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315.最初の炎


吸血鬼は動けない。


致命の一撃により全身を襲う後悔に恐怖。


自らが壊した、一人の少女の涙が……彼の脳裏を埋め尽くし、自らの過ちを責め立てる。


自らの行為は間違いであったこと。


また同じことを繰り返してしまったこと。


そのことを、ヴラドは一撃により叩き込まれ、そして悟る。


あぁ、最初から自分はシオンのことなど何も分かっていなかったのだと。


そして、理解しようともしなかった。


だからこそ、まっすぐに放たれる拳をいなすことも、打ち砕くこともできなかったのだ。


何が神か……何が王か。


これだけの長い年月、どうしてこれだけ焦がれ、思い、追いかけ続けてきたというのに気が付かなんだろう……。


「なんだ……お前は生きたかったのか……シオン」


ずっとわからずにいた。 自ら殺されることを望み、村人に粗末に消されようとしていた少女が……どうして死をこれだけ拒むのかを……。


だが……簡単な話だったのだ。



シオンは、ただの一度だって死を望んだことなどないのだ。



ただ、いつだって自らの命よりも……大切なものの為に犠牲になろうとしただけなのだ。


裏切られて処刑されることを受け入れたのも……村の平穏を望んだから。


オークの巣へと捨てられようが。


仲間に裏切られて殺されようが……ただの一度も、シオンが反抗し、その悪意を打ち砕かなかったのは。


ただ単に……彼女がその人達を心から愛していたからなのだ。


裏切られても、殺されても……恨むことなどできない。


そのぬくもりを思い出させてくれた人たちを……たとえ幻想だとしても……幸せな夢を見せてくれた人たちを……彼女は、敵とはどうしても思えなかった。


それだけのことなのだ。


だから、自分が消えるだけで済むならばと……彼女は死に怯え、震え……そして自らを呪いながらも……大切な人たちの為に笑って犠牲になり続けた。



歪でとても拙い人の愛し方……。


だが……殺されてもなお幸せだったからこそ……彼女は仲間を求め続けた。


次こそはと、希望を失わず。



「……………………遅いんだよー……バカヴラド」


ため息を漏らし、シオンは一人ため息をついてヴラドの頭を杖で小突く。


もはや勝負はつき、ヴラドは胡乱気な瞳でシオンを見つめる。


「……済まなかったな、シオン」


「かるっ!? 二百年ストーカーしといて謝罪の言葉それだけ!? 信じられないよー……まぁでも、反省できたってだけで大きな進歩かぁ……」


そんなヴラドに対しても、シオンはけろりとした様子で笑いため息をつく。


これだけのことをされながらも、シオンはやっぱりヴラドをそれ以上糾弾しようとは思わないようだ。


「メイズイーターよ……」


「なんだい?」


ヴラドの呼びかけに、ウイルはシオンの脇からひょこりと顔を出す。


「世話をかけたな……目がさめた気分よ」


「それはよかった……。 まぁなに、シオンが許しているなら僕も怒る理由はないからね……」


「そうそう、この街でちょっとしたホラーが起こったことに関しては、いい薬だってかんじだからねー!」


「薬?」


カラカラと笑うシオンに対し、ヴラドは船の上から横目で街を見やり、そうつぶやく。

街の人間すべてが吸血鬼となってしまった街……アンデッドと化した人間は神聖魔法では蘇らせることはできず、消滅させるほか手だてがなくなってしまう。


確かに、街の人間の罪深さを考えればおかしくはない天誅ともいえるが。


それを薬と呼ぶにはいささか不釣り合いなような気がしたからだ。


猛毒飲まされた挙句に塩酸を浴びせられた……ぐらいのたとえが一番しっくりくるほどの惨劇であろう。


故に、薬で済むのだろうかという疑問をヴラドはのどもとまで出しかけたのだが。


勿論、やった張本人がいまさら何を……と言われるのが目に見えているので口には出さず、ぐっと飲みこんだ。


「……随分と楽観的じゃないかシオン……街の人はいいかもしれないけどシンプソンはどうするのさ」


「大丈夫大丈夫……ちゃちゃっともとに戻しちゃうよー」


「?」


その言葉に、ヴラドとウイルは首を傾げる。


「ちょっとまってシオン……アンデッド化した人間は、元には戻らないんだよ?」


「そうだぞ……我の力を期待したとしても無駄だぞ? いかに我でも、吸血鬼を人間にするなんてできん」


「元に戻せないのは、神聖魔法が吸血鬼やアンデッドを消滅させちゃうからでしょ?」


「そうだけど……どうやってみんなをもとに戻すつもりだい?」


「簡単だよー。 吸血鬼化もゾンビ化も、突き詰めちゃえばみんな呪われてる状態なんだよー」


「呪い?」


「そう、ゾンビは死した魂に、吸血鬼化はヴラドが保有する吸血鬼の呪いだね。 それに取り込まれてゾンビや吸血鬼が生まれる」


「というと?」


「私の出番でしょうー!」


呪いのスペシャリストであるシオンは、嬉しそうに杖を振るうとブルンブルンと頭上で回し、魔力を練り上げる。


「……何を?」


「簡単な話! 本来だったら体と一体化して解けないんだけど……それだけを指定して焼き尽くせば呪いは解ける」


「呪いだけを焼き尽くす? 以前カルラの呪いが蔓延したときも似たようなことをしていたけど」


「それのすっごーいバージョン!! 私の大魔導炎武はねー! 不可能を可能にするのだよ! 私はシオン! 原初にして至高の炎熱魔法を操る者!!」


そう言うと、シオンは赤々と光輝く髪をさらに炎のように舞い猛らせ。


魔力を練り上げる。


「あっつ……」


ウイルは、自らの肌が焦がされるような錯覚を覚え、同時にレンガ造りのボロボロの箱舟から草木が一斉に伸び、花を咲かせていく。


その光景は、まるで天女が空から舞い降り、人々に祝福を与えようとしているかの如く美しく。


神を打ち砕いた箱舟は、いつしか女神を運ぶ遊覧船となった。


舞うかのように大地に魔法陣を描いていくシオンの姿に、ヴラドもウイルも目を奪われる。


炎の女神というのだろうか。


赤い髪を揺らし、動くたびに光が線を引くようにオレンジ色の残影が彼女を包み込んでいき……そしてシオンは……神秘を詠唱する。


【そこは、我らが求めし根源……我と共に歩みし旅人は、袂を別ち魔法と成った。彼こそわが友であり世界の母、見ませい……これこの一撫でこそ、世界創成の輝きなり】


滾る炎熱、トネリコの木から吹き荒れる火柱はやがて巨竜の如き長さと大きさとなり、放たれるのではなく一斉にあたり四方三里を炎熱により包み込む。


最初ビッグバン


今までであれば、炎はそこまで……しかしあたりを包み込んだ火柱は天まで上り。


「あれ? あれ何処まで上るん?」


「せっかくウイル君たちと旅行に来れたっていうのに! じめじめ雨雨!! だから最後ぐらい! 晴れろおおおおおおぉ!」



クレイドル歴20XX年 大地と空は、原初の炎に包まれた。



怒声と共に豪雨の降るクークラックスの街に炎が上がり、そして空まで飲み込んだ。


そして……雲、雨……そのすべてがその炎熱により消滅し。


ぽっかりと空いた空からは、その光景に驚き覗き込むように朝日が昇っていた。



天空そらが……割れた……」


「もう、何でもありだねシオン」


ウイルは感動よりもため息が漏れ……そして、喜びよりも安堵が漏れる。


街の復興だったり……なんでか知らないけどいつの間にか気絶をしているサリア、カルラ、ティズをどうするかとか、街の人達がこれからどうなっていくのかとか……ウイルは少し考えるだけでも大変なことが山積みで素直に今回の一件は解決を喜べなかったが。


「えっへへー! ブイっ!!」


それでも、目の前にいる少女の、心からの笑顔を見たら……そんなことはどうでもよくなってしまったようで。


笑顔を返し、ウイルはそっとシオンの頭を撫でてあげるのであった。


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