288.ナイトメアオーメン
「ふふっ。どうにもなかなかに、五精霊は口説き落としにくい……」
吸血鬼はそう笑いながら、水の濁流を手刀で切り裂き、愉快そうに笑いながらやれやれとため息を漏らす。
「確かに、貴方のいう通りです。 理想を体現するのであれば、自分を正義と思うことなど許されない……誰かの不幸の上に立って初めて、私たちは理想を叶えるのですから」
「ほう、なれば我の発言は同じではないか」
「いいえ……確かに悪になる覚悟はしました……だけど、私はあくまで……命を尊重します」
「そうか……なれば死した我らは敵同士」
「ええ、ですから……この街の命を脅かすのであれば……全力をもってぶちのめすまでです!」
そう言うとジャンヌはスキル【水操楽】を発動し、周りに水を生み出す。
「……大気地中の水分全てを操るスキル……【水操楽】……シオンの【炎武】といい……魔法に愛された者たちよな」
「余裕でいられるのも今の内だよー! ヴラド! 私達二人そろうとすごいんだよー!」
シオンは当然……ジャンヌに加勢をする形で杖を構え、魔力を練り上げる。
ほぼ間違いなく世界でも指折りの魔法使い二人……いかに真祖の……始まりの吸血鬼であろうとも、苦戦を強いられることは明白であった。
故に。
「先手はもらおうか!」
吸血鬼は、その鋭き詰めを光らせながら、少女の柔肌を切り裂くために疾駆する。
その速力は風が如く。
詠唱破棄があろうとも、魔法の文言を唱える暇もなく殺しきろうという算段なのは明白であった。
だが。
「最初っからぜんりょくだよー! へーんしん!」
シオンはそういうと、オリハルコンの板を仕込んだローブを脱ぎ捨て……即座にヴラドの懐へと杖を槍のように構えて跳びこむ。
「ぬぅっ!?」
人類最高峰の速力、その速度は地獄道化フランクすらとらえきることができず。
【内なる猛火】
槍の先端を腹部にシオンは押し付け、その体内に、爆炎を仕込む。
「発破―!」
掛け声と同時に爆ぜる体内。
先ほどまで身を焼かれても表情一つ変えずにいた吸血鬼は、その瞬間一度だけ言葉を漏らし。
「小癪な」
即座に内側から空いた風穴をふさぐために、傷の再生を施す……が。
「むっ!?」
「続けていくよー!!」
ぐらりと揺れる体、自らの異変に気付いたときにはもう遅く、真祖の吸血鬼はシオンの第二撃をその身に受け入れる羽目になる。
(……傷が……再生しない)
そんな感想を抱くと同時に、自らの額を突く杖の先端。
同時に展開される雷のほとばしりを、吸血鬼は苦笑を漏らして見つめていることしかできなかった。
【零式! 雷!!】
轟音と共に電熱は脳を焼き焦がし、ブラドの意識は黒く塗りつぶされ、夜の街は一瞬、昼間が訪れたのかと思うほどの光に包まれる。
「がっ……はー……はー……なるほどな……我が再生のカラクリを見切るか、聖女よ」
頭の半分が吹き飛ばされながらも、真祖の吸血鬼はなお立ち上がり愉快そうに笑う。
しかし、先ほどのような再生能力は発揮できてはおらず、その体は未だに朽ちたままであり、腹部の傷からはぽたぽたと血が流れ落ちたままである。
「……吸血鬼が血を吸うのは、体の再生や肉体の維持に、血を燃料にしているから。 ゆえに、真祖の吸血鬼も同じ理屈をたどるのならば……私があらかじめ操ってしまえばいい……私のスキルは、全ての水を操る「水操楽」水を針のように高質化することも、気化し凍らせることも……貴方の体内の血液をすべて逆流させることも可能です」
「恐ろしい力よ、我が体内の血液の主導権を奪ったか」
「ええ、ですからこのように」
ジャンヌはそういうと、指を一つ手前に引くような動作をすると。
「がはぁ!?」
ブラドの全身から、血しぶきが上がり、膝をつく。
「怪我の箇所に血液を集中させて、噴出させることも可能です」
「ふふっ……おおよそ聖女のすることではないな」
「ええ、貴方のいう通り……私の道には、正義はありえないですから……先ほどの言葉の通り……貴方を踏み越えて理想を追い求めることにします!」
その体に宿る最後の一滴まで……ジャンヌは血液を噴出させ、ヴラドはなすすべもなくその場に崩れ落ちる。
吸血鬼を形作り活かす全ての血液を霧散させられたことにより、再生をする気配もなく倒れる吸血鬼……いかに真祖の吸血鬼と言えども源を断たれてしまえばこの通り……再生は難く、ジャンヌは口元を緩めさせて勝利を確信する……。
だが、それは相手が、ただの吸血鬼であれば……の話であり、真祖の吸血鬼であり、全ての吸血鬼の始まりに立つ男の前では、その常識は通用しなかった。
「だが、甘いな」
そう言い残して真祖の吸血鬼は死んだ。
確かに、不死に等しき再生能力を有する彼は、その源を霧散させて死んだ。
だが。
【ナイトメアオーメン】
塵の中から声が響き渡る、それはまるで何かの予兆のようにも聞こえる……。
悪夢は殺したとしても消えるものではない。
突如として現れるのは、どこからともなく召喚された棺。
先ほどまでタイルで覆われていた街道は血で染まり、まるで血の海から浮かび上がるかのように……その棺は浮上する。
「これって……」
ジャンヌがそう疑問を口にするよりも早く、その棺はひとつ乾いた音を響かせて開く。
「一度死んでしまったぞ……なるほど、なかなかやるなぁ聖女よ」
その中には、先ほど死んだヴラドがいた。
「……相変わらず、命のストックには余裕があるみたいだねー……ヴラド」
その状況に、シオンは驚くようでもなく吐き捨てるようにつぶやく。
どうやら、この現象は一度や二度ではないようだ。
「え、これって……え?」
状況についていけないジャンヌ……当然だ、たとえ真祖の吸血鬼であろうとも……こんな復活の仕方をするものは恐らくほかに一人もいないからだ。
体の埃を払い、ヴラドは見せつけるかのように両手を広げてゆっくりと棺より出でる。
その体には、先ほどまであった傷はなく。
何事もなかったかのように、文字通り悪夢が蘇る。
「……我を殺したことひとまずは称賛に価する」
「これだけ生きてて、まだ足りないの? そろそろ成仏しなよー!」
「そうもいかん、我が消えれば、国にて我を待つ同胞が路頭に迷う……あり続けることも立派な王のつとめである」
「そんな……なんで、確かに今」
「驚くのも無理はないが、しかし道理を考えればそれは当然の帰結よ……我は始まりの吸血鬼……種族を作りし最初の人を神とあがめる貴様らの考えを参考にするのであれば、なるほど、確かに吸血鬼を作りし我は……神という存在なのだろう」
「……神?」
「ああ……かつてのクレイドルが母、ヤクモにギフトを与えられし24の異能者……。あるものは過去・はたまた未来に存在するすべての魔法を使用することができる力を……またあるものは無限に成長を続ける奇特な肉体をもち……またあるものは、命をストックとして保有することができる能力を持って生まれた……スキルホルダーであり、その命のストックを利用して作った我が同胞72こそ……この世で貴族と称される真祖の吸血鬼である……まぁ、今は50ほどに数を減らしてしまっているがな」
「ワールドスキル!?」
「いかにも……クレイドルと共に戦った、我等二十四柱が一人……世界に選ばれ、世界を新たに作り上げたものの一人が我よ……まぁもっとも、生き残り、しぶとくもこの世界につなぎ留められているのはもはや我だけであろう、ミユキは神の座に戻り……悲しくも仮面タイガーやアーガルドたちは死に、その力を受け継いだものが生まれてしまっている……あぁ、だがティターニアの奴は最近見たか……」
「ふん……その体の中に、一体どれだけの人の命をため込んでるか想像するだけで気分が悪くなるよ」
「そうさな、神話の時代から我はこの世界と共にあるとだけ言っておけばよいか」
一体どれだけの死と、どれだけの命をくらってこの男は生きてきたのか。
その言葉と同時にジャンヌは眩暈を覚える。
「おぞましい……かつてはクレイドル様の仲間であられたというならば、なぜそのようなむごたらしい行いができるのですか!?」
「むごい? それはまた異なことを聞く……我はそうあるべしと、クレイドルを生み出しし聖母より……この力を与えられたのだ」
「聖母より……」
「この行いを悪と断ずるなら……なぜ我を聖母は作った?」
「っ!?」
「そうだ、お前も分かっているだろう! この世に真なる悪など存在しえない! 自らの利害に一致するか否かでしかないのだ……私は聖母に言われたまま生きていただけ……ただ生きていることをむごたらしいと断ずるのは……それこそ人の傲慢ではないか?」
「た、確かによく知らずあなたのことを否定したことは誤りでした! ですが、人は慈愛に満ちて、誰かを愛することも、誰かの為に戦うこともできます! そんな……己の利益だけで人は動くわけではありません 」
「だがお前は違うだろう? お前はここの人たちを変えたいと言った……それは裏を返せば……自らの住みやすい場所を作り上げようとしただけにすぎぬ……それを否定するつもりはない、誰だって迫害などされたくはないのだからな……だが、行うならば自らの為と割り切れ……でなければ……お前はすり減ることになるのだから」
「……っ!」
「余計なお世話だよー! ジャンヌの道を! 覚悟を!お前が勝手に決めつけるなー!」
「むおっ!?」
もはや戯言は聞き飽きたと、シオンは杖を振るい再度火球をヴラドへと放つ。
その一撃は重く、火球は棺桶ごとヴラドを焼き尽くすが。
「ふっふふふ……我は親切心で言っているというのに……」
「その親切が余計なお世話だって言ってるんだよ! アンタが、アンタさえいなければ……私は、私はみんなと一緒に……」
「みんなと? それはもしかして、ヴェリウスの民のことを言っているのか? あの時は違うだろうシオン……みんなを殺したのは、お前じゃあないか」
「!!!」
ー---燃え上るヴェリウス高原が、私の脳裏によぎる。忘れもしないあの夜に……私は全てを失った-----
「だまあれええええええぇ! メルトウエィ……!!」
大ぶりの一撃、シオンは怒号と共に、連続魔法のスキルにより、メルトウエイブを三練続けてヴラドへと放つ……が。
「炎よりも熱き激情も美しいが……拙いぞ!」
その魔法が放たれるよりも早く、大ぶりに振りかぶり、隙だらけになったシオンの顔面をヴラドは掴み……。
「っ!! いけない!」
放り投げる。
「きゃあぁ!?」
その速度は弓矢のごとく速力をもって、民家へと走り。
オリハルコンの鎧を失っている今のシオンが……到底耐えられるものではなく……。
【水操楽!!】
「足りぬわぁ!!」
ジャンヌが用意した水のクッションを突き抜け……シオンは速力を微塵も落とすことなく民家へと激突する……。
「シオン!!! ダメェ!!」
悲鳴に近い怒号が響き渡り……同時にシオンの体が何かに衝突するとおとが……。
聖王都クークラックスへと響き渡るのであった。