268.復活の無能会議 プチ
「シンプソンが行方不明とはどういうことですか!?」
「分かりません、最後に我々が存在を確認できたのは、この部屋から出ていったところまでです」
「想定外の出来事ですピエール様……」
「原因は!? シンプソンの事です、またお金の匂いに連れられてどこかをほっつき歩いているのではないのですか?」
「クラミスの羊皮紙により交わされた約束を反故にすることはそれ即ち死を意味します。 シンプソンの生命保険をもってしても相応のペナルティは免れないかと存じ上げます」
「ぐぬぬ……ではなぜシンプソンはいないのです!」
「恐らく、この街に忍び込んでいる患者に拉致拘束されているものと判断したほうがよろしいかと」
「ここは聖王都ですよ!? アンデッドの糞野郎どもがこの聖域に足を踏み入れられるなどそんなことあってはなりません!」
「ゆえに想定外の出来事なのです」
「もしかしたらですが、少なからずこの聖王都の人間の中に、アンデッドに加担するものがいるのやもしれません」
「あああぁ!? 仕方ありません! 黒騎士隊を再度出動させなさい!」
「なっ、しかしピエール様!? 黒騎士隊はもはや……」
「かまいません!! この聖都に住まう人々の為です! 急いで招集しなさい!」
「ははっ! 直ちに!」
走り抜けていく一人の騎士に僕たちは道を譲り、わき目もふらずに走り去るその人を僕たちは目で追いかけた後……もはや惨状といっても過言ではないピエールの執務室へと僕は視線を戻す。
騎士団の報告を受け、僕たちはひとまずの休息を取りやめてピエールの元へと向かうと、そこには当然というか予想通りというか、完全に機能停止をし、混乱状態に陥ったピエールほか大臣の姿があった。
「ここまでわかりやすく混乱状態だと逆にすがすがしいわね」
「ええ、聖都というだけでもてはやされてきた場所です……何かに攻め入られるという経験が乏しいことが分かりますね……まぁそれは、リルガルムにも言えたことですが」
慌てふためきうろたえる聖都の領主に対し、サリアとティズはそう酷評を下しため息をもらすと。
「おおぉ!? ウィル様! いいところに! 伝説の騎士さまはまだおつきになられないのでしょうか!」
僕たちの存在にようやく気付いたのか、ピエールはバタバタと書類に躓きながらも僕たちの元へとやってくる。
「……残念ですが、フォース様はまだヴェリウス高原を移動中です。 どんなに早くても明朝でしょう」
「そんな……」
サリアの凛とした嘘に絶望の色に染まるピエール。
しかし。
「せ、戦力の分析はおおよそ終わっています……その、し、シンプソンさんがいなくても……恐らく今夜の襲撃程度ならば問題はないかと」
そうカルラはおずおずと青ざめるピエールにそう告げる。
「へ?」
「聞こえなかったのか―? ピエール……別に、お前たちが頑張らなくても、今夜ぐらいは平気だーって言ってるんだよー!」
「そんな……貴方達はあれを見ていないからそんなことが言えるんですよ! ウイル様、シオン様!」
「こらー、なんで今マキナを無視したこらー!」
「戦力の分析は済んでいるよ、ピエールさん……相手の出方も、相手の切ってくるカードも分かってる……そのうえで、撃退ならたやすいと判断した」
「……相手が切ってくるカード? ドラゴンゾンビでも……」
「そんな可愛い物だったらよかったのにねー……」
シオンはそう心底嫌そうな語り草により、ピエールはごくりと息を飲み。
「……一体何が?」
と問い返すと。
「……アンタら本当についてないわね、トゥルーヴァンパイアがあっちにはついてるみたいね……それも爵位級」
ガタリ。
瞬間、ピエールの隣に控えていた小太りの大臣が泡を吹いて気絶をする。
他の大臣も、皆が皆その言葉にガタガタと歯を鳴らして震えあがっている。
それもそうだ……トゥルーヴァンパイアは、リルガルムの迷宮十階層に存在するほど高位の魔物であり、地上に降り立てば小国の一つは消えるとも歌われる災厄に近い存在なのだ……。
もはや、聖なる地を汚そうとする異形に対しての怒りよりも、大いなる厄災に対する恐怖が勝ったらしく、さしものピエールも言葉を発することなく、過呼吸気味に僕たちをねめつけている。
「真実なのですか?」
「報酬を貰わない僕たちが君たちの恐怖をたきつけても何の意味もないと思うんだけど」
その言葉にピエールは口を開けたままその場に膝から崩れ落ちる。
「「「「ピエール様!」」」」
恐怖に震えていた大臣たちも、自らの主が倒れたことにようやく我を取り戻したらしく。
慌てて集まるようにしてピエールを抱きかかえる。
「……許されるはずがない……こんなこと許されるはずがない! 神よ、愚かなる愚者に天罰を! あぁ!」
「まったく情けないわねえ、この程度でうろたえるなんて器が知れるわよピエール」
「君もおうち帰りたいって叫んでた気がするけど」
「私は過去を振り返らない妖精なの」
調子のいいティズの言葉に僕はやれやれとため息を漏らし。
気が触れかかってしまっているピエールをしり目に、傍にいた大臣にサリアは一つ声をかける。
「……先ほど黒騎士隊といっていましたが、どんな部隊なのです?聖騎士団では見かけませんでしたが?」
「聖騎士団は騎士の中でも神に選ばれた最高の名誉と護国の要となる存在です……」
「……あれが」
「あれ?」
「あ、いや、何でもない、続けてください」
「はい、それに対して黒騎士隊は傭兵や徴兵により集められた兵団です」
「なるほど、訓練の練度は聖騎士団ほどは高くはないということか……」
「しかし彼らもまたこの国の為に戦うことを志した戦士たち……寡黙にただまっすぐに、この聖都を守るためだけに戦う……死をも恐れぬ軍団です」
「その言葉が虚勢でないことを祈ります。 それでその数は?」
「招集をしてみなければ……その分かりませんが、それでも恐らく一万は集まるかと」
「一万……カルラ、行けますか?」
サリアはその報告に、数は足りるかをカルラに問いかけると。
「……防衛……だけならば、被害は最小で済みます」
カルラはそう状況を分析する。
「マスター、布陣のほうはいかがなされます?」
「そうだね、とりあえず、南大門内側に聖騎士団を、門前に黒騎士隊を全部隊配置してください……最前線に僕たちが立つので」
「全軍を? 敵がどこから来るか……わかったのですか?」
「いいえ、どこから来るかはわかりませんが」
「それならどうして……」
「……どこから来るのかはわかりませんが、彼らが全員そこに集まるようにしてありますから」
震えるような声で問いかける大臣に対し、僕は口元を緩めてそう返答をし……ここに、聖都防衛戦が始まるのであった。




