277. メイズイーター&サリアVSスキルグラッパ―
「リューキ、なんで……」
目前に立つのは、つい今朝がたまで共に行動をしており、今はリリムの護衛をしているはずのSランク冒険者、リューキが立っており、唇をゆがませながらこちらに剣を構えている。
僕は現在おかれている状況が分からず混乱をしながらも、リューキに対しホークウインドを構え、そう問いかけると。
「言っただろ、状況が変わった。 俺はアンデッドたちの味方に付くことにした」
「リリムは!?」
「もちろん、これはクライアント立っての願いだ……ごめんなさいだってよ」
「嘘だ! リリムが……そんな街を襲撃するなんてありえない……リリムに何をしたんだ!?」
そんな冗談にもならないようなことを真顔で語るリューキに、僕はいら立ちを覚えながらもそう叫ぶが、リューキはその発言を取り消すことも、構えを解くこともなく僕をにらみつけている。
「嘘じゃあない」
冗談ではない……それだけはわかった。
何をどんな経緯で、この街をリューキは襲うことにしたのか……。
その答えは恐らくこの問答では出てこないだろう。
だからこそ。
「なんでそうなったのか、教えてもらうよリューキ……たとえ力づくでも」
僕はホークウインドを構えながら、メイズイーターを起動する。
「メイク!」
燃える家の柱から想像された石の柱は、狙撃のスキルにより寸分たがわずリューキの額を狙い走るが。
「遅いな!」
リューキはぎりぎりの所でその柱をかわし、こちらへと走ってくる。
その速度は獣の如き速力であり、Sランク冒険者の肩書きが飾りではないことを教えてくる。
だが。
それでもサリアやカルラに比べれば断然遅い。
「っせいや!」
生み出された石の柱を踏み台に振るわれる上段からの真っ向切り。
速度で翻弄したつもりであろうが、この程度なら僕にも十分対応できる。
故に、白銀真珠の籠手を構え、僕はその一撃を弾き飛ばそうと構えるが。
「かかったな!」
「えっ!?」
振るわれた刃は、僕の腕に届くことなく目前で空ぶる……。
はめられた。
まるで自分のスキル発動が見切られているかのように……空ぶる刃に合わせるように僕はパリィのスキルを発動させ……大きく隙を作る。
パリィは剣戟を弾くために、大きなモーションを必要とする諸刃の技……当然フェイントに引っかかれば、僕は無防備な姿をさらす羽目になり。
フェイントの動きから続けて流れるように放たれる回し蹴りを僕はもろに腹部に受ける。
「……ぐっ」
「なるほど、防具は完璧ってところか……」
刃を振るう力も織り交ぜた重い蹴り……通常ならば大ダメージを追うところであったが、リリムからもらったミスリルの鎖帷子がそのダメージと衝撃を吸収し、僕はよろけながらも倒れることなく剣を再度構える。
「はぁっ……ぐっ」
「悪いな、卑怯姑息とののしってくれても構わないぜ、実際そうだしな」
にやりと笑うリューキ……不思議な動きに、フェイントを織り交ぜた太刀筋。
サリアの動きを王道を行く剣の技とするなら、この動きは彼の言う通り姑息な邪道だ。
「……だけど、それゆえに種が割れれば落ち着いて見極めればいいだけ……」
そう僕は口に漏らし、ドラゴンブレスを起動しようと片手を上げるが。
「……一度きりでも十分なのさ。 お前に、確かに触ったぜ」
スキルは発動せず、代わりにリューキの手から炎がほとばしる。
「スキルグラップ……」
「しまっ!?」
声を漏らすがもう遅い。
スキルグラップの能力により、僕の持つメイズイーターのスキルは全て奪われ。
目前のリューキはドラゴンブレスを放つ。
メイズイーターは間に合わず、僕は放たれた火竜の吐息になすすべもなく飲みこまれる。
かと思われたが。
【断空!!】
凛とした声が響き、目前に迫った火竜の吐息がかき消される。
その一撃は魔法でもスキルでもない……純粋な剣圧により生まれたものであり。
空を切る風の刃は火竜の吐息をあっという間に霧散させる。
こんなことができる人間を僕は一人しか知らない。
「サリア……」
僕はそう少女に対して声をかけると、サリアは怒りをあらわにした表情でカツカツと燃え盛る石畳の上を歩きながら、こちらへと歩いてくる。
「……何をしているのですか? と問いかける必要もないですね……」
その手に握られているのは朧狼と影狼。
オーバードライブこそ発動していないものの、サリアの姿は怒りに飲まれ、放たれる殺気は、向けられていない僕であっても震え上がるほどに研ぎ澄まされている。
「……聖騎士サリア」
リューキは驚く様子は見せず、その姿を一度見やると、何も言うことなく剣を構える。
この状態のサリアの前に、言い訳も減らず口も……ただの命取りになるということを理解したからだ。
一瞬でも気を抜けば、死ぬ。
距離はまだ十メートル以上離れてはいるが、しかしその表現がもはや比喩ではないことは、恐らくリューキは理解しているはずだ。
そして。
それでもなお僕に戦いを挑んだということは……この男は、サリアに今勝つつもりだということである。
「……逃げない……ということは戦う意志があるということですね」
サリアはその行動にさらに警戒を増す。
声をかけたのは、リューキの仕掛ける罠を警戒したためだ。
その問いかけに対し、リューキも口元を緩め言葉を漏らす。
「俺も冒険者さ……目的がたがえれば敵対することもあるだろう」
「そうですね……その点あなたを裏切者とそしるつもりはありません……ですが」
サリアは二刀をもって構えを取り。
「……マスターを襲って、五体満足で帰れると思わないように」
爆ぜる。
その速度は矢よりも早く、サリアがけった大地は稲妻でも落ちた後のようにくぼみを作る。
「っ!?」
十メートルの間合いを一瞬で詰め、黒と白の刃をもって迫撃を仕掛ける。
「はあああああぁ!」
「なんつー力だよ」
突進からの一撃をリューキは回避するが、反撃をする暇も与えずにサリアは二刀にてリューキを追い詰める。
間合いには入られ放題、剣も受けるばかりで責めることができずにいるリューキ。
放たれる斬撃は一撃一撃が必殺の破壊力を持ち、リューキはその刃を防ぐだけでも渋い表情を漏らして嗚咽を漏らす。
圧倒的。
二爪を誇る龍に、コボルトが戦いを挑むような、そんな圧倒的な力量差が目前にはあった。
打ち込む速度も、体捌きも、何もかもがリューキを上回り……一撃打ち込むごとにサリアの剣閃は鋭さを釣り上げていく。
だが。
「っ!? またっ」
ぎりぎりの所でリューキは耐える。
確実に首を刎ねたと思われる一撃を回避し、見えないはずの視覚からの刺突を弾き飛ばし……ぎりぎりの一線でリューキは死を何度も回避している。
圧倒的な力量差があり、それでもなお……リューキは食い下がっているのだ。
いや、違う。
「っ……」
サリアが圧倒しているように、見えていただけだ。
「はあぁ!」
サリアが放った朧狼の一撃を、リューキは剣でいなし……そのままサリアの顔へと刃を滑り込ませる。
リューキ初めての攻撃は、的確に、正確にサリアの命を取りに行く。
「っち!?」
すかさず剣を影狼で弾き、サリアは隙だらけの体に一撃を叩き込もうと姿勢を前に倒すが。
一瞬、リューキが右腕を動かし、サリアはすかさず後方に飛ぶ。
「ここで間合いを取るのかよ……本当、戦闘センスの塊だな、アンタ」
リューキの額からは耐えず汗の様なものが流れ落ち、息も切れかけているが。
今、サリアは後ろに飛ばなければサリアは敗北していた。
「はぁ、はぁ……二十三……貴方がスキルグラップを発動して私のスキルを奪おうとした回数です……なるほど弱さを装って……あなたはそうやってスキルを奪うのですね……まんまと騙されるところでした」
「生憎まっとうな騎士道精神なんてもんは持ち合わせていなくてね……悪いがこれが俺の戦い方さ……軽蔑するか?」
「いえ、称賛します……」
「どうやらアンタも皮肉を言うらしいな」
「いいえ、心からですよ……敵を欺き勝利を掴む。 命のやり取り、ぎりぎりの一線の中で相手の心理を見極める……豪胆な精神と、知恵者にのみ許された戦い方です」
サリアは険しい表情ながらも、リューキを絶賛する。
少し嫉妬をしてしまう。
「そうか、ありがとよ……」
リューキもまんざらでもないらしく、少し口元を緩めながら息を整える。
「ええ、だからこそ……貴方を叩くには全力で行くしかありません」
サリアはそう語ると、剣を鞘に納めて低く姿勢を落とす。
始めてみるその技に、僕は疑問符を浮かべるが。
「抜刀術……居合か」
「よくご存じで」
「なにしろ、その技発祥の地から来たからな。 サムライの国から俺は来た……忍もな」
「なるほど……それは光栄です……ならば私の考えもお判りでしょう」
「ああ、打ち合う間もなく首を刎ねる……だろ?」
サリアの剣気、殺気、威圧が跳ねあがり、息が苦しくなるほど空気が張り詰める。
「ご明察」
それに対しリューキは姿勢を落とす。
緊張の一瞬……。
その光景を僕は固唾をのんで見守り……。
そんな中、燃える建物が目前で崩れ落ち……。
サリアの体が爆ぜる。
先ほどの突進とは比べ物にならないほどの速力をもって放たれる一撃は超神速の一撃。
僕の目に留まることはなく、リューキは微動だにすることもできずに
リューキの首を確かに跳ね飛ばす。
が。
「考えは悪くないが……それは失策だぜ……サリア」
首を跳ね飛ばされた瞬間、リューキの体は一度霧状になり、元の姿を再形成する。
「馬鹿な……まさかあの戦いすべてが」
「そう、今のための布石だ」
速度と破壊力に全てを込めた一撃を放ったサリアは、当然のことながら無防備状態……。
自らがリューキの術中にはまったことに気づいた時にはもはや時すでに遅く……。
「確かに、もらったぜ」
そう優しくサリアの頬に手を触れ……リューキはスキルグラップを発動した。
◇