306.この神父は神に贔屓されている
「何か手があるの、マキナちゃん?」
助けると発言したマキナに、リリムは怪訝そうな表情でそう問いかけると。
マキナは一度はにかみ。
「マキナはデウスエクスマキナレプリカ! 神様だからな、あ、でもシンプソン! 飛ばすのはお前の役目だからな、マキナ空は飛ばせない!」
「はい? 何言ってるんですか?」
「まぁまぁ、見ればわかるから! いっくぞー!」
そういうと、マキナは雨降りしきるピエールの城の屋上を足踏みをして打ち鳴らし。
魔法陣を作りだす。
「これは……」
【創成と建築の神、デウスエクスマキナがここに命ずる! 其の人は死へと抗い、いまを歩む旅人となった! 咎も罪さえ関係はない、今を生きるもの全てに祝福を! 崩壊の荒波を超える船をマキナの名のもとに愚者へと授けん! 作るは終末への旅船、人よ、その歩みと足掻きを神へと捧げよ! 我、その背中を押し微笑むもの也!】
詠唱と同時に、マキナの体から暴発するように一気に魔力があふれ出る。
それはまごうことなき神の力。
放たれた魔力は、聖王都クークラックスを覆いつくし、その力を発動する。
その名も。
【終末の箱舟】
同時に、ピエールの城が、あたり一帯の建物が……すべて崩落し、巨大な塊となってマキナの元へと集う。
「なななな!? なんだこれは!?」
「すごい……」
こんな魔法を知るものは誰もいない……当然だ、その力は神の力であり、この世に存在する魔法ではないのだから。
神が持つ特殊な魔法、デウスエクスマキナは建築をつかさどる神であり、迷宮の形をも自在に変える力を持つ。
故に、この街の形を変えることなど造作もなく。
マキナはその力を使い……一隻の船を作り上げた。
それはレンガと鋼で作られた巨大な船……。
先ほどまでピエールの城だったものは跡形もなくなっており、内装も何もかもを変質させたまま、そのままに姿を巨大な船へと変えた。
「城が、船に」
「おうさ、荒波超えて人を守る、鉄の時代ではノアの箱舟って言ってたな! まぁ人間しか乗っていないがこれもご愛嬌! だけどマキナができるのはここまでだぞ!」
「でもマキナちゃん……この船の材質じゃ、水の上には浮かないんじゃ」
「おうさ、ここら辺の建物全部レンガ造りだし、木が少ないからな……それに、どんな船だってあんなツナミは乗り越えられないぞ……」
「それじゃ、いみないではないか!?」
「だから、飛ばすのはシンプソンの役目だって言っただろう?」
「は? 何言ってるんですか貴方、私神父ですよ? こんな船を浮かすような真似できるわけないじゃないですか?」
「そうなのか? 神にできることなら何でもできるって言ったけど」
「……あっ、そっか……アクエリアス封印の寓話……」
リリムはそう、自分が先日話した話を思い出す。
魔族戦争の際にも呼び出されたアクエリアス……クレイドル神話の中で語り継がれるその物語で、確かにクレイドルたちは船と槍を使い、アクエリアス……魔神レヴィアタンを討伐していた。
「いやいやいや、たしかに私の神物語は聖書の再現は出来ますが、そんな聖書に乗っていないような神話の話は出来るはずが……」
「シンプソン、考えてもみろ、空飛ぶ船なんて作ったら、いくらで売れると思う?」
「やりましょう!! ええ、私の手にかかればこんな船の一隻や二隻簡単に飛ばすことくらい造作もないはずです!」
「いや、いくらなんでもちょろすぎだろシンプソン!? お前それでいいのか!?」
「いいんです! この世のすべてはお金なのですから!」
「馬鹿もここまでくるとせいせいするわね……」
ティズはあきれながらため息をつき、リリムの肩にとまり。
「ええ、そうですね……さっきの発言も……自分にお金が流れてくる前提で話していたし……」
リリムも同じように苦笑いを浮かべながら、水にぬれた髪の毛の滴を拭い、一つに束ねる。
「何よ? 濡れ髪眼鏡スケスケメイド服、ポニーテール萌えましましでウイルを脳殺するつもりなら、私も覇王妖精拳を使わざるを得ないわよ」
「なんかすごい不名誉なことを言われた気がするけどとりあえずその心配はしなくていいと思うよティズさん……」
「じゃあ何するつもりなのよ」
「どちらにせよ、あれと戦わなくちゃいけないんでしょ? だったら私も準備しないと、この髪、このままにしておくと戦いにくいし」
「まずはメイド服を脱いだらどうかしら?」
「ふふっ、分かってないなぁティズさん……メイド服っていうのは、乙女の戦闘服なんだよ!」
そういうと、リリムは一人伸びをすると、目前に見えるアクエリアスを見据えて口元を釣り上げる。
その瞳は、もはや美しき少女の面影は微塵もない。
獰猛かつ冷酷な……獲物を狩る狼の瞳へと変貌していた。
「魔力の補充できました! 行きますよぉ! 私ならできる、できるはず! なぜなら私にとってこのような出来事さえも、幻想にすぎないのですから!」
にこやかな笑顔と共に、シンプソンは顔に張り付いた滴を拭い、高らかに詠唱を始める。
【終末に、頭を垂れるべからず、終末とは財を失する大罪である……荒れ狂う荒波を超え、戦士は皆船に立ち、終末に立ち向かう戦士へと成った、意志ある者のみ生きるがよい、その槍にて多いなる終末を乗り越えるなら、クレイドルの名のもとにその生は現実となる……我は、愚者の息吹を赦すもの、クレイドルの名をもって、終末を生き抜くことをここに赦そう】
【神物語!!】
もはや、聖書の一説を唱えるでもなく、その物語すら知らないシンプソンであったが。
目前の欲望のため、船を飛ばすという光景をイメージしながら、シンプソンは番外神聖魔法、神物語を発動する。
神の神秘を再現するその魔法は、もはや奇跡以外の何物でもなく、クレイドル神に寵愛をされたシンプソン以外は使うことの許されない魔法であり、本人曰く、聖書に書かれたことしか再現をできないと言っていたが……。
【ここに奇跡の力は増幅される……クレイドルの名のもとに、そなたの望みに応えよう】
どこかから声が響き渡り、シンプソンの神物語の効果が、いきなりその場で増幅される。
「えええええええええええ!?」
幾らなんでも、シンプソンを特別扱いしすぎである。
そんなシンプソン贔屓の神様に、その場にいた人間すべてが驚愕の声を漏らすと同時に。
船は、あたかもそうあるのが当たり前だというかのように。
まるで竜が羽ばたくが如く力強さで……大地からその身を浮かび上がらせるのであった。
「ぬあああっはっはっはっはっは! すごいですよー!? 本当に私、やればできるんですねぇ!! あっはっはっは! これ、売ったらいくらになるんでしょう!?」
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