282.クレイドル教会 クークラックス支部
「ジャンヌ~!? どうしてここに!」
「シオンが連れていかれたと聞いて……それに、皆さんも」
ジャンヌはそういうと、息を整える様な仕草を取る。
走ってきたのだろう、外は冷ややかな風が吹くというのに頬には汗が伝っている。
「マスター、この方は?」
「あぁ、彼女はジャンヌ……この聖王都クークラックスのクレイドル教会で司祭をやっていて……シオンの親友」
「初めまして、私、ジャンヌと申します……以後お見知りおきを……」
僕の紹介に、ジャンヌはぺこりとサリアに対して頭を下げると、微笑みながらこちらに近づいてくる。
「何をしてたんですか? そ、それにこの雨は?」
カルラの問いに、ジャンヌは少し考えるそぶりをした後。
「えと、皆さんの傷を癒していました……いけない事なのは分かってるんですけれども……どうしても放っておけなくて」
「……クレイドル教会は、異種族を迫害するのが通常と聞きましたが」
「そうかもしれません……ですが、私の本業は元々、こういった方々の為に魔法を使う事……いかに富と権力を与えられようとも、信念や考え方まではそう簡単には変えられません。 私にとっては、人間もエルフもドワーフもノームもハーフリングも……皆同様に神の海よりも深き愛情を受けた兄弟なのですから」
「聖女様……ありがとうございます……ありがとうございます」
「聖女様はいつも、我々に味方してくれる……」
「聖女様がいたから、私たちはこうして今までいきてこれたのです」
口々に傷を癒された人々はジャンヌに感謝の言葉を述べる。
どうやら彼女は、この国の法律を破って一人、この人たちの怪我や病気を見ていたらしい。
「そんな……危険なこと」
シオンは顔色をわるくしてそういうと、ジャンヌは微笑みながらも。
「ええ、いかに私でも、やはりみんなを助けてあげられるわけではない……だから、シンプソン様のお話に乗ったのです」
意外なところで意外な人物の名前が上がり、僕たちは疑問符を浮かべると。
「とりあえず、まずは皆さんを落ち着かせてあげたいと思いますので……教会にご案内しますね?」
ジャンヌは笑顔を浮かべて僕たちにそう言った。
クレイドル教会クークラックス支部。
案内されたクレイドル教会は、昼間に来た時よりも悲し気な雰囲気が漂い、僕たちはその応接室で静かにジャンヌの帰りを待つ。
「お待たせしました」
帰ってきたジャンヌは外出用のマントを脱いでおり、どこか伏し目がちに髪を耳にかけなおすしぐさをする。
「皆さんの様子は」
サリアはそう奴隷とされていた人々の容態を聞くと、ジャンヌは小さく頷くと。
「よく寝ていますよ……皆さん疲れがたまっていたのでしょう……まるで泥の様です」
「そう……」
その様子を想像し、僕はほっとする。
毎晩毎晩、アンデッドの大軍と、体の自由を封じられて戦わされてきたのだ……彼らの恐怖は計り知れない……せめて今夜だけでも、安心して眠れる時間ができた、それだけでも僕の心は和らぐようなきがする。
「ありがとうございます、彼らの為に……皆を代表して、私から心より感謝を」
「別にお礼なんていらないわよ、あのむかつく野郎どもにたてついただけだし、それにわ・た・し・のウイルにとって、虐げられている人を助けるのは息をするよりも当然の事だわ!」
ティズはふんぞり返ってそう語り。
「そうです、感謝の言葉など不要です。 無事に自由を手に入れたのち、マスターウイルの英雄伝説を語り継げばそれだけで……」
「はいサリアさん、さりげなく新しい宗教団体を作ろうとしない……すでに一つ出来ちゃって困ってるんだから!」
ついでに新たな新興宗教団体の創設をもくろむサリアを僕は阻止する。
「ち、違うのですマスター!? これは決して宗教団体を作ろうとしていたわけではなくてですね!? 口伝にてマスターのすばらしさが未来永劫伝わればと……」
「伝説化もしないの!? 全く、油断も隙も無いんだから」
「そーだよー! ウイル君のすごさはー、口伝程度じゃつまらないよー! しっかりと封印指定の経典にしてー、魔道王国エルダンの至宝の叡智図書館に永久保存しないとー」
「む、むしろ、リルガルムを救ったのに、いまだに自伝の一つもないというのは……お、おかしなことです! ウイル君は、本来ならばもっと世界の救世主として世界中にその存在を知られていなければいけないのに……ウイル君、め、命令してくれれば、私が今すぐにでも忍び流ステルスマーケティングで……」
「あーもう、恥ずかしいからやめておくれよみんな……いつも言ってるけど僕はそんなすごい人間じゃないんだから……はぁ」
皆の絶賛に僕は頬を赤らめながらそう語るが、皆は特に気にする用もなく思い思いの言葉を挙げ連ねていく。
「ふふっ……本当にウイルさんは慕われているんですね」
ジャンヌはそんな様子を見て、微笑みを零してそう僕に語りかけてくる。
「お恥ずかしい限りで……正直、買い被りもいいところなんだけれどもね」
さっきだって、リューキになすすべもなく負けたし……リューキの戦い方を見て思ったが、僕は自分の保有するスキルでさえも満足に扱えていない……。
「そんなことないですよ……シオンが、あんなに懐くなんてそうそうないことなんです……増してや尊敬までするなんて……買い被りだとしても、そこまでいけば実力です」
「そ、そうかな……」
ジャンヌの言葉に僕は耳を赤らめながらそういい、僕はポリポリと耳の裏をかく。
「慕われているというのはそれだけでも徳の高いことです……さぞウイルさんは人の為にあり続けたのでしょうね」
「ただ、いつも自分のためにしか動いていないと思うんだけど」
そう、常に僕は自分の思った通りにしか動いていないし、誰かのためにとか考えたことはあまりない。
サリアは僕を賢人だとか、偉大だと言うが……それは完全なる買い被りなのだ。
「……ええ。 ウイルさんはそれでいいのです……その在り方こそ、誰もが望む理想の姿なのですから」
ジャンヌはそう難しいこと言うと、そっと僕たちに何かを差し出してくる。
紙の封筒のようなものであるが、随分と分厚い。
「これは?」
「……皆から預かってまいりました。 ウイル様への感謝の品です……銅貨や銀貨が入り混じっていますが」
「ちょっ!? みんなって、助けた人たち!?」
「行けませんジャンヌ! そればかりは受取れない」
「この街で生まれたもの、もしくはこの街に飼われたものは、人の優しさというものに触れたのは初めてなのです……自分の為に激怒をし、救ってくれたものへの感謝の方法を、彼らはこういう形でしか今は返せないのですよ……遠慮しないで」
「だったらなおさらだよ。 彼らにはこれからお金が必要だ……今はまだ一時的に助かっただけ……これから成功して、幸せになって、その時に少しでも僕の事を思い出してくれる……それだけでさえも僕は十分なんだ……そうだろうシオン」
「そうだよージャンヌ。 むしろ、これをみんなに渡してあげてー」
そう言うと、シオンはポーチを開き、金貨の入った袋を取り出す。
「これは?」
「……呪いの本を買おうと思って溜めてたお小遣い……またお金は溜められるしー」
「それでしたら私も……」
「生憎旅先で手持ちが少ないのよね……リルガルムだったら、シンプソンの宝物庫から一袋分の金貨ぐらいは渡してあげるんだけど……まぁ、少ないけど取っておきなさい」
ティズも冗談交じりにひらひらと僕のポーチを漁ると、【てぃずの】と書かれた金貨袋を取り出してそのままジャンヌへと手渡す。
「そんな、助けてもらってさらには援助なんて……」
「え!? そうなんですかジャンヌさん!? でしたら私がもらってあげますよジャンヌさん! 遠慮なさらずに! 私はお金がだいすごぶえううふあぁ!?」
突如として現れたシンプソン……その顔面に間髪を入れずに、サリアの拳、シオンの杖、ティズのドロップキックが炸裂するのは、言うまでもないだろう。




