281.不本意な協定
「我々が滅びる?」
「ええ、怒りで我を忘れているみたいですから再度教えてあげますが、このままではあなた方は今夜のアンデッドの大軍を超えられません……黒騎士隊もいなければ、マスターウイルの助力も得られないのですよ?」
「ふふっ……私だって馬鹿ではないぞシンプソン……リルガルム以外にも助力の申請は取り付けてある。 各国のSクラス冒険者たちが今日中にもここに到着するだろう」
冷静に戻ったのか、ピエールは不敵に笑うシンプソンにそう言うが。
シンプソンはそれでもなお彼を鼻で笑ったのち。
「ええ、ですから、それを踏まえてもあなた方は滅びると言ってるのですよ」
そう返す。
「馬鹿な……何を言って」
「はっきり言って、状況が呑み込めていなさすぎですピエール。 此度の襲撃、ただのエルダーリッチーだけであれだけの襲撃ができるとお思いですか?」
「……あの程度」
「あの程度? 意思も思考能力も存在しないアンデッドを、各拠点へ時間差で襲撃を仕掛ける……。 軍隊とは異なるのですよ? 食欲のままに歩き続けるゾンビをいかに誘導したか?」
「……それは」
口ごもるピエールは、一瞬だけ困ったような表情でジョフロアを見やると、ジョフロアは一度瞳を閉じたのち。
「アンデッドを一体一体……己の魔力のみで操るほかありません」
そう震える声でつぶやいた。
「あれだけの数のアンデッドを、一度に同時に操る。 どれだけの魔力が必要か、いくらあなたでもわかるでしょう……それに加え、相手方にはトゥルーヴァンパイアが存在している」
「トゥルーヴァンパイア? 馬鹿な、なぜこの聖地をヴァンパイアが」
「理由など今は必要ない、ただこの街を襲っているのはただのアンデッドなどではなく……真祖の吸血鬼と、恐ろしい魔力を誇るエルダーリッチー……その脅威にさらされているということをお忘れなく」
その言葉に、ピエール以外の大臣が皆蒼白になる。
何の例えでもなく、本当に今彼らは滅亡の危機に立たされているのだ。
「ではどうしろと? Sクラス冒険者が役に立たないというなら」
もはやピエールは考えることをやめたのか悪態をつくようにシンプソンに噛み付くが。
シンプソンはにやりと口元を緩めて僕たちの方へ向き直る。
「あなた方に残された道は、彼らにすがるしかないのですよ……伝説の騎士フォースたちに」
「ちょっと!? 何かってなこと言ってるのよ【自主規制】神父!? こんなやつらの為にどうして私たちが!?」
ティズがキーキーと怒り狂いながらシンプソンへと飛んでいくが、シンプソンはその顔をむぎゅりと押さえて黙らせ、話を続ける。
完全に調子に乗っている。
「馬鹿な……こいつらは異端だ!? 劣等種を助け、あまつさえ」
「ならば簡単、滅ぶしかないですね……彼らは助力を望みません、見てくださいこれ」
「絶対ぜーーったいあんた達なんかの為に戦うもんですかってのよ! せいぜいアンデッドにみんなやられて! 大好きなクレイドルの所にも地獄にも行けずに夜な夜な月に向かって間抜けな声で吠えてるがいいわぎゅむ!?」
「はいありがとうございましたティズさん……というわけで、この彼女の言葉は限りなくあなた達にとっての現実になりつつあります……すでに敵対してしまったのですから仕方ないですよね」
「……ぐっ……」
「で・す・が! あなた達にも交渉カードがあるはずです!」
シンプソンはまるでブロードウエイに立つ俳優かのように大っぴらに両手を広げ、ついでにティズを投げ捨てる。
「くそ神父!? あとで覚えときなさいよ!」
まぁもちろん、ティズは飛べるので怪我も何もないのだが、いいようにもてあそばれたことにご立腹のようだ。
「交渉カード?」
「奴隷たちの解放です、あんな貧民街など、氷山の一角でしょう? 黒騎士隊も何もかも……全てを差し出すのです……」
その発言により、僕たちはシンプソンの策略にはまってしまった。
「マスター……恐らくリリムが」
「分かってる」
サリアの言葉を途中で止めさせ、僕はシンプソンをにらみつけると、こちらを満面の笑みで見つめ返してくる。
ピエールにとっては、奴隷と引き換えにアンデッドをせん滅をするという交渉を仕掛けている図ができているが。
シンプソンは僕たちに対し、このままではこの地区の奴隷解放をリリムは一人で行い……アンデッドの侵略に巻き込まれると言っているのだ。
恐らく、リリムは残された奴隷の人たちの解放を一人で行う算段だったのだろう。
だが、シンプソンの表情からは途中でリリムの思い描いたシナリオと異なることを行っていることが見て取れる。
一人で背負い込むリリムもリリムだが……さすがはシンプソン、気づかせ方がいやらしすぎる。
恐らく今までの意趣返しという部分もあるのだろう。
僕たちが断れないと知って……いやまぁ、まだ彼らの方から懇願するという形をとるだけましなのかもしれないが……それにしても、こんなやつらの為に戦うことになるとは……。
僕は嫌悪感に首を鳴らすが、シンプソンはきにすることなく言葉を続けていく。
「……いかがいたしますか? 奴隷など、聖王都には必要などないはずです……」
ピエールはどこか渋い表情を続けているが、しかし最後には一度瞳を閉じ。
「……その交渉に乗ろう……シンプソン」
そう呟き。
「マスター……」
サリアが何かを言いたそうな表情をしてそういうが……僕はその言葉を無視して。
「分かった……僕たちも協力しよう……その代わり、全員の解放を約束するんだ」
「いいでしょう……例外はなしです」
僕たちも正直乗り気ではないし、こんなやつらの為にアンデッドと戦うなんて御免こうむるといった話であるが……この街で苦しむ人たちをアンデッドの攻撃の巻き添えにするわけにもいかないし、何よりもリリムは自らの命が危険にさらされたとしても最後までこの街の人を助けるために動く……。
となれば、ここはシンプソンの提案を飲み込むしかないということだ……。
それに……。 確かにピエール達は人間以外を劣等種と蔑むが、この聖王都に住む人間がみんなそうとは限らないし……。
僕はそう自分に言い聞かせ拳を握りしめてピエールをにらむ。
恐らく、同じことを思っているのだろう、額に青筋を浮かべながらこちらを醜悪な形相でにらんでいる。
「お、お話は……お、終わりですか?」
そんな空気に耐えかねたのか、カルラはおずおずとそうシンプソンに尋ねると。
「ええ、もちろんですとも! 契約が取り付けられたのならばこんな、ゴムパッチンみたいな緊張状況の部屋とはおさらばするのが一番です! ええええ、ではではおふた方くれぐれも約束はたがえぬように! イレギュラーはこれにて解決と言ったところでしょう! いやぁよかったよかった!」
シンプソンはそう笑うとすぐさまその場から逃げるように立ち去る。
本当に去る時だけは嵐のような男である。
僕はそんなシンプソンにため息を漏らしながらも、ピエールに何も語ることなく、その場から立ち去る。
「黒騎士隊……劣等種どもは王城の前で待機させている……好きにしろ」
偉そうにふんぞり返り、そう劣等種という言葉を強調して言うピエール……。
僕たちに対する嫌味であることは簡単に理解ができ。
「あっかんべーだ!」
今まで大人しくしていたシオンは、そういってピエールに舌を出して抗議をし、謁見の間をでる。
「ほんっとに!? なんなのよあれ!!」
怒り狂うようにティズは叫び。
「全くです」
「わ、私も……」
「サイテー!」
口々にサリアたちも不平を漏らす。
ピエールのあの態度もそうだが、何よりもシンプソンのあの勝ち誇った表情が癪に障る。
「シンプソンのくせに生意気なのよ! あとでこうして! こうなんだから!」
ティズは何やら紙をくしゃくしゃに丸める様な仕草を取り癇癪をおこすが、誰もその様子をとがめることはせず、皆が皆顔をしかめたままピエールの城の外に出て、門の前で待つ奴隷として扱われていた人たちの元へと戻る……と。
「水操楽・癒しの滴」
星空きらめく雲一つない夜空のの聖王都に、月光によりきらめく水の滴が舞い、僕やサリア、そして門の前にいる人々に降りかかる。
その雨は優しくしみ込み、僕の体にある生傷が癒えていくような感触を覚える。
「……腕の怪我が……痛みが引きました」
治癒の魔法がかけられた雨……その雨を身に浴びたサリアはそうつぶやくと、怪我をしている腕を眺めながらそんなことをつぶやく。
シンプソンの魔法でもすぐには治らなかったその傷であったが……サリアの様子からその怪我が魔法により完治したことが伝わる。
「というかサリア、やっぱり痛かったんだ」
「あっ、その、えと……」
僕はジトッと痛くはないと嘘をついていたサリアをにらむと、サリアは慌てた様子であうあうと言葉を漏らす。
「この魔法は……」
そんなやり取りをしていると、シオンはとことこと城の門のまえまでかけていき、僕たちもその様子を目で追っていくと……その魔法の中心地、奴隷とされていた人々に治癒の魔法をかけてあげている少女が目に留まる。
その少女はシオンに気が付くとそっと振り返る。
「皆さん……ご無事だったんですね……」
そこにいたのは、クレイドル教会 クークラックス支部 司祭……ジャンヌであった。




