301.シオン
風のように走る……心臓が早鐘を打ち、降りしきる雨は私の体温を奪おうとしきりにさらけ出された肌を叩くが。
私は一歩踏み出すごとに、その熱量を増していく。
雨は嫌いだ。
だけど、今ではその雨でさえも愛おしい。
向かう先はジャンヌのいる場所。
彼女のしようとしていることは止めなければいけない。
そして、ヴラドも止めなければならない。
そんな使命が私の頭の片隅で、こそこそとささやくが。
そんなことはもはやどうでもいいことだ。
私は夢を見た。
それは、いつも見る悪夢……私が全てを失って、そして彼と出会うまでの物語。
だけど、今日の夢は少しだけ違った。
不思議な、そして大切なお客さんがやって来て、私の過去を勝手に覗いていったのだ。
いつもなら、ここで終わり……。
捨てられるか、殺されるか……どちらにせよもう、彼等とはいられない。
でも仕方がない……こんなに良くしてくれた、素性も分からない私を……彼らはずっと大切にしてくれたのに、私は彼らをだまし続けてきたのだ。
だから、私は謝罪した。
「ごめんねウイル君」
貴方は私に幸せをくれたのに……私はあなたの優しさにつけ込みました。
だけど。
―――ならば、僕の答えはふざけるなだ――
「~~~~~~~~!!」
あの時の言葉を思い出して、私は頬を押さえて声にならない声で……言いようのないこの湧き上がる幸せを表現する。
私の過去を、私の全てを……魔族であるという事実を知ってなお。
大切な人だと言ってくれたこと……。
「ウイル君……ウイル君……ウイル君ウイル君!」
彼の名前を呼ぶ。
どんな魔法の呪文よりも神秘的なその言葉は、私を染め上げていく。
応えなんて帰ってこなくていい。
ただ、その名前を口にするだけで胸が跳ね。
彼が笑っている姿を想像するだけで、体が火照っていく。
あれが夢でも構わない。
ただ、あの答えを私はずっと聞きたくて……。
私は二百年を生き続けてきた。
私に、ウイル君は生きていていいと言ってくれた。
「……あっははははは! ははははは!」
きっと、今私はひどい顔をしている。
仲間が危ないのに……みんなが危険にさらされているのに……親友が殺された言うのに。
私は満面の笑みで……こんなにも幸せで笑っているのだから。
本当に私は、どうかしてしまった。
だけど。
「そっか……生きてていいんだ……ずっと、ずっとウイル君と一緒にいていいんだ……嬉しいなぁ……とってもとっても……幸せだよぉ」
胸の内には炎よりも熱い思い。
私は知らない間に……ウイル君にこんな熱量を持つ魔法をかけられてしまった。
だってそうでしょう?
彼は、私なんかの為に……生きているだけでも罪なはずの私の為に。
世界を否定したのだから。
こんなことをされて……心が躍らないわけがない。
脚が弾まないわけがない。
「えへへ……うん……よーし! 私、頑張っちゃうんだから―!」
声を上げ、私は空に向かって一段と高く飛び、火柱を巻き上げる。
もはや、水程度ではこの熱量は収まるまい。
何故なら今の私は、最高に幸せな……スーパーシオンちゃんなのだから。
◇
「来たわね、シオン……」
レヴィアタンの召喚陣の前にて、ジャンヌは一人そう言葉を漏らす。
この豪雨の中、遠くで走る火柱の熱が届く。
そんな奇跡のような魔法を放てるものなど他にはいない。
そう認識をしながら、少女はレヴィアタン召喚の詠唱を少しだけはやめる。
【……水奏楽……奥義】
魔族の言葉で語られた言語を唱え終わった直後、ジャンヌは自らの首をナイフで断ち、召喚陣へと血を垂らす。
その赤き血に応えるように陣は赤々と光り輝き……同時に大地のあちこちから水があふれ出る。
光り輝く召喚陣は、光だけを残し大地から離れ、大地を飲み込んでいく水の上にぷかりと浮かび、その上にジャンヌは立つ。
水柱はほの暗く……その陣の奥から、血走った眼がジャンヌをにらみ。
【来れ……強欲の邪神……終末古龍レヴィアタン!!】
その少女の魔力を吸いながらゆっくりとその姿を現す。
「ジャンヌ!!」
高々と湧き上がる水柱、その足元から響く少女の声に、ジャンヌは一度眉をしかめて確かめるようにその声の主を見下ろす。
そこにいたのは当然シオンであり、少女は一度鼻を鳴らすと。
「……何をしに来たのかしら?シオン」
そうシオンに問いかける。
「当然、止めに来たんだよジャンヌ!」
「止める? なるほどねぇ、貴方も私を裏切るつもりなのね! 私を踏み台に、自分だけは幸せになるつもりなんでしょう! 自分だけはこの世界にとどまるつもりなんでしょう!?でも残念! 少し遅かったみたいねシオン! ここにレヴィアタンは召喚された!! いかに私を殺してもレヴィアタンは止まらない! もう、聖王都は終わりなの! 今更何を止めるというのかしら? 早々に消えなさい! こうやって、踏みつぶされないうちにね!」
一斉に湧き上がる水は、槍のように形状を変化させシオンへと走る。
その数はシオンを取り囲むように放たれ、四方より同時にシオンの体を刺し貫かんと走る。
だが。
「そんなの決まってるよ……」
シオンはそういうと、手に持った杖にて大地を一つ叩くと。
「っ!?」
大地より生えるように巻き上がる四つの火柱によりかき消され蒸発をし。
同時にその湧き上がる水柱の頂上をめがけて……跳ぶ。
その跳躍はただの跳躍ではなく、大地を爆破させ、その風圧により飛び上がったのをジャンヌは悟る。
浮遊や、飛行ではないなら、叩き落せばそれまでだ。
「無駄だと、言っているでしょうが!」
一直線にジャンヌへと迫る少女を叩き落さんと、濁流に近き大量の水をシオンに対して降り注がせる。
それはもはや、落下させるというよりは、その水圧にて大地へと叩き潰すという目的に近く。
飲み込まれればシオンは全身がつぶれて絶命することは容易に想像ができる。
そう、ジャンヌはこの時シオンを殺すつもりで魔法を放っていた。
邪魔建てするもの、そしてあまつさえ自分を殺そうとした人間の味方をしようとするならば……かつての親友であろうともはや許すことは出来ない。
復讐の化身となった少女はそう、躊躇いもなく裏切者へと制裁を加える。
が。
「今全力の!! メルトウエイブ!」
その大量の水を、シオンは核撃魔法により一瞬にして霧散させる。
「くぅっ!?」
第十三階位……魔法の頂点に君臨する破壊力を見せつけるかのように、シオンの杖から放たれた核爆発はただの水を熱量により溶かしつくし……それだけでは飽き足らず、その破壊を魔法陣の上にいる少女まで響かせる。
「くうあう!」
情けも、容赦もない……核の一撃に、少女は一瞬背筋を凍らせるも。
生み出した水の盾により、迫りくる核熱を防ぐ。
気が付けば、その一撃で召喚の為に生み出した水の半分は蒸発をし、けたたましい音を立てて白い霧があたり一帯を包みこみ、少女は視界を奪う。
「これが狙いか……」
そう、魔法の頂点に君臨する核撃魔法を、シオンは目くらましに使ったのだ。
慌てて、あたりの水を周囲に張り巡らせ、索敵を開始するが……。
「何を止めに来たって……決まってるでしょジャンヌ!」
視界がふさがれ、炎熱の魔法使いを捉えることができなくなったジャンヌは、自らを突き穿つ杖の先端の感触を腹部に感じる。
「しまっ……」
「まだ流れ続けてる、涙をだよジャンヌ!!」
暴発する魔力は重なる三連。
【ライトニング! ボルトオォ】




