するだろうから何も言うまい。
神様のおひざ元でやりたい放題ではあるのだが……天罰を落とすなら彼だけにしてくださいね、クレイドルさん……。
そう言えば、クレイドル神といえば、シンプソンがそんな慈善事業の様な真似を引き受けたなと僕は思ったのだが、リューキ達が言うには、元々ここまでは全てローハンのシナリオ通りだったらしく、最初の契約時にすべてお金は払われていたということだ。
何から何までエルダーリッチーの計画の内であったらしい。
一体どれだけ先を見据えているのか……。
彼がこれからどうするかは聞いていないが、彼には聞きたいこともあるし、全てが片付いたらまた話を聞こうと思う。
ちなみに、時空や並行世界を破壊しつくす魔神となっていたらしいシンプソンはだが。
「今回は報酬がたっぷりですからねぇ! 今から楽しみですよぉ!」
と、かなり元気そうであり、早く報酬をもらうためか積極的に自らの力を使って街の修復に協力をしていいた。
当然、この労力もすべて加算して街中の財という財を根こそぎ奪いつくす魂胆であろうが。
今回ばかりは目をつむろう。
さて、色々と話はしたが、僕たちはその後、元奴隷の人々やローハンが連れていた元アンデッドだった人々の護衛を買って出たリューキたちと交代をする形で、リリムの仕事を手伝うことになった。
鉱脈は津波をすべて洞窟に押し込めたことから水に沈んでしまったため、まずは中の水を抜き出す作業から始まったわけだが。
流石にそこはジャンヌが手伝いに来てくれた。
ちなみにジャンヌであるが、シオンの提案を断り、真祖の吸血鬼であることを選んだらしい。
その理由を聞くことはなかったが、シオン曰く。
「女心はわからないねぇ~、あんなののどこがいいんだか」
なんて呆れながらも、どこか嬉しそうにそういっていたので、きっとその選択が一番いいのだろうと思う。
結局、彼女の目指したクークラックスから、世界から迫害や差別をなくす……という夢は失敗に終わったわけだが、僕たちを手伝いながらもシオンと笑いあうその表情は、夢をあきらめたものの表情ではなかった。
きっと、どれだけ時間をかけようと、気が遠くなるほど絶望し失敗を繰り返したとしても。
もう二度と彼女の心が折れることはないのだろう。
なぜなら、傍らには永遠に、その夢を肯定し、その存在を認めてくれる吸血鬼の姿があるから。
不器用ではた迷惑ではあるが……それでも、彼女を救ったのは彼なのだ。
だからこそ、その選択をシオンを含めて否定をするものはいなかった。
そんなこんなで2週間……洞窟の水抜きと探索を終えたころには、シンプソンのおかげもあってか街もすっかりと元通りになってきた、そんなところから、物語を再開しようと思う。
◇