314.【結果】 サリア・カルラ・ティズ失神
「幻想に生きるかシオン!! なればその夢現より、我がこの手で引きずりだしてくれよう! いい加減に目覚めよ……貴様の望む【理解者】など、この世のどこにも存在しないのだから!」
シオンの言葉に、ヴラドは一つ吠えてシオンへと走り牙を突き立てる。
その言葉は憐れむわけでも、同情するわけでもない心からの言葉。
同じ寿命を生きる者でもなく……その苦悩、苦痛を理解できるわけもないウイルという小さな存在。
その人間が、シオンの苦痛を理解するのは不可能である……そう語りながら、幻想に恋をするシオンを救うべく、男は一途にシオンへとひた走る。
それは、自らが奪った幸福の贖罪のため。
命を救い、そして絶望の淵に叩き落してしまった少女を幸福にするため。
男はひた走り、少女の為に牙をむく。
人間が……迫害する側の人間が……その苦痛を、痛みを……共有することなどできるわけがない。
それほど彼女は苦しみ、痛み……そして、涙を流し続けてきたのだ。
そして、彼女を苦しめてしまった、泣かせてしまった己こそ……その人生全てをもってして彼女を救わなければならないのだと……己に刻み付けながら。
吸血鬼は少女の為にひた走る。
余計なお世話かもしれない……愚かな選択とも取れるし、彼女を追いかけまわす亡霊にも似た……狂った行為(好意)なのかもしれない。
だとしても……彼にはこの方法しか、彼女を救う方法は思いつかず……。
それしか方法を知らないのだ……。
だからこそ……吸血鬼はその少女が見出した希望を……信じることができなかった。
【あああああああああああああああ!】
怒声を上げながら走るヴラドにシオンは一つ笑みを漏らす。
「貴方は、まだそこで止まっているんだねー」
憐れみではない……心の底からシオンは、ヴラドに感謝の意を込め。
「だけど大丈夫だよ……私はもう、一人じゃないから」
その全力の希望をヴラドに対し叩きつける。
【大魔導炎武・大火炎舞踏会】
放たれるは、ノーモーション、無詠唱で放たれる火炎地獄。
何の前触れもなく現れた炎は、まるで演武を舞うかのようにヴラドへと襲い掛かり、その一つ一つが神をも焼き払う火力をもってして、ヴラドを滅さんと包み込み焼き払う。
メルトウエイブをも凌駕するその炎はまさに大魔導と名乗るにふさわしき熱量を誇り、容易に神であるヴラドの肉体を喰らいつくし、骨をも溶かしつくす。
「ブラッドナイトメア!」
が。
「温い! ぬるわぁ!」
身を焼かれ、骨は融解し、その骨髄は炭と化す。
しかしヴラドはその炎獄でさえも温いと笑い……シオンへと笑いながらひた走る。
「しつこいなあーもー!? メルトウエイブの倍ぐらいの火力浴びせてるんだから! そろそろ溶けてよねー!」
「笑止!! この程度で我が意思は砕けぬわ! この思いある限り、絶対にな!」
己が与えた地獄はこの比ではないと。
そう己に刻み付けるように……己の血をたぎらせ……少女を救うために盲目的にひた走る。
もはやそこに彼女の意思など存在しない。
何が幸福なのか、何が彼女の為かなど関係ない……。
ただ死に、吸血鬼と化すことこそが……彼女にとっての幸福であるはずだ。
いや、そうでなければならない。
そう信じなければ、そうあり続けなければ……もはやヴラドは自らを保つことなどできはしない。
「そうだ……そうでなければならない! お前は死ぬことで、幸福を手に入れなければならないのだ! そうでなければ……なぜお前は死を望み……なぜ私はお前を絶望の淵に叩き落したのだ!」
彼は否定する……ゆえに苦悩する。
なぜ、シオンという少女があの日……殺されなければならなかったのか。
村を守り、人を愛し、慈しみ……あまたの脅威から村を守り続けてきた彼女を、化け物とののしった村人たち。
恩を忘れ、愛を疑い……そして裏切った人間たち。
そんな愚かな存在に殺されることを……幸福だと笑った少女が許せなかった。
だから……吸血鬼は猛り、彼女に生を与えた。
己があり方、盟約をたがえてでも……その儚い生を守りたいと願ってしまった。
だが……その生は……彼女を幸福にしなかったのだ。
自らの生も何もかも彼女は望んでいない……彼女が望んだのはいつだって……。
大切な人の平穏と幸せだったのだ。
だが、そんなものは間違っている。
裏切られたなら泣くべきだ……苦しむべきだ、怒るべきだ。
結果……生を得た彼女の末路は悲惨だった。
何度も裏切られ何度も死に絶え、すり減り摩耗し……やがて狂っていった。
その姿をヴラドは二百年……目の前で見せられ続けてきた。
己を否定し……拒絶し、そして死ぬ。
そんなやり取りを何度繰り返しただろう。
「だからこそ……だからこそ今度こそ……お前は幸せにならなければならない……もう、誰にもお前を裏切らせなはしない!!」
あの時、無理やりにでもシオンを孤独から救わなかったこと。
それがヴラドの罪であり……彼を縛り付ける後悔……。
恨まれようが、彼女の平穏を壊そうが……もはや死でしか彼女を救うすべはないのだから。
ヴラドはひたすらに、がむしゃらに……唯一の過ちを追いかける。
だが。
「アンタって奴は!?」
浴びせられる炎熱は止まることがなく歩を進めるヴラドも引くことはない……そんなシオンの肩を、少年は一つ叩き。
「僕が行く……」
ヴラドへとウイルは炎の中を走り抜ける。
「我は! 我は認めん!! 我が妻の幸福こそが! 我の使命なのだから!」
「その執念は確かに見事だけど……」
「ぬっ!?」
もはやシオンしか見えていない盲目の突撃。
しかし、その視界に突如現れた襲撃者に……ヴラドはなすすべもなく打ちのめされる。
「……少しは、空気を読んだらどうだい!!」
放たれるは細身の剣による脳天からの唐竹割り。
一閃は縦に一直線にヴラドを叩き……その一撃は音を立ててヴラドの脳髄を抉り出す。
「ぐああぁっ……」
声を上げよろめくヴラドであるが、その程度で終わるわけがない。
不死を得たヴラドに対し、少年はひたすらに剣を振るい、その身を削り続ける。
その剣戟は重く。
その意思の力は……鋼をも軽く凌駕する。
レベルもヴラドに軍配が上がる、技量も、筋力も、年季も……
ヴラドがウイルに負ける要素など何一つとして存在しない。
だが、受けきれない。
「おのれ……おのれおのれええぇ! 冒険者風情が、小僧如きが!! シオンを、救えるものか! 其の痛みを憎しみを……理解し得るはずが無かろうが!」
その一撃に、ヴラドは己が思いを乗せて拳を放つ。
だが。
「はあああああああぁ!」
神の贖罪の一撃は……たかが十数年の年月を生きた人間に、たやすく敗れ去る。
「ば、馬鹿なっ!?」
全てを込めた一撃……思いと後悔を乗せた……渾身の一撃であった。
それは、サリアの剣を受け止め、カルラの拳を見切った本物の一撃であり、マスタークラスでもない冒険者如きに、破られることはありえない……そんな一撃であった。
だが負けた。
思いを、その意思を……ウイルはたやすく上回ったのだ。
「ありえん!」
打ち負けようが、切り捨てられようが、ヴラドの体は無情にも再生をし……ヴラドは悪夢を払しょくするように再度拳を振るう。
何かの偶然が、まぐれにより、目前の少年は己を打ち負かしたのだと。
自らの誓いが、願いの年季が敗北するわけがないと……もはや祈りにも似た思いを刻み込み、拳をウイルへと再度放つが。
「軽い!!」
結果は同じ……あっけなく拳は敗れ去り、その腕は粉々に粉砕される。
スキルでも、レベルでもない。
そこにあったのは、意思の力の差。
「がああぁ!」
焼けただれた思いを胸に、後悔を胸に。
ヴラドはただひたすらに、過ちを正すために拳を振るい。
「そんな意思が! シオンを語るんじゃあない!!」
そのことごとくを、ウイルはホークウインドで打ち砕く。
一つ……二つ……。
ヴラドの拳を切り付け、砕き……、ウイルはその意思を叩きつける。
一撃を振るうたび、ヴラドの拳は破壊と再生を繰り返し。
その一撃を砕くたびに、ウイルの指は裂け……腕は鈍い音を立てて血を噴出する。
そう、一見すればウイルの方が死に体である。
死なない限り再生をしないウイルの体は、確実に摩耗し……再生をするヴラドが圧倒的に有利。
だが……それでも。
ウイルはただの一度たりともその意思で負けることはない。
「なぜだ……なぜなぜなぜ!? 我が二百年の想い! 贖罪が……負けるわけ」
「だから、お前の拳は軽いんだヴラド!」
過ちを正すように、ウイルは剣を振るい、ヴラドの拳を砕く。
音を立てて再生をするヴラドに対し。
ウイルの拳は骨が砕ける音を響かせ……やがて剣を取り落とす。
だが、ウイルはそれでも拳を振るうのをやめたりはしない。
少女の過去を知った、悲しみを理解した……。
苦悩し……そして奇跡のように出会えた少女が……自分たちに出会って。
生きたいと願うようになった。
それを理解した後で……どうしてウイルが敗北することが出来ようか。
どうしてまた……彼女を孤独に落とすような真似が出来ようか……。
「なぜだああぁ!」
「答えは簡単だヴラド!」
放たれる拳に対し、ウイルはボロボロの腕を振るい揚げ、その意思を叩きつける。
「僕は!! 絶対にシオンを一人なんかにしない!!」
だからこそ……初めから負けるわけがないのだ。
過ちを正すため……殺してでも己の正義を正しいと認めさせようとする一人よがりの正義と。
世界を敵に回したとしても……彼女という存在を守ると決めた少年の悪への決意。
盲信と決意。
その異常さ、狂気は似通っていたとしても
打ち合えば……どちらが勝つかは明白である。
そこに力の差も……年季も……種族も関係ない。
過去に縛られ、受け止めることのできないような後ろ向きな意思が。
前を向き戦うと決めた少年の覚悟を曇らすことなど不可能なのだから。
腕が砕けると同時に、吸血鬼は拳を弾かれ、その場に膝をつき。
ウイルの腕も、鈍く耳障りの悪い音と共に……血を噴出し、通常であればもはや使い物にならなくなるほどに砕け散る。
どうみても、どちらの体に限界が来ているのかは明白であるが。
それでも……ウイルは勝利する。
態勢は大きく崩れ、ひときわ大きな音が雨音を飲み込むように響き渡り、ヴラドは無防備になる。
「一つだけ……お前に言っておくことがあるヴラド」
「……………何を……」
「お前が誰を襲おうが……どんな国を作ろうが興味はない……だけど」
拳を握りしめ、叩き込むは致命の一撃。
武器はない、無手のその一撃は……その体ではなく、その意思を粉砕する。
「僕の女に手を出すな」




