285.破滅へと至る願いは平凡で
「……ウイル君」
一度口を噤んだ僕は、心配そうに声をかけるカルラを一度無視し。
瞳を閉じて深呼吸をする。
何をするべきか、何をなすべきか、何に従うべきか……そして、何を信じるべきか。
僕にとって、生まれて初めての大決断と言ってもいい。
本来であれば、迷い、苦悩するのが普通なのだろうが……答えは実はドリーとの問答の時にすでに出ていた。
今の僕の悩みは、この考えにみんなが賛同してくれるかどうかだけである。
「みんな……これは僕の考えだし……僕が出した答えでしかない……強制はしないんだけど」
「なーにくっだらない前フリしてんのよ馬鹿ウイル……アンタがどんな結論出そうと……あたしはどこまでもついていくんだから、アンタのパートナーなんだからね……何をいまさら躊躇してんのよバカ」
「そうですマスター……私はあなたの剣であり盾です……貴方の導き出した答えの道を切り開くのが……私の使命です……貴方の歩んだ道こそ、私の道なのですから」
「私はあなたの影……どこまでも、地の果て……奈落の深淵までお供するとウイル君に誓いました……私はあなたのナイトストーカーですから」
僕の考えを言う前に、目前の三人は僕の背中を押すようにそう語る。
その表情と意思は固く……自分のわがままに巻き込んでしまう……なんて心配をしていた自分が恥ずかしく思う。
自分だってそうだろう……サリアやシオンやティズが、どんな道を歩むと言おうとも……どこまでだってついていく。
僕はそんな自分の躊躇を笑い飛ばし……息を一つ履いて従者と、ストーカーとパートナーに、自分の答えを示す。
「……この街の人を助けるよ……悪にでも何でも、なってやろうじゃないか」
「……しゃーないわね」
「ええ」
「そうですね」
にこりと、三人は笑顔で笑う。
自らに正義が無くても、自らのやりたいようにやればいい。
それこそ、リューキたちが行ったように……冒険者は、何よりも自由なのだから。
そう心の中でつぶやき、僕はサリアたちにこれからの方針を伝えるのであった。
◇
「久しぶりだねー! こうやって二人で一緒にねるのー」
私はそうつぶやいて昔を懐かしみ、ジャンヌに抱き着く。
昔と変わることない柔らかさと、そっと私を包みこむように頭を撫でるジャンヌの温もり。
あの失われた時間を取り戻すかのように、私は目いっぱいジャンヌに甘える。
もう、大人だと笑われるかもしれないが……私は彼女を体全体で感じたいのだ。
「もう、甘えん坊なんだから……シオン。 もしかしてウイル君にもこんなことしてるの?」
「そんなことしないよー! さすがにいっぱしのレディーだからね! 寝ているところに忍び込むくらいだよー!」
「あなた……みんなを泣かせるようなことしちゃだめよ? あのこ、かなり倍率高いんだから」
ジャンヌは苦笑を漏らすと、私に対してそうつぶやく。
「わかってるよー。 サリアちゃんもー。 カルランもー、リリムっちもティズちんも……みーんなウイル君が大好きだからね~」
私はそういうと、ジャンヌから離れて近くにあるフワフワのベッドにダイブをする。
フワフワで弾力のあるベッドは、私を包みこんだと思ったら反発し、私は数度ベッドで跳ねながらそうジャンヌに言うと。
「貴方はどうなのよ、シオン」
ジャンヌは難しい表情をしながら私に問いかける。
「私は―ただのお友達だよー」
そう……ただのお友達。
ウイル君は大好きだし……格好いいとも思う。
だけど、私はきっとサリアやカルラに比べれば……彼を思う気持ちは少ないのだと思う。
だからきっと……この気持ちを彼に伝えるべきではないし……彼も、この気持ちに気づくべきではないのだ。
だって、私が愛しても……彼には迷惑が掛かるだけだから。
だから私は……このままでいい。
大切な人たちを傷つけるくらいなら。
いつも通り……傍にいられるだけで満足だから。
そう……揺れそうな心を私は必至に自分に言い聞かせてせき止める。
「……そう……貴方が満足なら、それでいいわ」
そんな強がりも、そんな私の狡い所もすべて受け入れて、ジャンヌは横になった私の隣に座る。
「それでいいのだー」
フワフワのベッドの感覚は久しぶりであるが……やっぱり、ウイル君の匂いのするベッドのほうが私は好きだ。
また、夜中にこっそり忍び込もうか……。
「ふふ、貴方がそんな女の子みたいな顔するなんてね……ウイル君というのは本当に素敵な人なのね」
「そうなのー! ウイル君はね! 困っている人を助けてくれるし! 私がどんなへまをしても許してくれるしー……なにより……人を差別しない。 私を見てくれるの」
そう、私を見てくれる。
……アークメイジとしてでも、炎武の力でもなく。
彼は……シオンという私を真正面から見つめてくれる。
それがとてもうれしくて……そして私は思う……思ってしまうのだ。
「……シオン」
ほんの少しだけ語尾を強めてジャンヌは私の言葉を止める。
「ジャンヌ?」
「その考えはだめよ……勘違いをしちゃだめ」
ジャンヌの言葉は厳しいながらも、現実と……そして私の身を案じた言葉であった。
同じ道……かつて何度もたどった道を、私はまたたどろうとしてしまっている。
学ばない……成長しない、ジャンヌと離れ離れになったのも……私のこの間抜けさが原因なのに……。
また私は繰り返してしまうところだったのだ。
「ごめん」
「ううん……分かるわその気持ち……誰だって、人に認めてもらいたいもの。 だけどね……私みたいに諦めさえすれば……こうしてみんなと幸せに暮らせるの」
ジャンヌはそういって、腕の傷を一つ撫でたあと……私の頬を撫でる。
その傷が私の心を……平常に戻させる。
「……そう……だよね」
「……ええ。 いいじゃない。 誰だって人に秘密を秘めたまま生きていくもの……それを隠してようがいまいが……人生にはさして影響は出ないわ……全てを大っぴらにして生きていくのは、たとえ私達じゃなくても苦労するもの……だから」
「うん……そうだね……そうだよね……今が一番楽しいから……我慢する」
「ええ……今以上は訪れないの」
ジャンヌの言葉はもっともだ……。
現に、私はそれ以上を求めて10を超える回数を殺された。
火あぶりにされ、串刺しにされ……酸の海に投げ込まれたこともあった。
そんな目にあっても、私は誰かを求めてしまうのだから……間抜け以外の何物でもないだろう。
諦めてしまえば……今一緒にいるみんなと、いつまでも楽しく冒険ができるというのに……。
「馬鹿だよね……私って」
泣きそうになる。
口では言っても……頭では分かっていても……。
どうしても私は……自分を認めてほしくて仕方がない。
楽しかった友人が……命を預け合った仲間が……家族が。
刃を構えてこの身を穿とうと……。
それでも……私は私のすべてを……認めてもらいたくて仕方がないのだ。
「……シオン……ごめんなさい変な話をして」
「ううん……ジャンヌは正しい……正しいんだよ……私が……私がバカなだけ」
「シオン」
あぁ、また同じだ。
こうやってジャンヌを困らせて……本当はもっと楽しいお話をするはずだったのに……。
本当に……私はどうしようもない。
「ごめん、ごめんね……もっとね……もっと楽しいお話をするはずだったの。 ウイル君が私を助けてくれたお話や……ウイル君と、王都を守ったお話……ウイル君と泉で水浴びをしたよ……そうしたらサリアちゃんがちっちゃくなっちゃって……それで……それでね、サリアちゃんに魔法を教えてあげたよ……ウイル君もサリアちゃんも……みんなみんな喜んでくれて……ほめてくれて」
とめどなくあふれる言葉、思い。
まるで堰を切ったように流れ出る思い出は全て幸福で。
「もういいわシオン」
その言葉をそっとジャンヌは、私を抱きしめることで止めてくれる。
「……ジャンヌ」
「ごめんなさい。 私が余計なことを言ったわ……大丈夫。 あなたはちゃんとわかってるし……みんなにちゃんと愛されてるわ……ええ、大丈夫。きっとうまくいく……ずっとね」
「でも……」
私の言葉は聞こえていただろうが、ジャンヌはその言葉を無視し……零れ落ちた私の涙をそっと人差し指でぬぐい。
「少し……一緒にお散歩をしましょうか」
そう……私に提案をするのであった。




