300.レヴィアタン討伐戦 序 奇妙な共闘
「良かった、血液が個別の生命体として自立してるおかげで……スキルを奪うことができるみてーだ」
そんな声が聞こ得ると同時に、僕は少しの浮遊感の後に何かに叩きつけられるような感覚を覚える。
硬いものが全身に押し当てられる感覚……それが床であることに気が付くのに、僕は数秒をかけ……同時に呼吸ができないことに気が付く。
何かねっとりしたものが肺の中も胃の中も満たしている感覚……僕はその感覚に不快感を覚えながら、嗚咽を漏らすが。
「おい……しっかり……あー、ダメそうだな、エリシア」
「はいはい!」
血で固まった瞼のせいで、目前で何かを唱える人間が何者なのかはわからないが。
とりあえず一度僕はふわりと体が浮くような感覚を覚えたのち。
「腹パン!」
腹部に強烈な衝撃を貰い、僕は一気にすべてを吐き出す。
「げっほっ! ごえぁ……はっ、げほっ……」
びちゃびちゃと口から何かが漏れ出す。
もはや腹部の痛みなどよりも、逆流するその強烈な血の生臭さが全身を支配し……僕は嗚咽を漏らすも……同時に呼吸が可能となり、ようやくまともに動けるようになり、ゆっくりと立ち上がりむせこみながらも瞼をこする。
視界がまだ少々赤いが……ぼんやりと映る人影は見覚えがあり。
「おう、随分と手ひどくやられたな? 大丈夫か?」
そんな声と同時にかけられた手が、ふらつく僕を抱えてくれる。
その暖かさと、その声は聞き覚えがある。
「……もしかして……リューキ?」
「おうよ、悪かったなウイル、アンタらに任せるとは言ったが……まさかヴラドの奴が裏切るとは思わなくってよ……慌てて助けに来たってわけさ」
「まぁ、なんとなく察してたけどね……そんなことより、他のみんなを……」
「あぁ、少し待ってろ……フット、ウイルを」
「承知した」
手を離された僕に、フットはそっと杖を渡そうとしてくれるが、リビングウイルの発動により既に万全になった僕はその杖を首を振って断る。
感染症とかも……とりあえずは状態異状耐性のおかげで心配ないはずだ。
だが、他のみんなは僕のような不死のスキルを持っているわけではなく、安否が……。
「ぷはああああぁ!? さすがは真祖のスキル……ここまで強固とは……なるほど、血自体にスキル封じの毒薬を自ら混ぜ込むことで……私のような存在にも破られない血の牢獄を作ったのですね……」
「ふぅ……その、助かりました……ありがとうございますリューキさん」
心配だ……と考えようとした瞬間、僕の目の前で血の繭がリューキにより破られ、同時に中からぴんぴんした姿でサリアとカルラが現れた。 どちらも僕のような無残な姿をさらしてはおらず……息一つ切れていない。
「……おたくら、随分と元気だな」
「まぁ、エルフですから」
サリアはあっけからんと言い放つと。
「そうなのか? エリシアすげえな」
目を丸くしてリューキはエリシアの方を見るが、当のエリシアは顔を真っ青にして首をぶんぶんと左右に振っている。
「カルラはどこか悪い所はない?」
「ええぜんぜ……はっ……こほんこほん! す、少し飲みこんじゃったみたいで……背中をさすってもらえると……こほんこほん!」
急にむせこむカルラ、やっぱり我慢をしていたのか……。
慌てて僕はカルラをその場にかがませて膝に乗せ、背中をさすってあげる。
「どうだい?」
「あー……ふあぁ~……なんかよくなってきたです~……こほん」
「どうやらみんな無事みたいね」
「いやまだだ、あと、シオンがまだ捕まっている……」
早く助け出して……そして、伝えなくてはいけないんだ……。
ここにいていいんだと……。
だが。
「シオンが? でも……」
困惑するようなエリシアに、僕もつられてあたりを見回してみるが……。
「……ない……」
確かにシオンも一緒に血の牢獄にとらわれたはずなのに、その場にはシオンの分の繭は存在しなかった。
「まさか、連れ去られて!?」
最悪のシナリオが僕の脳裏をよぎり、僕は青ざめるが。
「いや、その心配はいりません。 この血の牢獄は大地から吸い上げる魔力をもとに形を保つ。 ゆえに、離した瞬間に元の姿……つまりはただの血液に戻ってしまうのです」
ふとききなれない声が響き、僕の想像を否定する。
「だれ?」
その声に僕はふと尋ねると、その声は一度押し黙ったのちに。
「……あぁ、やはりあなた様のいうことは正しかったようですね……」
ただその一言にでさえも感涙するかの如く……優しい声が洞窟の奥から響き渡り。
ゆっくりと……その闇が奥から姿を現した。
「……アンタは……」
息を飲む……その場に立っていたのは、まぎれもない魔物であり。
その恐ろしいまでの魔力が僕の全身を撫でまわすように通り過ぎる。
文献でしか見たことのない、膨大な魔力を持つ……魔法を極めた人間の末路。
エルダーリッチー……。
この聖王都を襲撃していた張本人が……ゆっくりと姿を現したのだ。
「なんで今回の騒ぎの張本人がここに?」
サリアは少しだけ警戒するようにそう問うと……エルダーリッチーは僕たちを一つ見回したのち……。
「この時を……二百余年……待ちわびておりました」
気高く、プライドが高いとされているエルダーリッチーが……僕たちに敬服するようにその場で跪いたのだ。
「お初にお目にかかりますウイル様、私、名を~ローハン~と……」
「悪いけど、自己紹介なんてしている時間はないんだ……シオンはどうなったのか君はわかるのかい?」
「あぁ!? 申し訳ございません……私としたことが……ですが、答えは簡単な話でございます……魔力の大きな乱れがこの部分だけ見られる……ということはシオン様はこの牢を自力で破ったのでしょう」
「自力で? スキル封じの薬品が混ぜられた液体ですよ?そんなことができるはず……」
「可能でしょう、あの方の魔法はもとよりこの世の理など通用しませんから」
含みのある言い方は、僕たちを困惑させる、というよりかは、シオンに気を使っているようにも感じられるのは、僕があの夢を見てしまったことを知っているからだろうか?
「……どういう」
そうリューキが首を傾げ問うてくるが、僕はその言葉を遮って次の話へと移る。
「そうか、だとしたら向かう場所は決まってるね……場所はわかる?」
「ええ。 追うことはたやすいです……ですが」
「だけど?」
「あなた様はシオン様を追うことは出来ません」
その言葉に、サリアとカルラは宣戦布告ととらえたのか構えをとる。
が。
「待て……」
僕はその二人の行動を短く制止をする。
「……マスター」
「どういう意味かを話して」
「シオン様を追えば、リリム様、ティズ様、マキナ様が死にます」
「!?」
「どういうことですか!」
「今、聖王都はヴラド率いるアンデッド軍が制圧しています……取り残されたティズ様方はピエールの城にて籠城をしていますが……今、吸血鬼と化したジャンヌが街に魔法を放ちました」
「魔法? 一体何を」
「神話の再現……水妖アクエリアス……魔界名称 レヴィアタンを召喚しました」
「馬鹿な……」
「嘘……」
その言葉に、リューキを除くすべての人間が驚愕の言葉を漏らす。
「お、おい、なんだよレヴィアタンって?」
「私たちが、崇める神とは異なる神よ……いうなれば鉄の時代の神」
「鉄の時代の?」
「そう、鉄の時代の神々は強大で好戦的で……クレイドル寺院の人間は徹底的に神々に関する文献、信仰を根絶やしにすることでクレイドル教の力を伸ばしていき、同じように創造主たちもこの世界を支配していった……だけど、いかに文献を焼き切ろうと、いかにクレイドルの偉大さを伝えようとも、決して人々の記憶から消えることが無い神がいたの」
「その一つが?」
「ええ、終末の魔物レヴィアタン……鉄の時代の海の支配者であり、天空の覇者バハムートと対をなす存在」
「海の支配者って……あぁ、リヴァイアサンか……いやでも、ここは大陸のど真ん中だぞ!? どうやってこんなところに」
「それが彼女の力、ジャンヌの持つ水操楽のスキルの真価です」
「……シオンの炎武と同じ」
「ええ……その力により、彼女は今聖王都を水没させようとしており、今現在、巨大な津波が聖王都へと迫っております」
「げっ……ツナミ……まさかこんな大陸のど真ん中でその言葉を聞くことになろうとは」
リューキは津波に嫌な思い出でもあるのか、少し陰鬱そうな表情をする。
「なるほど……アンデッドは溺れませんから、籠城、うまく隠れた人間も水没させてしまえば皆殺しにできる……そういうわけですね」
「そうです、シンプソン以外の誰も生き残らない……リリム様も、そしてティズ様も」
「……随分とこっちの事情にお詳しいんですね?」
淡々と語るエルダーリッチーに対し、カルラは疑惑の目を向けながら視線を送るが。
「……あなた方のファンの一人なので」
リッチーはそう口元を緩めて質問をかわす。
この男の言動や僕たちに対する知識はとても不自然で怪しいが……敵ではないことだけはなぜか深く深く伝わってくる。
どうしてか、なぜかはわからないが……彼を僕は、無条件で信用してしまっているのだ。
「でも、そうなるとなおさらシオンを追わないわけにはいかない……真祖の吸血鬼にジャンヌ……更にはそんな魔物の元へとシオンは一人で向かっているんだろう?」
「ええ、その通りです……ですがご安心を……ヴラドは現在別の場所にて吸血鬼を先導しており……ジャンヌもレヴィアタンの津波に巻き込まれないように……別の場所で召喚魔法を行使しています……恐らくシオン様とジャンヌは一騎打ちという形になる……恐らく、ティズ様たちよりはるかに安全かと」
まるで、シオンとジャンヌの戦力差を熟知しているかのような物言いだ。
「なるほど、大体のみんなの動きはわかったよ……それでローハン……君は状況を報告するためだけにここに来たわけじゃないんだろう?」
「当然」
「じゃあ聞くよ……僕は、何をすればいい?」
その言葉に、エルダーリッチーは一度目を見開くと。
「………卒爾ながら……ウイル様にはツナミを消していただきたい」
そう、歓喜に震える様な声でそう僕に策を授けるのであった。