272.しゅしゅっと参上 カルラちゃん!
「あぁ、おかえりなさいマスター……お疲れさまでした!」
「ただいまサリア、って……随分とまぁすっきりした顔して……どうしたの」
日が傾きかけた聖王都、茜色の空の下、僕たちは滞りなく罠を張り終えたのち、サリアたちが待つ宿屋へと戻ろうとすると、道中でなにやらにこやかな笑顔のサリアと鉢合わせる。
「ええ、今日は予定通り聖騎士団の方々の訓練に参加させていただいたのですが、それはもう有意義な時間を過ごせました」
「有意義?……ええと、それって……普通に訓練をしていい汗をかけたってことだよね?」
普通にとらえればそうだが、そもそも腕が折れてようが魂が摩耗損耗していようが構わず素振りやら戦闘やらをこなそうとしていたほどの彼女が、今更一騎士団の訓練程度でここまでご機嫌になったりはしないだろう。
ということは、何かほかにやらかしたのではないかと僕は勘ぐり、そうサリアを問い詰めるが。
「えっ!? ま、マスター! 何を言っているのですか! 当然好敵手や他国の戦闘技術の研鑽につながったからですよ! ええ、ええそうですとも! そ、そんな疑われるとは心外です!」
サリアはその僕の勘繰りを真っ向から否定をした。
「そ、そっか。 それはごめん……最近迷宮教会の信仰対象になったり伝説の騎士になったりで忙しかったから……てっきり聖騎士団の人たちが僕を崇めるように調教でもしてきたんじゃないかって心配になったんだよ」
「そそそそ、そんなことー! するわけないじゃないですかー!!」
「……おー、サリアおねーちゃんまだ汗をかいてるぞ……よっぽどハードなトレーニングだったんだな」
「そうですそうなんです! いやー疲れてしまいましたー!」
確かに、サリアの様子を見てみると未だに額には汗が伝い、その呼吸はま打乱れているようにも見える。
なるほど、あのサリアがここまでの疲労を感じる様な訓練ならば、彼女がすっきりとした表情をするのもうなずけるだろう。
「ちょっとウイルは少しこの国の聖騎士団を甘く見すぎたってことね……ウイルったら、この国の聖騎士団程度あんた一人で全員のしちゃうとか言ってたのよ?」
「ぎくり」
「そうだね、そこは反省点かな……でもまぁ、僕との約束を守って、怪我も何もしてないみたいだし……よかったよ。 ありがとうサリア」
「はぐぅあ!?」
僕はそう約束を守ってくれたサリアに感謝の言葉を述べながら、みんなで並んで目的地である旅館を目指すことにする。
「……そういえば、カルランは大丈夫かに―?」
まだ夕方で約束の時間にはしばらくあるが、それでもこのメンバーのなかで最も危険が伴う任務を与えたのはカルラである……。
怪我をするなと万が一のことが無いように命令はしたが……それは同時に彼女の任務難易度を釣り上げたことにもなっている。
思いつめて無理などしていないといいのだが……。
「カルラ……」
そんな不安を抱きつつ、僕はぽつりとカルラの名前を呼ぶと。
「およびですか? ウイル君」
不意に背後から声がかかり、にゅるりと僕の影からカルラがあらわれた。
「ふ、ふおおおぉ!? 地面からカルランがはえてきたよー!?」
あまりに突然の登場に、シオンはおったまげたと言わんばかりに後ろに飛びのき。
影から現れた直後に僕の背中にすり寄るカルラに、ティズは案の定目から火花を散らしながらカルラをにらみつける。
「……ちょっと、アンタずっとそこにいたの? まさかそこでさぼってたんじゃないでしょうね!」
「ち、ちがいます! そ、その……私は、う、ウイル君の影ですから……呼ばれたらすぐにウイル君のそばに来られるように……ウイル君が私の名前を呼べば、すぐに私の魔力で召喚魔法が起動するようにウイル君の影に細工をしておいたんです……あ、もちろん半径五百メートル以内にいれば私が飛んで行った方が早いので、起動はしませんけど」
「なにそれカルラ聞いてないんだけど!? っていうかオートで発動するって、これから気軽に君の名前を話題に出せないんだけど!?」
「だ、大丈夫です! 特別な思いを込めて名前を呼ばないと、発動しないようになってますから! 感情を読み取ったり、感情に起因して発動する魔法は……その、迷宮教会で嫌というほど教わったので……」
「絶対碌な魔法じゃないじゃないの!?」
「大丈夫です! じ、人体に影響はないですから!」
「あってたまるか!?」
ギャーギャーと騒ぎ立てるティズたちであるが、カルラは僕から離れることはなく、瞳を輝かせながら。
「これで、主様が有事の際にはたとえ火の中水の中どこへでも駆けつけられますよ!
しゅしゅっと参上カルラちゃんです!」
小さく両手でガッツポーズをするカルラ……やっている行為は完全にストーカーであるし、僕のプライバシーとかそういうものは完全に勘定に入っていないわけであるが……。
「むっふー!」
まるで子犬の様な瞳で僕を見つめる彼女を叱ることなどできるわけもなく。
「さすがは僕の忍だ、カルラ……頼りにしてるよ」
僕は微笑んでカルラの頭を撫でてあげる。
「それでいいのかウイル……」
マキナが少し呆れたような目で僕を見つめてくるが……僕はとりあえず聞こえないふりをしておいた。
まぁ、危機が迫った時に名前を呼んだだけでカルラが助けに来てくれるなら……迷宮で仲間とはぐれた時にはかなり有効な手段となるし……悪くないだろう……。
もちろん、プライベートを守るためにいくつかの制約を設けることになるだろうが。
この魔法自体は悪いものではない。
そう僕は自分に言い聞かせて、このカルラ召喚システムを僕は許可することにした。
少しサリアが珍しく膨れつらをして。
「私がマスターの剣なのに……盾なのに」
と不平の様なものを漏らしていたが……サリアにこの魔法をかけるわけにはいかないだろう。
なぜなら、サリアの名前を、特別な感情を抱かずに口にするなど……僕には到底できそうにないからだ。




