269.首狩りカルラ
「これは……こまりました」
暗闇に潜み、敵の動向、そしてアンデッドの数、敵情視察を行うように命ぜられた忍のカルラは、一人洞窟の中でそうつぶやく。
目前に広がるのは大量に広がるアンデッドの残骸であり、その残骸の中心でカルラはため息を一つ付く。
戦闘の形跡はなく、その残骸は、その身にかけられていた警報の魔法を一度も使用することなく文字通りすべてがすべて破壊されている。
侵入者が来た際、アンデッドの一体でも敵影を認識すれば、すぐさま洞窟内全体のアンデッドが敵を認識し、この迷宮の主に異常を知らせるという人海戦術を活かした侵入者阻害の罠が仕掛けられていたこの場所であるが。
目前の少女はその警報の魔法を作動させることなく、全てのアンデッドを一人ひとりスニークキルしていった。
そう、そこまでは問題なく、滞りなく任務を少女は達成したのだが。
「まさか……この洞窟全部つながっているなんて」
少女はそう洞窟の奥に広がる大空間にため息を漏らして眉を顰める。
暗闇をも見透かすことができる忍びの目を用いて中を覗き込むと、そこにはアリの巣のように地下に張り巡らされた、迷宮よりも巨大な大穴たちと。
目前に転がるアンデッドたちがかわいく見えるほどのアンデッドの気配。
恐らく、この場所すべてを探索しきろうとすれば……それこそ二か月、いや下手をすれば一年の期間が必要になってしまうだろうとカルラは判断し……もう一度ため息を漏らす。
「これは、想像以上に難儀なことになりそうです……すぐに戻って報告をしなければっ……と」
そう言葉を漏らし、カルラは踵を返すと同時に……その爪を横に飛んで回避する。
同時に響き渡るのは狭い洞窟の壁をえぐり取りながら、その少女の体をばらばらに引き裂かんと放たれた五つの爪による斬撃。
空を切ったその爪……しかし少女を襲ったその悪鬼の斬撃は次に、少女をたたきつぶさんとする鈍重なる一撃へと変化し、回避をした地点へとすかさず振り下ろされる。
「潰れるがいい!」
不意に闇夜に紛れ、男の声が一つ響き渡り。
「お、お断りします!」
「むぅっ?」
轟音が響き渡り、迷宮の床に転がっていたアンデッドたちはバラバラに霧散し、砕け散るが。
その砕けたものの中に少女の姿はなく、代わりにアンデッドの残骸を粉砕した男の腕からは、いくつもの手裏剣が刺さっており、腕からは血しぶきが上がっている。
「……早いな……良くよけた、完全に不意を突いたと思ったが」
「え、えと……ごめんなさい……その、一応気づいてました」
「ふはははは! そうかそうか! あざ笑うでもなく謝罪をするか! くくく、面白いやつよ」
愉快そうに笑う男は、腕を一つ振るって手裏剣をすべて抜き取ると、一つ腕を撫でる。
その表情からは痛みの様なものは見受けられず、同時に撫でられた腕の傷がその一瞬で治っていることにカルラは気が付き、眉を顰める。
「貴方が、この洞窟の主ですか?」
「いかにも! 我こそがすべての主! といいたいところだが、残念……今はただ雇われて侵入者を排除しているだけよ……」
肩をすくめて男はそういうと、カルラもその行動に一つため息を漏らし。
「釣り上げて殺す作戦……失敗ですね……大物の気配がしたので、あたりかと思ったのですが……ただの護衛ですか」
「そうさなぁ、本来であれば我、ラスボスに成りえるくらいの強さを誇っとるんだがなぁ……そういう反応をされるとなんか傷つくぞ」
「気を落とさないでください……その、貴方がすごい強いのはわかっています……」
「そうか? その割には随分と余裕そうだが……?」
「冷静なだけです……寝首を掻くだけならまだしも……その、不死身なんじゃちょっと戦うのは」
カルラは男の超再生を不死身と判断しそう漏らすと。
男はさらに首をかしげる。
「ふむ……ではあれか? 死ぬ覚悟はできたということか?」
「いいえ、それも違います……それに、貴方みたいな強大な敵がいるのに、その情報を主に伝えないまま死ぬわけにはいかないでしょう」
「あーなるほど、密偵という奴か……密偵なのに殺しすぎではないか?」
「護衛なのにどこに行ってたんですか?」
「おおぉ!? まさか密偵にダメ出しを喰らうとは!? これ以上は藪蛇になりかねんなふむふむ……で、どうするつもりだ? 勝つこともできず、死ぬつもりもないと……? 貴様に何ができる? まさか、我が獲物を逃がすという奇跡が起こるとでも思っているのか?」
男はカルラの発言に矛盾を感じているのか、疑問符を浮かべ、されどその拳はいつでも少女の首を跳ね飛ばせるように力を込めながらそう一歩近づきながら問いかける……と。
「逃走をします!」
首を跳ね飛ばそうと構えていた腕ごと、男の首が宙を舞う。
「ゆえに騙された……」
不意を衝くとはこういう事です……という声が聞こえてきそうなほどの一撃。
男は気を抜いたわけでも、警戒を解いたわけでもなかった。
ただ脳裏に、勝利の様子を思い浮かべた……その慢心が、己が首を宙へと舞わせる結果となったのだ。
「よっと……やっぱり死なないですね……」
首を跳ね飛ばしたカルラは、そのまま道をふさぐ巨体をすり抜けて、振り返りその不死の怪物の生存を確認し、そう言葉を漏らす。
「我が首を落とし、その一瞬で……貴様、何者だ」
反対に飛んだ首は宙で回りながらも、淡々とそう呟くも驚きを隠せない様子で自らの首を跳ね飛ばした存在に問いかけをすると。
「……私は影……我が主の栄光に照らされ生まれるナイトストーカー……名乗る必要もありません……私は、足元にあるだけのただそれだけの存在なのですから」
カルラはそう幸せそうにつぶやいてその首に対して口元を緩めた。
「ふむ……健気にして強靭……その主というものの器、まさに大海が如しといったところか」
男は納得がいったというような言葉を漏らし、自らの胴体にその首をキャッチさせる。
首からは血が噴き出しているが、その体は揺らぐ気配もなく、刈り取られた首も、まるで初めからそういう生物であるかのように淡々と少女に対して語りかける。
「そういうあなたは吸血鬼ですね……えーと、吸血鬼さんですよね? 体温も血の温度も低いし、その、血中にヘモグロビンが不足しています……」
「よく知っているな」
「似たようなのと、少し前まで仲間でしたから」
「くくく、だが我は他の物とは一線を画す存在ぞ?」
「ええ、他の人たちは、少なくとも首を落とされたら少しは痛そうなそぶりを見せましたし……貴方はなんだか、存在そのものが他の人たちと違うみたいです」
「ふふふっ……貴様が名を明かさぬ以上、我が名も明かす必要はなかろう?」
「まぁ、そうですね……ただ、情報は十分いただきました」
異様な光景のなかで、異常な存在同士は語り合い。
「して、首を刎ねるだけか忍よ」
男は首をつけ直すと、にやりと口元を緩めるが。
「ええ。 貴方よりも私の方が早いですから……道を譲ってもらえれば、それで終わりです」
「主の為にも、今ここで我をかりとろうとは思わんのか?」
安い挑発……男はカルラを気に入った様子でそう悪戯っぽいジョークを飛ばすが。
少女はそのジョークに対しても淑女の微笑みを浮かべ。
「怪我をしてはいけないというのが、主の命令ですので」
想い人の言葉を思い浮かべてほほを赤らめる。
「やれやれ、ごちそうさまだよ……道を押し通るために我が首を落とすとは……」
「し、死なないのは分かってたので……でも、ごめんなさい」
「まったく、その怯えた様子に騙された……面白いように嵌ってしまったわ……。
まぁだが、我としてもこの奥に人を通さないという門番の役目は果たせたことだし、良しとするか……」
男は苦笑を漏らすと開き直るかのようにそう手を打ち。
「行くがよい……私はただの門番だ、踵を返すものに用はない」
そう呟きその場に座す。
「ありがとうございます……では」
そう言うとカルラはひとつ跳ねると、気が付けば洞窟の闇に紛れ、気配も匂いも何もかもが洞窟の中にて消滅する。
「なかなかどうして、貴様の本懐も遠くなりそうだなぁ……ジルドよ……」
そうつぶやいた男は、気配が消えた少女の後を追うこともなく、そのまま踵を返して洞窟の闇に消えていくのであった。




